8 / 22
第7話 地縛霊、テレビにハマる
しおりを挟む夕飯時、ちゃぶ台の上には焼き魚と味噌汁、炊きたての白米が並んでいた。
その中に、当然のようにナナの分の皿も置かれている。
箸を器用に使いながら、ナナは静かに魚の身をほぐしていた。
最初こそぎこちなかった箸遣いも、いまではすっかり板についている。
「この“味噌汁”というもの、毎日違う味がするのだな」
「それは日替わりって言うんだよ」
麗奈が笑うと、ナナもわずかに頬を緩めた。
彼女がこうして一緒に食卓を囲む光景は、もはや田中家の日常のひとつになっていた。
「――それでね、今日ナナちゃんが昼間に婆ちゃんと一緒にドラマ見てたのよ」
母さんが箸を止めながら、いかにも愉快そうに話し始めた。
「ドラマ? ナナが?」
俺は思わず聞き返した。
「うむ。“昼のサスペンス”というやつだ」
本人が堂々と答える。
鎧姿でちゃぶ台の前に正座し、背筋をぴんと伸ばしたまま。
その姿だけでもうツッコミたい気持ちが限界突破していた。
「……あれか、崖で人が落ちるやつ?」
「そうだ。実に興味深い。悪が暴かれる展開、見事だった。だが、あの“刑事”という者の推理力は尋常ではないな。あれはもはや魔術の域だ」
「推理=魔術って発想やめてくれない!?」
ナナは真顔でうなずく。
真剣に見すぎだろ。
婆ちゃんが笑いながら頷いた。
「いやぁ、ナナちゃん、最初から最後まで釘付けだったのよ。あの人が『お前が犯人だ!』って言った瞬間、“ほう、見事な断罪だ”って感心してたわ」
「断罪て。」
「まるで戦場の裁きのようだった」
「昼ドラを戦場にすんな!」
麗奈が口を押さえて吹き出した。
「ナナちゃん、完全にハマってんじゃん!」
「……ハマっている?」
「うん、つまり“好きになった”ってこと!」
「なるほど。“心を奪われる”という意味か。……たしかに、あの動く映像には心が奪われる」
そう言ってナナはちゃぶ台の上のテレビリモコンを手に取り、まじまじと見つめた。
その視線は、もはや“新兵器を分析する騎士”のそれである。
「この小さな石の板を押すだけで、映像が変わるのだな。文明の利器とは恐ろしい……」
「リモコンを魔導具みたいに言うなよ」
「それに、“ニュース”というやつもすごい。離れた場所の出来事を、瞬時に映し出すとは……」
「……いや、まぁそうなんだけど」
ナナは神妙な顔で続けた。
「異世界でこれがあれば、戦況をすぐに伝えられる。敗戦も減っただろう」
「物騒な方向で応用すんな!」
麗奈はそんなやりとりを楽しそうに見ながら、ご飯を頬張った。
「ナナちゃん、今度一緒にアニメ見ようよ!」
「アニメ?」
「うん! 絵が動くやつ! 可愛い女の子とか出てくるんだよ!」
「……絵が、動く……?」
ナナの瞳がきらりと光った。
完全に未知の文化に興味津々の様子。
「それは“魔法絵画”のようなものか?」
「ちょっと違うけど! とにかく楽しいんだって! 明日放送あるから一緒に見よ!」
「ふむ……では、勉強のために見てみよう」
ナナは真面目な顔でうなずいた。
“娯楽”を“研究対象”として受け止めるあたり、やっぱり真面目が行きすぎている。
母さんはそんな二人を見て、柔らかく笑った。
「ナナちゃん、すっかりうちの生活に慣れたねぇ」
「……そう見えるか?」
「うん。最初の頃はピリピリしてたけど、今はもう普通にテレビ見て笑ってるもん」
「笑っている……か」
ナナは少しだけ目を伏せた。
テレビの明かりが鎧の表面で反射して、彼女の横顔を柔らかく照らす。
その表情に、一瞬だけ静かな陰りが宿った。
「……戦場では、娯楽などなかった。常に剣を握り、明日を迎えられるかもわからぬ日々。
だから……こうして笑って過ごす時間は、奇跡のように思える」
不意に部屋が静まり返る。
食卓の箸の音も止まった。
――そして、次の瞬間。
「……だか、あのドラマの犯人が“友人だった”という展開は、許せん」
「感情入れるのそこ!?」
「友情を裏切るとは、戦士として恥だ。もしあの世界にいたら、私が裁いていた」
「だからサスペンスを裁くな!」
場が一気に笑いに包まれる。
麗奈は「ナナちゃん、最高!」と腹を抱えて笑い、婆ちゃんも「ナナちゃん、正義感強いねぇ」と頷いていた。
母さんまで「ナナちゃんが刑事ドラマ見たら、絶対現場突入しそう」なんて冗談を言う。
ナナは少し照れたようにうつむいた。
でも、笑っていた。
ほんの少しだけ、あどけない表情で。
「……でもよ」
俺は呟いた。
「次、ナナが時代劇とか見たら、絶対刀抜くよな」
「抜かん」
「反射で抜くタイプだろお前」
「抜かんと言っている!」
「フリじゃねーぞ!」
そんなくだらないやりとりの中、ちゃぶ台の上のテレビからは軽快なバラエティ番組の音が流れていた。
笑い声。拍手。キラキラした音楽。
ナナは不思議そうにその音を聞きながら、小さく呟いた。
「……この世界は、音まで明るいな」
その言葉に、誰も返さなかった。
ただ、なんとなく、全員が同じ方向を見ていた。
テレビの光に照らされた、奇妙で温かい家族の夕餉。
――地縛霊、テレビにハマる。
それはこの家に、またひとつ“日常”が増えたというだけの話だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
