オメガバースの言いなりにはならない

あいう

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前編

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「俺様はきっとαだからさ!お前をつがいにしてやるよ!」

昔の話だ。昔、オメガバース性も分からなかった頃の話。幼馴染は得意げにそう言って、中身の開けられていない健康診断の封筒を振りかざした。

「僕きっとβだよ。授業で習ったじゃん、Ωは数が少ないって。僕は普通の人だからお前のつがいにはなれないよ」

すると、幼馴染はうーんと思考を一巡させた。 

「でもうんめーのつがい?だっけ、そんな突然現れるクソみたいなヤツなんて御免だね。そしたら晴人と一緒にいた方が何百倍もいい」
「それはどうかな」

運命の番は出会った瞬間から「絶対」を感じると言う。そんな生物の性からはいくらなんでも逃れられないんじゃないのか。

「いいや絶対!お前がΩじゃないなら絶対!別の方法を考えてでも一緒にいてやるね!」
「はは、期待してるよ」

昔の話だ。きっと、自分以外誰も覚えてない。恋と友情の違いも分からなかった頃の話。


『運命、本人の意思に反して幸せや不幸を与える力』
 

運命。それから逃れる方法は今日も見つからない。

十八歳、冬。桜の花が蕾の中に花開くための力を蓄えている頃、明屋晴人は生徒会室で一人、辞書を閉じてため息をついた。
オメガバース性、と言うものがこの世にはある。
エリート家系が多く、優秀な素質を持つα。
平々凡々、この世で大多数を占めるβ。
そして、ヒートやフェロモンなどの性的リスクはあるものの、この世で唯一、性別関係無しにαの子を成せるΩ。

世界はこの三種類で構成されていて、その上「運命の番」なんてロマンティックな都市伝説も信じられている。友人の言葉を借りるならクソだ。
クソみたいな世界だ。性には誰も逆らえず、Ωは性的トラブルに怯えながら、αは優秀な番を探すために動く動物にしかなり得ない。唯一人間的なβと言えば、自分が見本になる。平々凡々、何も面白くない人生。

いや、と晴人は並んだ足音を聞きながら頭痛が起こるこめかみを押さえた。平々凡々、ではない。最低最悪、と書き換えよう。

引き戸が滑る音と共に大きな声が生徒会室に響く。それは晴人にとっては十八年間聞き慣れた声だった。

「あっはっは!今日も辛気臭そうな顔してるなあ!晴人!」

身長180cm超え、顔はイケメン、文武両道、歩く姿はα様。我が校の生徒会長である宇津木御影はその無駄に長い足で教室内に入ると、無駄に大きい声で晴人の前に大きな箱を置いた。

「……何これ」
「この間試験的に設置した目安箱だ!なんと五十通もある!これに今日中に目を通しておいてくれ!」
「は?」

完全下校時刻三十分前、違反者は罰則アリ。それを知っておいて何を言っているんだこの男は。それにそんなのこそ会長の仕事だろう。そう反論しかけた晴人は御影の背後に申し訳なさそうに控えていた可愛らしい男子生徒を見て妙に納得して開けかけた口を閉じた。

東雲八雲。季節外れの転校生。この間「面白そうだから」と空白だった生徒会の庶務席にぶち込んだ「生徒会長のお気に入りのΩ」だ。

勿論、危険が伴う事だ。Ωな事は本人は公表してはいない。それでも可愛らしいその見た目と、αの会長に見初められたと言うことから生徒内では噂が流れているのだ。「会長とあの転校生は運命のつがいなのだ」と。馬鹿馬鹿しい、と噂ごと蹴散らせる勇気も力ももう晴人には残っていなかった。

晴人はずっと、御影のことが好きだった。
出会ってから、ずっと。

「じゃあ俺は転校生に学校案内してくるから、中身のチェックと仕分けよろしくな!」

だけど現実はどこの馬の骨とも知らん奴、しかも男が掻っ攫っていくんだから不毛だ。ついでにこの仕事も。イタズラ目的か本当の要望かの仕分けにうんざりしながら晴人は一人で作業を始めた。


仕分けが終わった頃には空は傾き始めていた。
イタズラが七割、要望が三割。会長がやる仕事では確かに無かったな、と思う。それでも部下に丸投げは如何なものかと思うのだけど。
さて、帰る準備を。とカバンを持ち上げると、丁度見回り兼案内をしていた二人が帰ってきた。

「いや~~終わった終わった。でもこれで方向音痴で迷う事はないだろ?八雲」
「はいっ!会長のお陰でもう迷ったりはしなさそうです!」
「そーかそーか!それは良かった!」
「……人が仕事している間に仲睦まじい事で」

仲睦まじそうに談笑する二人にイライラしてつい当たってしまう。

「おいおい、そんな怒んなよ~~!帰りにアイス買ってやるから」
「いらねーよこんな寒い時に」

蒸し返すように茶化す御影に晴人は丸めた教科書で頭をはっ倒した。

「す、すみません……、ボクが道に迷ったばっかりにお二人に手間をかけさせてしまって……」

申し訳なさそうに御影の背中から出てくる八雲は小動物のそれに似ていて可愛らしい。こりゃしょうがないなと安心させるように目線を合わせる。

「転校して一週間なんだ。仕方ないさ。それより御影のわがままに付き合わせて悪かったな。疲れてないか?茶くらいなら用意できるぞ」 
「い、いえ!お気遣いなく……」

また御影の背後に隠れてしまった八雲はやはり小動物的な可愛さがある。身長は低めだし、顔も可愛らしい。模範的なΩのイメージにぴったりなのではないだろうか。

二人は模範的な、つがいのイメージとぴったりだ。

ぐっと、胸の奥が掴まれる感覚がする。

「……じゃあ、僕は帰るから。御影、仕分けしといたから必要な方を明日確認しとけ」
「あ、俺も帰る。じゃあな、八雲。気をつけて帰れよ」
「は、はいっ!」

通学バッグをひっ掴み立ち上がると、御影が適当に鞄にものを詰め込んで後に続く。

「一緒に帰ってやれば良かったのに」
「なんでだよ。お前とは家隣じゃん、別々に帰る理由なくね?」
「それはそうだけど……」

だけどΩの一人歩きは危険が伴うものだ。
そりゃ、この街がそんな治安が悪い地域だと言うわけではないのだけど、Ωと言うだけで危険が纏わりつく。

「八雲を一人にするのは危険だろ。あんなに可愛いのに……」
「は?アイツ男だろ?」
「だけどその、Ωって話……」

出来るだけ小さな声で呟くと、御影は呆れたようにため息をついた。

「お前それ偏見。他のクソどもと同じようなこと言ってんぞ。アイツは男だし、自衛だって出来る。ってか過剰レベルだぞ。俺がαと知った瞬間一本背負いしてきたからな」
「……でも」
「心配すんなよ。俺はこれからもこれまでも、ずっとお前の事だけ好きだから」

ポン、と頭を撫でられて少しだけ安心した。
一瞬だけ。だって俺は知っている。
運命には誰も抗えない。


明屋晴人の最初の両親はαとβだった。αの父親とβの母親。まぁごく普通の家庭だ。世の中の半分以上に入る平凡な家庭。それがある日、簡単に崩れた。

「すまない」

父親は床に頭を擦り付けて母親に謝った。母親は泣いていた。自分は深夜に起きたその過程が壊れる瞬間を息を殺しながらドアの向こうで聞いていた。
相手は職場の新入社員のΩらしい。一目見た時、お互いに運命だと、自分達は運命の番だと確信したのだとか。それでも父親は家庭があって、家族が大事で、関わるまいとしていたのだけど、新入社員が急なヒートに入り、運悪くそこにいた父親がついに、と。

そういえば出張とか言ってこの間家を空けていたっけと晴人は他人事のように思い返していた。

相手とは番になった挙句に妊娠させてしまった。責任を取らなければいけないから離婚させてほしい。
それを聞いて力無く涙を流す母親を見て、やっぱりオメガバース性に従った結婚が幸せなのだと思ったものだ。
βはβ同士と結婚して、αはαと、もしくはΩと。中途半端に抗うとこうなってしまうのだと子供ながらに学んだものだ。

だからいくら御影が自分の事を好こうとも、自分が御影の事を好こうとも、結局はオメガバース性には逆らえない。それがわかっているから、晴人は御影と別れたかった。付き合って数年、周りにΩがいなかったから告白を了承した。だけど、Ωである八雲が現れたなら話は別だ。

自分は自殺した母のようにはなりたくない。
捨てられて、泣き喚いて、後悔する人生なんて送りたくない。
それだけが今の晴人を突き動かすものだった。早く別れなければと言う焦燥。だけど彼の笑顔を見ていると今日だって「別れよう」の言葉は言えないのだ。
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