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第14話 地縛霊、Amazonに驚愕する
しおりを挟む日曜の昼下がり。
リビングでは、いつものようにナナがちゃぶ台に座っていた。
その前には麗奈のノートパソコン。
ナナの視線は、画面に釘付けになっていた。
「……これが、“あまぞん”か」
麗奈がにやりと笑う。
「うん! “Amazon”っていうの! 世界中の人が物を買ったり売ったりできるんだよ」
「世界中……? つまり、商人の総本山……!」
「言い方ァ!!」
ナナは真剣に画面を見つめる。
マウスを恐る恐る動かし、クリックするたびに「ふむ」と唸っている。
「……服、食べ物、武器……なんでもあるな」
「武器!? ないないない!」
「“鋼鉄製レプリカソード”と書かれているが?」
「検索すんなァ!!」
ナナはクリックする指を止めず、ページを次々と開いていく。
まるで敵陣の地図を読み込むような勢い。
「この“おすすめ商品”という欄……。まるで心を読まれているようだ」
「うん、それ、アルゴリズムって言って――」
「呪術か!!?」
「違う違う違う!!」
麗奈が笑い転げている横で、ナナは次第に興奮していった。
「……見よ、圭吾!」
「俺まだ何も言ってねぇけど!?」
「“翌日配送”とある! どういう仕組みだ!」
「だから落ち着けって!!」
「異世界でも、これほど迅速な物資搬送はなかった……!」
「だから物資とか言うな!!」
ナナは目を輝かせ、まるで宝の山を前にした冒険者のように息を呑んだ。
「この“カートに入れる”とは……?」
「えっと、それ、欲しいものを入れる場所!」
「つまり、戦利品の袋か」
「違う違う違う!」
だがその理解の仕方が、後の悲劇を生むことになるとは、このとき誰も予想していなかった。
◇
数時間後。
俺が部活から帰宅すると、リビングのちゃぶ台の上にはパソコン。
その前にナナと麗奈。
そして画面には、堂々と「ご注文ありがとうございます」の文字。
「……おい」
「……け、圭吾」
麗奈が気まずそうに笑う。
「ナナちゃんが、“ちょっと試しに”って言って……」
「おい、試しってなんだよ試しって!?」
ナナは胸を張った。
「安心せよ。支払いは“カード”とやらで済ませた」
「いやそれ俺の!!!」
「なっ……!?」
俺の叫び声が下町に響いた。
「な、なぜ俺のAmazonアカウントで!?」
「おぬしが先にログインしていた」
「だから勝手に買うなぁぁぁぁ!!」
俺はパソコンを覗き込み、注文履歴を確認する。
「なに買ったんだ……?」
表示された商品名。
『特大サイズ 全身メイド服セット(ピンク)+カチューシャ付き』
「……は?」
「……」
沈黙。
全員が固まった。
最初に吹き出したのは麗奈だった。
「ナナちゃん……なにこれぇ!?!?」
「“現代の女性騎士装束”と書かれていたが……違うのか?」
「違うわァァァァァ!!」
俺の魂が抜ける。
「いやいやいや! なんでよりによってメイド服!?!」
「いや、“人気商品”とあったから……」
「人気なら何でも買うな!!」
「しかも特大サイズ!? 誰が着るんだよ!?」
「我だが?」
「お前かぁぁぁぁぁ!!!」
麗奈は床を転げ回って笑っていた。
「ナナちゃん……最高……!」
母さんが台所から顔を出す。
「なに? また買い物したの?」
「母上、我は“Amazon”なる市場で装備を整えた!」
「えっ、装備??」
「ピンク色の……布製鎧だ!」
「いや、ただのメイド服だから!!!」
俺が叫ぶ中、婆ちゃんだけがのんびりとお茶をすする。
「ナナちゃん、似合うと思うわよ」
「婆ちゃんまで何言ってんの!?」
――翌日。
玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポーン♪」
「ま、また来た……!」
圭吾、戦慄。
あの忌まわしき「翌日配送」の恐ろしさを、今ほど実感したことはない。
配達員が爽やかに言う。
「お届け物でーす! 田中圭吾さま宛て!」
「違うっ! 俺じゃねぇっ!!!」
ナナが胸を張って出てくる。
「我が戦利品だ!」
「違うっつってんだろぉぉぉ!!!」
受け取ったダンボールを開けると、中にはふわふわのピンクの布。
カチューシャ付き。
リボン。
……どう見てもメイド服。
「これが……“現代の鎧”……」
「違ぇぇぇぇぇ!!!」
「圭吾、恩に着る」
「いや着るのはお前だけどな!!」
その日の夜。
ナナはちゃぶ台の前に立ち、意気揚々とその“装備”を装着していた。
ピンクのメイド服姿の聖騎士。
地縛霊なのに、異様に似合っているのが腹立たしい。
「どうだ、圭吾」
「どうだじゃねぇよ!?!?」
「動きやすいな。戦闘にも支障がない」
「だから戦闘しないって言ってんだろ!!」
麗奈は腹を抱えて笑っていた。
「ナナちゃん、“お帰りなさいませご主人様”って言ってみて!」
「……おかえりなさいませ……主殿?」
「ちょ、真面目に言うな!!!」
母さんは写真を撮りながら笑い、婆ちゃんは「うちがますます賑やかになったねぇ」と笑顔でうなずく。
そして、俺のスマホが震えた。
通知欄には――
『#女騎士 #メイド服チャレンジ』
「これは……まさに異世界×現代コラボ」
麗奈がSNSに投稿していた。
すでに数千リツイート。
コメント欄は大騒ぎだった。
「この人、何者!?」
「ピンク似合いすぎ」
「異世界メイドさん、アニメ化して」
「いやアニメ化とかすんなぁぁぁぁ!!!」
ナナはスマホを見て首を傾げた。
「……人々はなぜこんなにも反応するのだ?」
「いや、そりゃあ見た目がインパクト強すぎるんだよ!!」
「……ふむ。つまり、これが“現代のカリスマ”か」
「なんか違うけど間違ってない……!」
ナナは笑った。
「便利な世だな、圭吾。指先ひとつで世界と繋がるとは」
「……まぁ、確かにそうだけど」
「――だが、我がアカウントの主は、今後は慎重に使うことだな」
「お前が言うなぁぁぁ!!!」
田中家の夜は、今日も笑い声で満たされていた。
――地縛霊、Amazonに驚愕する。
そして、あるものを買ってしまう。
それは、この家がますます“文明の中心地”になっていく、そんな夜の出来事だった。
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