『黒鐡』殺し屋×病弱青年

葦原

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前編

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 すると御島はスッと立ち上がって母を見下ろし、軽く会釈しながら柔らかな笑みを浮かべた。
 一瞬でも見惚れてしまいそうな程に、魅力的な笑みで。
「美咲さん、お元気そうで何よりです。……以前お会いした時より、一層綺麗になりましたね。」
 だけど急に、御島の口調が丁寧なものに変化した事に、僕はあまりの驚きで見惚れる事も出来なかった。
 母は掛けられた言葉に否定していたけれど、顔はひどく喜んでいて、まんざらでも無さそうだ。
 先程の廊下で会った女性と同様に、母はうっすらと頬を紅く染めている。

 丁寧な口調になるのは、この男にとって、母が敬われている存在だからだろうか。
 確かに母は沢山の知り合いが居るし、訪問客も少なくはない。
 でも僕は、御島のような人間は見た事が無く、母とどう云った知り合いなのかと訝るばかりだ。
 何者にも従わなさそうなこの男が、どうしてさっきの女性や母に丁寧な口調で喋ったりするのかと、そればかり気になって僕はつい、まじまじと御島を見てしまう。
 御島は相変わらず、魅力的な……柔らかな笑みを口元に浮かべていた。
 良く見るとそれは形だけのようで、切れ長の黒い双眸は、穏やかさが全く無い。
 刺々しいとも感じられる程、目が笑っていないように見えた。
 その事に気付くと、次第に、御島の物腰が慇懃無礼なものに思えて来る。
 母は全く気付いていないようで、御島の傍へと更に寄って、会話を続けていた。
「御島はもう、身を固めたの? 前は随分、遊んでいたでしょう、」
「いえ……縛られるのは、まだ好きにはなれませんから」
 母の問いに、御島の柔らかな笑みは微妙に、苦々しいものに変わった。
 それでも御島の整った容姿の所為か分からないけれど、惹き付ける事には変わらないように見える。

「相変わらずねぇ……ねぇ、御島、また前のように会えないかしら?」
 絡みつくような声色が耳に入った途端、僕は身体の怠さに耐えながら慌てて上体を起こした。
 母さん、と声を掛けると彼女はようやく僕に視線を向けて、まるで今気付いたと云うように「あら」と声を上げた。
「聞いたわよ。また人に迷惑掛けて……どうしてあんたは何時もそう、弱いのよ。全く、男ならもっとしゃんとして欲しいわ」
「……ごめんなさい」
 御島に話し掛けていた声とは打って変わって、冷たい言葉が投げ付けられた。
 今更ながら、母が心配してくれると少しだけ期待していた僕は、湧き上がる感情をグッと抑えながら謝罪する。
 現実はやっぱり思い通りには行かないみたいで、ひどく惨めだった。
 御島は何も云わず、それ所か母に視線を向けたままで、僕を見ようともしない。
 何か庇うような発言をしてくれるんじゃないかと、僕は御島に対しても浅ましい期待を抱いていた。

 少し優しくされただけで、相手に期待してしまうなんて、馬鹿みたいだ。
 所詮は、他人じゃないか……一体僕は、何を考えているんだろう。

 甘えが有る自分を叱咤して、人の優しさなんて期待しちゃいけない……と、そう考えながら怠くて重い身体を動かして起き上がる。
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