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第3話 この気持ちは秘密
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仕事帰り、私と茉莉は、駅ビルの中にあるカジュアルなイタリアンレストランに入った。
平日だけど、店内はそこそこ賑わっていて、テーブル席には若いカップルやグループが楽しそうに食事をしていた。
「今日も一日、お疲れさま!」
茉莉が明るい声でグラスを持ち上げる。
「お疲れさま」
私も笑顔で応じて、カチンとグラスを鳴らした。
甘いカクテルが喉を通る感覚が、ほんの少しだけ、胸のもやもやを和らげてくれる。
「由紀、最近忙しそうだね」
「うん、まあ……それなりに」
茉莉の視線は、優しく、無邪気だった。
何も知らない、何も疑っていない。
それが、今はとても、残酷に思えた。
「私さ、悠翔くんと付き合ってから、すっごく安定した気がするんだよね」
「へえ、いいね」
「前の彼氏たち、なんかこう……浮ついてたっていうかさ。悠翔くんは違うんだ。ちゃんと地に足がついてるっていうか」
茉莉は楽しそうに話し続けた。
彼女の中では、悠翔は『自分の彼氏』でしかない。
当然だ。
だって、実際にそうなのだから。
私が横から何を思ったって、何も変わらない。
――何も、変えられない。
食事が進み、デザートを選ぶ頃、茉莉がふいに言った。
「そうだ、今度またみんなで集まろうよ!」
「みんな?」
「うん、悠翔くんも誘ってさ」
胸がぎゅっと縮んだ。
「……いいの?」
「もちろんだよー。由紀も悠翔くんと仲良くなってほしいし!」
無邪気なその言葉に、私は曖昧に笑うしかなかった。
仲良くなってほしい。
それは、彼女にとって何の疑念もない言葉だった。
でも、私には。
私には、その言葉が、ナイフのように突き刺さった。
◇
週末、茉莉に誘われるまま、また三人で出かけることになった。
待ち合わせ場所に現れた悠翔は、ラフなシャツにスニーカーという、気取らない格好だった。
それなのに、やっぱり一瞬で目を引いた。
「やあ、由紀さん」
「こんにちは」
短い挨拶。
それだけで、胸が熱くなる。
どうか、顔に出ませんように。
そんなふうに祈りながら、私はぎこちない笑顔を作った。
茉莉はそんな私たちを気にすることもなく、楽しそうに喋り続ける。
「ねえねえ、ランチ、あそこのイタリアンにしない? この前行ったらめっちゃ美味しかったの!」
「いいね、行こう!」
悠翔が茉莉の提案に頷く。
そして、ふと私に目を向けた。
「由紀さんも、それでいいですか?」
「……うん」
その何気ない問いかけに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。
たった一言。
たったそれだけのやりとりなのに、私の心は大きく揺れていた。
誰にも気づかれないように、そっと唇を噛んだ。
ランチを食べ、ショッピングモールをぶらぶらと歩く。
茉莉がショップのウィンドウを覗き込んでいる間、私はふと立ち止まった。
悠翔も、立ち止まった。
ふたりきり。
ほんの数秒のことだった。
なのに、息が詰まるほど緊張してしまう。
悠翔は、私に目を向けた。
そして、少しだけ、優しく笑った。
何も言わなかった。
ただ、それだけだった。
それだけなのに。
心臓が、跳ねた。
――バカみたい。
私は必死で自分を叱りつけた。
こんなことで、浮かれてどうする。
こんなことで、期待してどうする。
悠翔は、茉莉の彼氏だ。
私なんかに、何か特別な感情を向けるはずがない。
たとえ、ほんの一瞬でも。
そんなこと、あってはならない。
それでも。
それでも、私は思ってしまった。
この人が、私だけを見てくれたらいいのに。
◇
その夜、帰宅してシャワーを浴びた後も、悠翔の笑顔が頭から離れなかった。
ベッドに横になり、スマホを手に取る。
茉莉から送られてきた、何気ないLINE。
『今日も楽しかったね! またみんなで出かけようね』
私は震える指で返信を打った。
『うん、また行こうね』
嘘だ。
本当は、みんなじゃなくていい。
私と、悠翔だけでいい。
そんなこと、絶対に言えないけれど。
絶対に知られちゃいけないけれど。
私はもう、知ってしまった。
この気持ちは、誰にも言えない。
