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賢者は召喚獣と同居する(4)
しおりを挟む「あ、そうだ。今のうちに実くんのこっちでの名前も決めておこうか」
ひと通り示談交渉も終えて、ルンルン気分でパイを頬張っていた時、ふとそう思い立って口を開いた。
名前は大切だ。短い期間とは言え、もしかしたら名乗る場面もあるかもしれないからね。
「名前?」
「そ。トゥイーシアの言語的に、ミノルは発音が難しい部類に入ると思うんだ」
もし家から外に出たり冒険者になりたいなら、偽名でもなんでも呼びやすい名前の方が良い。
じゃないとミーちゃんとかミッくんとか雑に変なあだ名を付けられる。ほぼ確実に。
「だから発音が簡単な呼び名が欲しいところだね……元の名前とそう変わらないほうがスムーズだけど、そうだなぁ」
ミノルをそのまま発音だけこっちに寄せるならミーニョル、ムイノーラあたりだけど……うーん、なんかイメージ違うなぁ。
実、ミノル……ノル?
「ちょっと慣れないかも知れないけど、ノルとかどうかな?」
「ノル」
「色々考えてみたけど『み』と『の』を連続して発音するのがネックな気がするんだよね」
「うん、それならノルでいいよ」
「オーケイ。なるべく慣れるように僕も日常的にノルって呼ぶことにするよ」
僕の提案に実くん……ノルも納得したように頷く。
ちなみに僕に名付けセンスがあるかと問われれば大いに疑問なんだけど、異世界だしそんなことはわからないから多分大丈夫……大丈夫、ダサくないはず!
ともかく、名前は決まった。
そして最低でも一週間程度はここで暮らすのだから、次に必要なのは居住空間だ。
幸い僕の家は広い。あまり片付いてないし部屋によっては実験道具で溢れてるけど、広い。
ノルが寝泊まりする部屋くらいは用意できる。
とりとめのない会話で和んだところで、応接間を出て彼を部屋へ案内した。
部屋へ入る前に、清掃用の紋様をつついて中を綺麗にしておく。
お客様にホコリまみれの荒れた部屋を見せるわけにはいかないからね。見栄っ張りとかではなく、ね。
「この部屋は自由に使っていいよ、必要なものがあったらその都度リクエストしてくれれば用意するから」
ドアを開けると中はそこそこ綺麗に整えられた一室。
天蓋付きのベッドに二人用のシンプルなテーブルと椅子、大きめのクローゼット、そして床に敷き詰められたふかふかのカーペット。
うん、日本基準で見ればそこそこの高級ホテルと言っても通じるだろう。
ノルもこころなしかテンション高めに内装を見回している。
「床と絨毯は清潔にしておけるように紋様が書かれてるから、靴を脱いで過ごしても大丈夫だよ。今は夏だから関係ないけど、床暖房だって完備してるんだから! あ、そうだ。もしルームシューズが欲しかったら言ってね」
この辺の気候は日本で言うなら北東北くらいだろうか、夏は比較的涼しく、冬は結構厳しい。
すぐに帰る予定のノルには関係ないけど、雪も結構積もる地域だ。
と、そこまで考えていたところで、ノルに遠慮がちに肩をつつかれた。
振り返った先には、不思議そうにしている彼の顔。
「さっきからずっと気になってたんだけど、聞いてもいいか?」
「ん、なぁに?」
「なんか会話の端々にこっちの文化のネタが出てくるだろ、もしかしてリューエは日本の事を知ってるのか?」
訝しげなノルの表情に、あぁ、と声が漏れる。
意識はしてなかったけど日本人相手だからと色々言ってたかも、そりゃ気になるよね。
「うん、知ってる。別に隠してるわけじゃないよ」
部屋の灯りをつけて、閉めきりだったカーテンと窓を大きく開ける。
ふわ、と爽やかな緑の香りが風に乗って部屋を満たした。
「僕が猫又の先祖返りだって話はしたっけ?」
僕の問いにノルは驚いた様子で首を横に振る。
あれ、言ってなかったっけ……言ってなかったな。
考えてみれば僕の話なんて全然してなかった。
「元々ご先祖様が日本の猫又、妖怪なんだよねー。その子孫がどこかのタイミングでこの世界に転移か召喚か何かで紛れ込んだ。僕はその末裔ってわけ」
にゃー。と手を丸めて猫の真似をするとノルに「それはあざとい」と言われてしまった。
年上の成人男性を指してあざといとか言うな。
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