変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田

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文化祭2日目 こんな救世主は嫌だ

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 怠い足をどうにか持ち上げて、階段を下る。目指すのは医務室だ。
 こういった有事の際は、「速やかに医務室に避難する」と、マニュアルに書いてあった。
西階段から医務室までの距離は、100mもない。にも関わらず中々医務室に辿りつけない。
 何故か、何処に行っても様子のおかしい連中と鉢合わせる。というか、補足されたら最後、全員が何処までも追ってくる。
 加えて先刻、原のフェロモンの直撃を受けたのが災いしたのか、体調不良がぶり返してくる。
 それでも、たびたび周りのΩを「ヴーーッ‼」と威嚇しながら、這う這う医務室へと辿り着く。
 扉に手を掛けては、躊躇いなく扉をスライドして────
「……っ、⁉」
 また、背後から口元を覆われる。
 だがその手は、先刻の猫田のそれよりもずっと大きくて厚い物だった。
「…な、にを、」
「あのマニュアルには、欠陥がある」
 悲鳴をあげるよりも先に、半開きになった扉の隙間から、煮詰まった果実のような香りが漂ってくる。こめかみが痛くなるような甘さのそれに、また全身が弛緩するようだった。
「Ωのヒートは、他のΩ個体のヒートを誘発する。学園祭どころじゃない、大パニックだよ」
「…………っ、…、?…」
「医務室なんざ、今や発情状態のΩの温床だ。少し考えりゃわかるだろうが、マニュアル馬鹿」
 淡々とした口調で罵倒しながら、掴んだ俺の襟首を無造作に引き摺る。鉄球みたいに重い頭を擡げては、野蛮なそいつを仰ぎ見る。
 冷たい、早朝の海みたいな翠眼は、嫌というほどに対面したものだ。それでも、僅かに汗の滲んだ横顔は、奴らしからぬ余裕の無さだと思った。
「…………地獄だ」
 口から漏れた言葉に、答えは無い。
 代わりに、金属の擦れる重い音がする。同時に、冷たい風が吹きつけてくる。眼前の空間は薄暗く、何か、大口を開けた大きな生物の前にでも立たされているようで。
 体育倉庫だった。
 男──橘は、やはり無造作にその中に俺を放り込む。埃とゴムの匂いに、冷たい床の感触。身体の熱が、俄かに引いていくようだった。
「いつまでつくばってる、β」
「…………っ、」
「……お前からプライド取って、何が残んだ」
 胸倉を掴まれて、起こされて。壁に背を預けて座り込んだまま、橘を見上げる。言葉の意味はあまり理解できなかったが、すごく馬鹿にされていることだけはわかった。下唇を突きだして反抗すると、強張った端正な相貌が、僅かに緩んだようで。
「笑っ…………?」
 今わの際に見る、悪夢か何かか。
 そんな混乱に固まる俺の脇に、そいつは屈みこんでくる。長い脚を折っては、「聞け」と低い声で唸った。
「言うまでもねぇことだが、一応言うぞ」
「……う、ん」
「…………俺が来るまで、絶対開けるな」
 同時に、聞こえた金属と金属の擦れるような音。橘の手の中には、鍵の束が握られていた。その言葉の意味を理解するや否や、俺の手は、無意識に橘の袖口を掴んでいた。
「あ…………」
 まるで、自分が頑是ない子供になってしまったような。際限なく湧き出てくる孤独感に、思うように身体が動かなかった。
 自らの頭頂から血の気が引いていくのを感じつつ、動こうとししない指先と、橘の顔を顔へと交互に視線を遣る。
 次の瞬間に、橘がどんな顔をするのか。それを考えただけで、呼吸が荒くなるようだった。
 フラッシュバックするのは、虚ろな目で伸ばされる、無数の手、手、手。
 ここでこいつに見捨てらて、置いていかれて。
 俺は、一体どうなってしまうのか。
「…………ぁ、ご…めん、でも、」
 うろうろと視線を彷徨わせれば、薄い唇から重いため息が漏れる。そして溜息と共に、ジャケットが降って来る。
「見苦しい半裸晒すなよ」
「……はんら、じゃない」
「あ?似たようなモンだろうが。利子付きで返せよ」
 ぶっきらぼうな指摘に、咄嗟にはだけたシャツを掻き寄せる。
「養護教諭と教師を呼んでくるだけだ」
 心なし穏やかな声に、弾かれたみたいに顔を上げる。しなやかな腕がヌッと迫ってきたかと思えば、ジャケットを俺の肩に着せ直して。微かに残った他人の体温と香りに、自然と指先の震えが収まるようだった。
「…………」
「すぐに戻る。大人しく待っとけ」
 立ち上がって、身を翻して。遠ざかっていく広い背を、まだ夢の中にいるような浮遊感のまま見送る。
 閉ざされる扉に、細まっては途切れる光。
 僅かな残り香に、鼻を啜って。閉塞感と肌寒さに、ジャケットを引き寄せる。
 情けなさで、死にたい気分だった。
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