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賢者と街(2)
しおりを挟む武器屋を出てからノルにその話をしたら、何故か彼は少しショックを受けたような表情で固まってしまった。
ぎゅう、と手に入れたばかりの刀を大事そうに抱えて、じっと僕へ視線が向いている。
「お金、日本に帰るまでにできるだけ返すつもりだったんだけど」
「ふぇ?」
「衣食住は保障してもらってるんだから、それ以外は返すのが普通じゃないのか……?」
さも当然のように言うノルに、今度は僕が口をポカンと開けて呆けてしまう。
え、ノルってば凄くいい子……
律儀というか礼儀正しいというか、寺の子供らしいから礼儀作法や教育も厳しかったのかな。
育ちが良いってこういう事を言うのかも知れない。
「もしかして、駆け出し冒険者じゃ返せないくらい高いものだったのか……?」
「あー……いや、無理って程じゃないけど」
正直厳しいと思う。
なんせノルの予定している滞在期間は一ヶ月もない。
一年くらい頑張れば無理なくフルセット返せるくらいにはなるけど、そんな長期滞在は本人も望まないだろうし現実的じゃない。
僕の反応に、ノルも言わんとしてることを察したようで、表情を曇らせた。
「俺、我儘言ってリューエに負担をかけてたんだな」
「えっ、いやいやいや負担とか大袈裟! 確かに返すのは難しいだろうけど、これは僕的には君への慰謝料に含まれるから! ノルが楽しくトゥイーシアの思い出が作れるならそれでいいよ」
「いや、でも……」
「もうノルは気にしすぎ! 君は被害者なんだからもっと図々しくてもいいくらいのに。そもそも僕は高給取りだし君の面倒を見るくらい痛くも痒くもないよ」
子供は甘えられるうちに大人に甘えてればいいの、と言えばノルは不服そうに黙ってしまった。
ムスッとした表情は成人らしからぬものだ。
……と、そこまで考えてから失言に気付いた。
僕から見て子供でも、ノルは立派な成人男子だ。子供扱いは流石に悪かったかなと反省する。
ノルは純粋に僕の負担を考えてくれていたんだから、もう少し言い方があったかもしれない。
「えーと、ごめん。年齢を引き合いに出すのは良くなかったね。これは僕が空気読めてなかった」
「いや……俺に返済能力がないのも、リューエから見て子供なのも事実だから」
「そんな事言ったらヨボヨボのおじいちゃんだって僕にとっては子供だよぉー。ごめんってば機嫌なおしてよー」
「別に……怒ってはないし」
でも拗ねてるじゃん!
子供って言われたのめっちゃ気にしてるじゃん!
僕よりひと回り大きくて体もしっかりと出来上がってるノルが、子供みたいにむくれる姿はすごく可愛いけど、これは口に出したら本格的にへそを曲げられちゃいそうだ。
「んー。じゃあこういうのはどうかな、僕が君を雇うんだ」
「……雇う?」
「そ、僕の専属ならお給金はかなり良いし、むしろお金に困ってないから労働で返してもらうほうが都合が良いよ」
ついでに面倒な遠慮合戦もしなくて済む。
「でも、俺はリューエに雇ってもらえるほど強くないぞ?」
「誰が戦力として雇うなんて言ったのかな。君は僕の助手兼話し相手。この世界では君しか話せないこと、たくさん話してよ」
「でも俺に話せることなんて大したことないと思うぞ……」
「えっ、何言ってるのさ。君が知ってる最新の地球や日本の知識は、ここでは君にしか話せない情報なんだよ。そのためにお金を支払う価値があるくらいには」
僕も前世は日本人だったけど、当然ながらノルをここへ喚んだ時期よりは前に死んでいる。
彼の知る「今の地球や日本」の情報というのは、ノルが思っている以上に僕には重要なものだ。
「たとえばさ、ノルが居た瞬間の日本では常識になってるような知識だって、僕は知らなかったりするんだ。そうじゃなくても単純に日本の話ができるのは僕にとって楽しいし、研究の良い気分転換になるんだ」
これはノルへの気遣いとか忖度抜きで僕が思ってる事だ。
トゥイーシアにいながら、誰かと日本の話を普通にできる。
それだけでも飽きないしお金を払う価値がある。
世界を越えた情報交換や雑談の希少性と比べたらノルに買ってあげた装備一式なんて安いものだ。
「……リューエがそれで良いなら」
「いいのいいの! 」
まだどこか納得がいってない様子のノルの肩を叩きながら、次はどこに行こうかと考える。
軽く街の名所を見るのもいいし、一人でノルが歩く事があっても迷わないように説明して回るのもいいかも。
グウゥ……
と、考えていたら盛大に間抜けな音が自分のお腹から響いてきた。
「……ぅ」
「実は俺もお腹空いてたんだ。もう昼もかなり過ぎてるみたいだし、せっかくだからリューエお薦めのお店を教えてよ」
う、うぅ……ノルってば優しい子だなぁ。
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