【完結】ネコミミ賢者は召喚獣と恋をする

紗雪あや

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賢者の恋心(1)

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湖畔でのノルは、本当に子供みたいにはしゃぎまわっていた。
透き通った湖面に感動しては泳ぎ回る魚を追いかけ、遠くに見える巨大魚に目を輝かせながら僕に魚の説明を求めた。
釣りもお互い無難に数匹釣れて、それらはめでたく今夜の食卓に並ぶこととなった。
依頼からの野営、というよりは完全に夏休みの家族キャンプのノリだ。
こういった経験は僕も少ない方だったから、ノルと一緒に楽しませてもらっていた。

「そういえばノルはなんで登山してたの、もしかして日本では夏休みだったの?」

夕食後、ふと気になってそう質問してみた。
登山が趣味なのは聞いていたけれど、ちょっと土日に山へ行くにしては少し重装備だとずっと思っていた。
そこで数泊するつもりだったのかなと想像を巡らせていると、ノルは何とも言えない複雑な笑みを返してきた。

「……うん。リューエになら別に言ってもいいかな」

ゴロンと仰向けになるとノルは少しだけ口を閉ざす。
そして満天の星空を見上げてから、ポツリと漏らした。

「俺さ。ここに来る直前に、二年付き合ってた彼女に振られたんだ」
「え?」
「別にお互い浮気とかもしてなかったし、それなりに上手くやってたと思うんだけど。急に。思ってたのと違った、なんて言われて」

突然の告白だった。
それと登山がどう結びつくのかはわからなかったけど、ノルが真面目な顔でそう語るから、言葉を挟むこともできずに彼の話に耳を傾ける。

「最初は何でそんな事言われなきゃいけないんだって、ちょっと腹が立ってた。でも思い返していくと、少しずつだけど思い当たる事もあってさ」

寂しそうな、苦しそうな、胸に詰まったものを吐き出すようにノルは続ける。

「いろんなこと、何度も我慢させてたんだって気付いたら、悔しくなった。俺は自分の事しか考えられない奴だったんだって……それで、今までを振り返って甘い自分と訣別しようと思って、いつもより少し険しい山に登ってたんだ。いや、そんなのは言い訳で、単に頭を空っぽにしたかったのかも」

なるほど。
転落前にノルが登山をしたのは失恋の気持ちを整理するため、だったんだ。
ちょっとだけ安心した。
もしかして崖から落ちたのは、失恋で自暴自棄になっていたのも一つの要因なんじゃないかって、聞いてて途中から心配になっちゃってたから。
だけど、少なくともノルにそういった気持ちは無さそうだった。

「それはまた、傷心旅行なのか修行なのか判断に苦しむ動機だね……」
「どっちもかな。キャンプで気を紛らわせたかったのも、登山で気持ちを引き締めたかったのも、両方本音。でも結局リューエに召喚されてからの俺はまた君に甘えてるよな、全然変われてない。それがずっと気になってたんだ」

結構迷惑もかけてるよな、なんてノルは眉を下げて笑った。
いや真面目が過ぎる。
ノルの事だ、いつか『自分の甘さと訣別するまで禁欲する』とか言い出して女の子たちを遠ざけて、そのまま婚期を逃しかねない。
真面目で律儀なのがノルの美点だとは思うけど、それで自分を追い込むのはよろしくない。
それで楽しめたはずの人生を楽しめなくなるのは、絶対ダメだ。

「迷惑とか思ってないし。仮にちょっとくらい迷惑だとしても、甘えていい時だってあるでしょ」

つい、口を挟みたくなる。
お節介だし余計なお世話だろうけど、言わずには居られなかった。
僕はノルやノルの元カノさんと違って我慢が大嫌いだからね。

「僕なんて自分で何でもできるけど、面白半分で冒険者登録してみたり街へ繰り出して周りを巻き込んだりで甘えてばっかりだよ」

僕は基本、自分勝手に生きてる。
そりゃあ他人の為になることをしたり、この国や見知らぬ誰かの手助けだってしてきたけど、それだって『僕が楽しく生きる』邪魔にならない範囲での話だ。
誰かの好意につけ込んだり甘える事だってある。
それの何が悪いのさ。

「ノル……実くんがダメだったのは甘えた事そのものより、甘えるだけで元カノさんの我慢には気付かなかった事だよね」

もしかしたら元カノさんも甘え下手な人だったのかも知れない。
ノルに、我慢してるんだよって言い出せなかったのかも。
だとしたら単純に二人の相性が悪かっただけだ。
ノルが反省してるのは良いことかもしれないけど、それを理由にネガティブになったり自己嫌悪するのはよろしくない。と僕は思う。
だってそれじゃ全然人生を楽しめない。

「そもそもだよ。こうして僕に過去を打ち明けて相談するのだって広義では『甘えてる』って事だけど、僕はそれで迷惑なんて被ってないんだからいいじゃん」

他人の人生相談、どんと来い。だ。
別にそれで気の利いたことが言えなくたって、相談した側の気持ちが軽くなるならそれで良いんだから。

「僕は嫌なことは嫌だって言うし、我慢なんてしたくないし、要求はしっかり言うよ。これだって僕がノルの善意に『甘えてる』ようなものだ」

僕はそれが悪だなんて思ってない。
そりゃあ、それでノルが苦しんだり悩んだりするなら良心が痛むけどさ。
それだって不満があるなら直接言ってほしい。言わなきゃ何もわからないもん。

「いいんだよ、甘えたって。お互いに甘え合って支え合って寄り添って。迷惑だってかけ合ってさ。人生なんてそうやって誰かと過ごすものじゃん」
「なんか、人生数回目のリューエが言うと説得力あるな……」
「でしょー?」

僕の生きた年数を知ってる人程、その長い人生に何かを見出してそういう事を言ってくれる。
実際のところ、どんなに年月を生きたって人間そうそう成長なんてしない。ハッタリばかりが上手くなっていくだけだ。
でもそんな気休め程度のハッタリで誰かが少しでも救われるなら、僕は大歓迎。幾らでもハッタリの利いた言葉を吐いていくつもりだ。

「だからノルはもっと甘えて欲張っていこう、ねっ!」
「えっ、それは……どうなんだ?」
「いいの、欲張れ。もっと欲張れ! だってノルはまだ二十代なんだよ、我慢なんてしてたら勿体ないじゃん!」
「うちのじいちゃんみたいなこと言うなよ……」
「しょうがないじゃん、誰よりもおじいちゃんだよ僕は」

だから孫になったつもりで甘えたっていいよと胸を張ると、ノルは子供扱いするなと言ってようやく笑ってくれた。
うん。
やっぱりノルは笑ってたほうがずっといい。
異世界に目を輝かせて、あれが気になるこれが面白いと楽しそうにしている時みたいなノルが僕は好きだ。

「あ、見てよノル。蛍だ!」

不意に視界を横切った、淡い緑色の光に声を上げる。
つられるように体を起こしたノルの近くに一匹、また一匹と蛍が飛び回っている。

「凄い……トゥイーシアにも蛍っているんだな」
「そうだね。人の手が入ってない所が多いから、場所によっては日本よりも見かけるかも」

満天の星空と蛍の光に照らされて、来てよかったねと二人で笑い合った。
こうやって、ノルのトゥイーシアでの楽しい思い出を、もっとたくさん増やしてあげたい。
それこそ、帰った後に失恋してた事なんてすっかり忘れちゃえるくらいに。

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