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【賢者は人として終わりたい】
しおりを挟む僕が魂に紋様を刻む弊害に気付いたのは、何度目かの転生の後。もう何もかもが手遅れになってからだった。
転生の際にこれまで生きてきた全情報を紋様に変換して記録させる。その紋様を刻んでしまった時から、僕は無自覚に破滅の道を歩き出していた。
転生の回数には限りがある。猫の命は九つあると言われるように、僕が転生できる上限もまた九回だった。
転生を繰り返す度、僕は継ぎ足すようにその魂に紋様を刻んだ。
少しずつ、その時に刻める最高峰の紋様を刻んできた結果、全体から見た構造はめちゃくちゃ。解こうにも絡まった糸みたいに複雑さでどうにも手がつけられない紋様になっちゃったんだ。
ずっと転生を繰り返す分にはそれでも問題はなかった。だけど、最後の命が尽きた時に刻んだ紋様がどうなってしまうのかをシミュレートした時、ようやく僕はこの方法のデメリットに思い至った。
僕が死んでも、紋様は止まらない。
僕の命が潰えても、魂が終焉を迎えても、紋様はその場に残り続けると判明した。
制御するためのハンドルやブレーキである魂を失った紋様は、ただその効果だけを出力するエネルギーになる。
おそらく。僕がこの生を終えた時、刻まれた紋様は制御を失い暴走する。これまで刻んだ無数の紋様魔術を際限なく吐き出し続ける、ただの災害と化すのだ。
それはつまり、僕自身が世界を脅かす時限爆弾になっていたということ。
大切なものも、愛する人も、害することしかできない化け物になる。僕は、そんな最期はまっぴらだった。
死ぬ時はせめて人として死にたい。
だからリューエ・カランクゥルとして最後の命を使って生まれた時点から、僕は紋様が刻まれた魂ごと自分を封印、あるいは破壊する方法を探し続けていた。
そんな中で、封印の研究に必要な補助をしてくれる助手、という紋様での指定で喚んだのがノルだったのだ。
失敗したんだと思った。だって日本人だもん。
魔術の知識はおろか戦闘技術もなにも持たない平和な国の人間だ。関係あるなんて思わないじゃないか。
だけど先日検証した結果、ノルには確実に家系能力として退魔……いや、封魔の血が流れていた。
おそらくノルの実家の寺が連綿と繋いできた、妖物に対抗し無力化させる能力だ。それが偶然にも猫又の末裔である僕に正しく作用した。
飛竜と遭遇した日、怪我をして血を流したノルに触れた瞬間、全身から力も魔力も抜け落ちた。防護の紋様が刻まれたローブも、あっさり無効化されていた。
後日、血痕の残る衣類に触れただけでも気が遠くなるようなふらつきを感じた。
これならきっと。いや確実に。
その血を刃に纏わせて斬れば、紋様が無効化されたまま僕は『人のまま死ねる』はずだ。
僕の悲願は叶う。
だけど。
「神様。これは魂を冒涜し続けた僕への罰なのかな」
どうして。よりにもよってノルなのか。
だって僕はノルを好きになってしまった。そしてノルも、恋ではなくても僕を大事に思ってくれている。
「ノルに、僕を殺させるなんて……」
できない、とは軽々しく言えなかった。
それは僕の悲願だ、短い期間に芽生えた恋心のために捨てされるほど軽いものじゃなかった。
だけど、ノルの悲しむ顔は見たくない。僕がいなくなった世界で慟哭するノルなんて、想像したくもなかった。
「僕は、どうしたらいいんだろう」
答えはまだ見つからない。
遠くに聞こえる雨音も、未だ止む気配もなかった。
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