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賢者の目的
しおりを挟む「き、緊張したぁ……」
抱き締められてる時に、ノルにこのドキドキを悟られたらどうしようと思ったら、生きた心地がしなかった。
自分は一体何回生きて何回恋や結婚を経験したと思ってるんだ。色恋なんていい加減慣れるものじゃないのか。
そうは思うものの、ここまで何の思惑も絡まない単純で甘酸っぱい恋は、本当に初めてかもしれないと思い至った。
ノルを無事に日本に返す。その強い意志がなければ僕はもっとあからさまに恋に溺れる、馬鹿みたいな発情猫になっていたかもしれない。
それはちょっと、いやかなり嫌過ぎる。
「もう。やる事、いっぱいあるんだから浮かれてる場合じゃないぞ僕!」
バシン、と頬を叩いて気合を入れる。
ノルの帰還紋様に、先日の転倒の原因究明、ローブの紋様チェック、あとついでに国から依頼されてた防衛用の紋様メンテナンスと、ギルドや騎士団に押し付けた密猟者に関する報告書提出エトセトラ……いや待って本当にやる事が多いな!
帰還については一番進捗が良くて、早ければ来週にはノルの帰還の目処がたちそうだった。
召喚された際にノルが転落した場所の座標を正確に特定できたから、あと必要なのは細かい時間の調整だけだ。そして本人に帰りたいタイミングを聞いて、その日と時間を擦り合わせれば紋様を完成させられる。
ノルが、本来の居場所に帰っていく。
「寂しくなるなぁ……でも仕方ないよね」
一人きりなのを良いことに本音を漏らす。
僕だってできるならノルを手放したくない。最近のノルがするみたいに四六時中ノルの引っ付き虫になっていたい。
だけどノルは女の人が好きな子だし、日本への帰還も望んでる。伝えるだけ迷惑をかけちゃうのは明白だった。
「それに、僕だって男との恋愛とかわかんないし……」
ノルへの恋を自覚するまで、僕の自認は完全に異性愛者だった。これまでの人生でも女性と結婚してきたし、同性愛者とわかる人間との付き合いもなかった。
万が一にもノルがバイセクシャルだったとしても、帰還前の短い期間に想いが通じたとしても、どうしたらいいかなんてわからない。
「あーやだやだ! ウジウジするの僕らしくなぁい!!」
僕が人間関係で思い悩むなんて、らしくない。慣れないことはするものじゃない。
ちょっと気分転換しよう、そうしよう。
そう思い立った僕は、まずは屋敷全体の掃除でもしようと鼻歌交じりに清掃紋様のチェックを始めるのだった。
アレだね、子供が試験勉強の期間に部屋を掃除したくなってくる、アレ。
で。
「お邪魔しまーす……」
誰も中にいないことを知りつつも、僕はノルの部屋の中へと足を踏み入れた。
何故真っ先に選択した掃除場所がノルの部屋だったのか。僕はストーカーか何かか?
本人に許可を取ってからならともかく、勝手に部屋を掃除するのって許されるのかな。
うん、別にコソコソする必要なんてないよね、僕ってば家主だし!
……いやダメだよどう考えても。プライバシーの侵害だよ訴えたら負けるよ。
そんな一人ノリツッコミをしつつも、迷わず部屋の中を進む。
駄目だとわかってるものほど見たくなっちゃうのは人間のサガだよね。いわゆるカリギュラ効果ってやつだ。
しかし、辺りを見回しても特に散らかっている気配はない。ノルは案外几帳面なところもあるみたいで、掃除なんて必要がないくらい整頓されていた。
塵や埃は清掃の紋様でピカピカだし、日本の荷物とトゥイーシアで入手した物品も分けて仕舞われている。
「はえー……とりあえず邪魔なものは空き部屋に突っ込んじゃう僕とは大違いだ」
図らずも自分のズボラさが浮き彫りになってちょっと恥ずかしい。
冒険者登録した日に買った装備の一部も、律儀に整理されている。今やノルは冒険者ギルド期待のルーキーだ、いくつかの防具はガイウスに依頼して新調してもらったものを使っている。
懐かしいな、なんてつい最近なのに思い出に浸りながら見ていると、それこそ最近見たはずのものが目に映った。
「あ、これ飛竜にやられた時の……」
腕の部分が破けた長袖の肌着。飛竜の攻撃を受けた時の服だった。
あの時は僕が治癒をかけたから一瞬で治ったけど、正直かなり肝が冷えた。
傷が浅いと分かっていても、好きな人が傷つくのがこんなに辛いとは思わなかったなぁ……
そんな事を考えながら服を手に取る。
「これもまだ捨ててなかったんだ……今度また新しい服、何か買ってあげようか、な……」
あれ?
突然波のように襲ってきた違和感に首を傾げた。飛竜と遭遇した日のように、なにやらまたうっすらと脱力感がする。
だけどあの日みたいな全身から力が抜ける感じじゃなくて、少しだるくなる程度のものだ。
ぺたん、とその場に座り込んで状況を考察する。
なんだろう。まだ疲れが取れていないとか。いやまさかそれはない。僕の治癒は完璧だった。
それなら……
しばらく思考を巡らせた後にある推測に行き着いた僕は、呆然とノルの破けた服を見下ろした。
「もしかして……」
期待と困惑の混じった声が喉の奥から湧き上がる。
『家系能力』
ギルドの測定結果で存在だけは確認されている、未だその詳細は謎のままのノルが持つ特殊な力。
僕はそれを彼の血に受け継がれた、退魔に関連する能力だと推測していたけど。
これは退魔というよりは……
仮に僕の推測が当たっているとしたら、僕の念願、長年続けていた研究はようやく完成されるかもしれない。
「確認、しなきゃ」
足がもつれて転ばないように慎重に立ち上がると、僕は少しだけふらつきながら、でも足早に研究室へ向かった。
その時にはもう、掃除のことなんて頭から完全に忘れ去られてしまっていた。
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