誰にも、知られてはいけない。
私だけの、秘密だ。
そしてきっと――。
秘密のままでは、済まない。
平日だけど、店内はそこそこ賑わっていて、テーブル席には若いカップルやグループが楽しそうに食事をしていた。
「今日も一日、お疲れさま!」
茉莉が明るい声でグラスを持ち上げる。
「お疲れさま」
私も笑顔で応じて、カチンとグラスを鳴らした。
甘いカクテルが喉を通る感覚が、ほんの少しだけ、胸のもやもやを和らげてくれる。
「由紀、最近忙しそうだね」
「うん、まあ……それなりに」
茉莉の視線は、優しく、無邪気だった。
何も知らない、何も疑っていない。
それが、今はとても、残酷に思えた。
「私さ、悠翔くんと付き合ってから、すっごく安定した気がするんだよね」
「へえ、いいね」
「前の彼氏たち、なんかこう……浮ついてたっていうかさ。悠翔くんは違うんだ。ちゃんと地に足がついてるっていうか」
茉莉は楽しそうに話し続けた。
彼女の中では、悠翔は『自分の彼氏』でしかない。
当然だ。
だって、実際にそうなのだから。
私が横から何を思ったって、何も変わらない。
――何も、変えられない。
食事が進み、デザートを選ぶ頃、茉莉がふいに言った。
「そうだ、今度またみんなで集まろうよ!」
「みんな?」
「うん、悠翔くんも誘ってさ」
胸がぎゅっと縮んだ。
「……いいの?」
「もちろんだよー。由紀も悠翔くんと仲良くなってほしいし!」
無邪気なその言葉に、私は曖昧に笑うしかなかった。
仲良くなってほしい。
それは、彼女にとって何の疑念もない言葉だった。
でも、私には。
私には、その言葉が、ナイフのように突き刺さった。
◇
週末、茉莉に誘われるまま、また三人で出かけることになった。
待ち合わせ場所に現れた悠翔は、ラフなシャツにスニーカーという、気取らない格好だった。
それなのに、やっぱり一瞬で目を引いた。
「やあ、由紀さん」
「こんにちは」
短い挨拶。
それだけで、胸が熱くなる。
どうか、顔に出ませんように。
そんなふうに祈りながら、私はぎこちない笑顔を作った。
茉莉はそんな私たちを気にすることもなく、楽しそうに喋り続ける。
「ねえねえ、ランチ、あそこのイタリアンにしない? この前行ったらめっちゃ美味しかったの!」
「いいね、行こう!」
悠翔が茉莉の提案に頷く。
そして、ふと私に目を向けた。
「由紀さんも、それでいいですか?」
「……うん」
その何気ない問いかけに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。
たった一言。
たったそれだけのやりとりなのに、私の心は大きく揺れていた。
誰にも気づかれないように、そっと唇を噛んだ。
ランチを食べ、ショッピングモールをぶらぶらと歩く。
茉莉がショップのウィンドウを覗き込んでいる間、私はふと立ち止まった。
悠翔も、立ち止まった。
ふたりきり。
ほんの数秒のことだった。
なのに、息が詰まるほど緊張してしまう。
悠翔は、私に目を向けた。
そして、少しだけ、優しく笑った。
何も言わなかった。
ただ、それだけだった。
それだけなのに。
心臓が、跳ねた。
――バカみたい。
私は必死で自分を叱りつけた。
こんなことで、浮かれてどうする。
こんなことで、期待してどうする。
悠翔は、茉莉の彼氏だ。
私なんかに、何か特別な感情を向けるはずがない。
たとえ、ほんの一瞬でも。
そんなこと、あってはならない。
それでも。
それでも、私は思ってしまった。
この人が、私だけを見てくれたらいいのに。
◇
その夜、帰宅してシャワーを浴びた後も、悠翔の笑顔が頭から離れなかった。
ベッドに横になり、スマホを手に取る。
茉莉から送られてきた、何気ないLINE。
『今日も楽しかったね! またみんなで出かけようね』
私は震える指で返信を打った。
『うん、また行こうね』
嘘だ。
本当は、みんなじゃなくていい。
私と、悠翔だけでいい。
そんなこと、絶対に言えないけれど。
絶対に知られちゃいけないけれど。
私はもう、知ってしまった。
この気持ちは、誰にも言えない。
誰にも、知られてはいけない。
私だけの、秘密だ。
そしてきっと――。
秘密のままでは、済まない。
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