【完結】ネコミミ賢者は召喚獣と恋をする

紗雪あや

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賢者は召喚獣と同居する(1)

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紋様師というものは、魔術師の中でもこの世界で十人にも満たない希少な職業だ。魔術を呪文や動作ではなく予め書き記した特殊な紋様によって発動する、ちょっとレアで特殊な技術を持つ人間。
自分の魔力と血の相性や紋様に対する理解、そして術者個々人のセンスと緻密で正確な紋様を書く器用さ。その全ての条件を満たして初めて入口に立てる、紋様術とはそんな魔術だ。
その特殊さと面倒くさ……複雑さゆえに紋様師になれる人間というのは圧倒的に変人が多い。
僕、リューエ=カランクゥルもその一人だ。
本来は手持ちの道具や紙に書くはずの紋様を自分の魂に直接書き付けることで、無詠唱かつノータイムで魔術を発動する異常者。紋様師の中でも飛び抜けて異端の魔術師。巷ではカッコよく賢者などと呼ぶ者もいる。
そんな、賢者様である僕は今。
……地下室の硬い地面に頭を擦り付けて土下座をしていた。

「ごめんなさい。君を召喚したのは完全に僕の手違いです」

やらかした。しかも盛大に。
召喚事故などという長い生涯でも初めての経験に、僕は完全にテンパっていた。
恐る恐る顔を上げると、視線の先の相手……何だかとってもアウトドアな格好をした黒髪の青年は、困惑を隠そうともしない表情で僕を見下ろしている。いきなりごめんね。

「手違い……?」
「うん、手違い……」

なけなしの罪悪感から、つい、と目を逸らしてしまう。
あぁ、どうして。
どうしてよりにもよって異世界から人間を喚び出してしまったのか。
召喚紋様に刻まれた条件は、僕の研究を補助してくれる労働力になる召喚獣だ。世界の壁を突き破るほど難解な紋様にはしていなかった。
だと言うのに、喚び出された彼はどう見ても異世界の……地球の人間だった。
『異世界召喚』
地球の、特に日本で流行った若者向けのエンタメに多用される概念。
まさにそれを今僕はやってのけてしまっていた。
拉致。誘拐。そんな言葉が頭をよぎる。
違うよ。わざとじゃない、わざとじゃないんだ。
こんなはずでは……!

「あの……」
「ひゃい!」
「とりあえず詳しい説明を聞かせてもらいたいんだけど」

そろりと顔を上げてみる。
自分を見下ろす青年は、どうやら怒ってはいないみたいだった。
怒りも怯えも取り乱しもせずただ現状への疑問と困惑を見せる彼は、少なくとも悪い人間ではないのだろうと察せられる。
まぁ、仮に怒られたとしても完全に非はこちらにあるのだけど。

「それと、居たたまれないから土下座はやめてくれないかな」

言って苦笑する姿からは、紛れもないお人好しの気配がしていた。
うん。軽率にそんな態度を見せたら駄目だよ、若者よ。
僕、そういうのには全力でつけ込むからね?
僕は悪い大人だから、示談の余地があると見做しちゃうよ。

「わかったよ。今するべきなのは説明、だよね。ちゃんとするからついてきてくれるかな」

言って光の速さで立ち直ると、ひとまず落ち着ける場所に移動しようか、と誘って彼を召喚部屋から連れ出した。
説明するにも今後について話し合うにしても、いつまでもあんな狭い部屋にいたら気が滅入ってしまう。
地下にある召喚部屋から階段を上がって明るい一階へ。ふかふかの絨毯が敷かれた長い廊下を、後ろの彼がキョロキョロしながらもちゃんとついてきているのを確認しながら進む。
家の中でも比較的荒れてない……もとい綺麗な方である応接間に入ると、テーブルの紋様を手早くコンコンと叩いてティーセットを呼び出した。
淡く光る紋様と共にふわりと浮き上がるように現れたティーセット一式に、青年はおぉ、と感嘆の声を上げた。
わかるよ、こういういかにもな魔術って異世界らしさがあってテンション上がるよね。
ポットの中には淹れたての紅茶、金縁のプレートの上にはひとくちサイズのクッキーとよく冷えたレモンメレンゲパイが乗せられている。
……別にお菓子で懐柔とか考えてないよ。
どうしたら良いのかわからずにオドオドする彼に座っていいよと促してから、対面に座り改めて彼に向き合った。

「軽く用意させてもらったけど甘いものは平気かな、苦手な食べ物はある?」
「それは大丈夫、だと思う」

同じポットから注いだ紅茶に軽く口を付けると、青年もそれに倣って紅茶を飲み始めた。
僕が菓子に手を付けると、彼も同じものを手に取る。
何度かそれを繰り返した後に、ようやく彼は肩から力を抜いた。

「美味しい……」
「気に入ってもらえて何よりだよ」

うん、彼はお人好しではあるものの馬鹿ではない。良い意味で警戒心のあるしっかりした子みたいだ。
まぁこの程度の警戒では食事に何か盛ろうと思えば簡単に盛れてしまうけど、平和ボケしてる国から来たにしては上出来な方だろう。
これで食べ物に無警戒に手を付けるようなら、老婆心じゃないけど少しお説教していたかもしれない。
『知らない人からもらったものを軽率に食べたらいけませんよ、何が入ってるかわからないんだから』
ってね。
まぁ、強制的に知らない人しかいない世界に喚び出した僕が言える立場でもないんだけど。

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