20 / 57
賢者の恋心(1)
しおりを挟む湖畔でのノルは、本当に子供みたいにはしゃぎまわっていた。
透き通った湖面に感動しては泳ぎ回る魚を追いかけ、遠くに見える巨大魚に目を輝かせながら僕に魚の説明を求めた。
釣りもお互い無難に数匹釣れて、それらはめでたく今夜の食卓に並ぶこととなった。
依頼からの野営、というよりは完全に夏休みの家族キャンプのノリだ。
こういった経験は僕も少ない方だったから、ノルと一緒に楽しませてもらっていた。
「そういえばノルはなんで登山してたの、もしかして日本では夏休みだったの?」
夕食後、ふと気になってそう質問してみた。
登山が趣味なのは聞いていたけれど、ちょっと土日に山へ行くにしては少し重装備だとずっと思っていた。
そこで数泊するつもりだったのかなと想像を巡らせていると、ノルは何とも言えない複雑な笑みを返してきた。
「……うん。リューエになら別に言ってもいいかな」
ゴロンと仰向けになるとノルは少しだけ口を閉ざす。
そして満天の星空を見上げてから、ポツリと漏らした。
「俺さ。ここに来る直前に、二年付き合ってた彼女に振られたんだ」
「え?」
「別にお互い浮気とかもしてなかったし、それなりに上手くやってたと思うんだけど。急に。思ってたのと違った、なんて言われて」
突然の告白だった。
それと登山がどう結びつくのかはわからなかったけど、ノルが真面目な顔でそう語るから、言葉を挟むこともできずに彼の話に耳を傾ける。
「最初は何でそんな事言われなきゃいけないんだって、ちょっと腹が立ってた。でも思い返していくと、少しずつだけど思い当たる事もあってさ」
寂しそうな、苦しそうな、胸に詰まったものを吐き出すようにノルは続ける。
「いろんなこと、何度も我慢させてたんだって気付いたら、悔しくなった。俺は自分の事しか考えられない奴だったんだって……それで、今までを振り返って甘い自分と訣別しようと思って、いつもより少し険しい山に登ってたんだ。いや、そんなのは言い訳で、単に頭を空っぽにしたかったのかも」
なるほど。
転落前にノルが登山をしたのは失恋の気持ちを整理するため、だったんだ。
ちょっとだけ安心した。
もしかして崖から落ちたのは、失恋で自暴自棄になっていたのも一つの要因なんじゃないかって、聞いてて途中から心配になっちゃってたから。
だけど、少なくともノルにそういった気持ちは無さそうだった。
「それはまた、傷心旅行なのか修行なのか判断に苦しむ動機だね……」
「どっちもかな。キャンプで気を紛らわせたかったのも、登山で気持ちを引き締めたかったのも、両方本音。でも結局リューエに召喚されてからの俺はまた君に甘えてるよな、全然変われてない。それがずっと気になってたんだ」
結構迷惑もかけてるよな、なんてノルは眉を下げて笑った。
いや真面目が過ぎる。
ノルの事だ、いつか『自分の甘さと訣別するまで禁欲する』とか言い出して女の子たちを遠ざけて、そのまま婚期を逃しかねない。
真面目で律儀なのがノルの美点だとは思うけど、それで自分を追い込むのはよろしくない。
それで楽しめたはずの人生を楽しめなくなるのは、絶対ダメだ。
「迷惑とか思ってないし。仮にちょっとくらい迷惑だとしても、甘えていい時だってあるでしょ」
つい、口を挟みたくなる。
お節介だし余計なお世話だろうけど、言わずには居られなかった。
僕はノルやノルの元カノさんと違って我慢が大嫌いだからね。
「僕なんて自分で何でもできるけど、面白半分で冒険者登録してみたり街へ繰り出して周りを巻き込んだりで甘えてばっかりだよ」
僕は基本、自分勝手に生きてる。
そりゃあ他人の為になることをしたり、この国や見知らぬ誰かの手助けだってしてきたけど、それだって『僕が楽しく生きる』邪魔にならない範囲での話だ。
誰かの好意につけ込んだり甘える事だってある。
それの何が悪いのさ。
「ノル……実くんがダメだったのは甘えた事そのものより、甘えるだけで元カノさんの我慢には気付かなかった事だよね」
もしかしたら元カノさんも甘え下手な人だったのかも知れない。
ノルに、我慢してるんだよって言い出せなかったのかも。
だとしたら単純に二人の相性が悪かっただけだ。
ノルが反省してるのは良いことかもしれないけど、それを理由にネガティブになったり自己嫌悪するのはよろしくない。と僕は思う。
だってそれじゃ全然人生を楽しめない。
「そもそもだよ。こうして僕に過去を打ち明けて相談するのだって広義では『甘えてる』って事だけど、僕はそれで迷惑なんて被ってないんだからいいじゃん」
他人の人生相談、どんと来い。だ。
別にそれで気の利いたことが言えなくたって、相談した側の気持ちが軽くなるならそれで良いんだから。
「僕は嫌なことは嫌だって言うし、我慢なんてしたくないし、要求はしっかり言うよ。これだって僕がノルの善意に『甘えてる』ようなものだ」
僕はそれが悪だなんて思ってない。
そりゃあ、それでノルが苦しんだり悩んだりするなら良心が痛むけどさ。
それだって不満があるなら直接言ってほしい。言わなきゃ何もわからないもん。
「いいんだよ、甘えたって。お互いに甘え合って支え合って寄り添って。迷惑だってかけ合ってさ。人生なんてそうやって誰かと過ごすものじゃん」
「なんか、人生数回目のリューエが言うと説得力あるな……」
「でしょー?」
僕の生きた年数を知ってる人程、その長い人生に何かを見出してそういう事を言ってくれる。
実際のところ、どんなに年月を生きたって人間そうそう成長なんてしない。ハッタリばかりが上手くなっていくだけだ。
でもそんな気休め程度のハッタリで誰かが少しでも救われるなら、僕は大歓迎。幾らでもハッタリの利いた言葉を吐いていくつもりだ。
「だからノルはもっと甘えて欲張っていこう、ねっ!」
「えっ、それは……どうなんだ?」
「いいの、欲張れ。もっと欲張れ! だってノルはまだ二十代なんだよ、我慢なんてしてたら勿体ないじゃん!」
「うちのじいちゃんみたいなこと言うなよ……」
「しょうがないじゃん、誰よりもおじいちゃんだよ僕は」
だから孫になったつもりで甘えたっていいよと胸を張ると、ノルは子供扱いするなと言ってようやく笑ってくれた。
うん。
やっぱりノルは笑ってたほうがずっといい。
異世界に目を輝かせて、あれが気になるこれが面白いと楽しそうにしている時みたいなノルが僕は好きだ。
「あ、見てよノル。蛍だ!」
不意に視界を横切った、淡い緑色の光に声を上げる。
つられるように体を起こしたノルの近くに一匹、また一匹と蛍が飛び回っている。
「凄い……トゥイーシアにも蛍っているんだな」
「そうだね。人の手が入ってない所が多いから、場所によっては日本よりも見かけるかも」
満天の星空と蛍の光に照らされて、来てよかったねと二人で笑い合った。
こうやって、ノルのトゥイーシアでの楽しい思い出を、もっとたくさん増やしてあげたい。
それこそ、帰った後に失恋してた事なんてすっかり忘れちゃえるくらいに。
0
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない
二ッ木ヨウカ
BL
一途な近衛騎士×異世界取り残され転移者
12年前、バハール王国に召喚された形代柚季は「女王の身代わり要員」として半引きこもり生活をしていたが、ある日婚活を始めることに。
「あなたを守りたい」と名乗りを上げてきたのは近衛騎士のベルカント。
だが、近衛騎士は女王を守るための職。恋愛は許されていないし、辞める際にもペナルティがある。
好きだからこそベルカントを選べず、地位目当てのホテル経営者、ランシェとの結婚を柚季は決める。
しかしランシェの本当の狙いは地位ではなく――
大事だから傷つけたくない。
けれど、好きだから選べない。
「身代わりとなって、誰かの役に立つことが幸せ」そう自分でも信じていたのに。
「生きる」という、柔らかくて甘い絶望を呑み込んで、
一人の引きこもりが「それでもあなたと添い遂げたい」と言えるようになるまで。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる