親友の彼氏を好きになったので、全部壊したら地獄になった

もちもちのごはん

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第6話 疑惑

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 何も変わらないはずだった。

 茉莉は今まで通り私に笑いかけて、くだらないスタンプを送りつけてきて、週末には「ごはん行こ~!」と誘ってくる。

 一ノ瀬悠翔は、変わらず穏やかで、優しくて、茉莉の彼氏として完璧に振る舞っていた。

 だから、私も「何もなかったふり」を続けていた。

 あの夜、触れた手。
 あの沈黙の中にあった熱。

 あれを「なかったこと」にすれば、きっとまた戻れると思っていた。

 だけど――。
 全てが、ほんの少しずつ、ズレ始めていた。



「ねえ、由紀って最近、悠翔と仲良いよね?」

 ある日、ランチの帰り道、茉莉が何気なく言った。

「え?」

 私は反射的に立ち止まりそうになる足を、なんとか踏みとどめた。

「ほら、展示会のときもさ、すっごく楽しそうだったって悠翔が言っててさ。なんかいいなって思ったの」
「……うん、楽しかったよ。久しぶりに美術館なんて行ったし」
「だよねー! 由紀って、芸術系とか詳しいもんね」

 茉莉は笑っていた。
 それは、いつもの無邪気な笑顔。

 でも、どこか――ほんの、ほんの少しだけ、その目の奥に、何かが混ざっている気がした。

 疑い。不安。もしかしたら、嫉妬。

「……なに?」
「え?」
「今、ちょっと疑ってなかった?」

 自分でも、どうしてそんなことを口にしたのかわからなかった。
 咄嗟に出たその問いに、茉莉は一瞬驚いた顔をしたあと、首を横に振った。

「まさか。そんなわけないじゃん。由紀のこと、信用してるよ?」

 その「信用してるよ」が、やけに軽く聞こえた。



 茉莉が疑っている――そう確信したわけではない。
 けれど、私の中で「警報」のような何かが鳴り始めていた。

 今までは、茉莉が疑うことなんて一度もなかった。
 それほどまでに、私は「信頼できる」人間だった。

 でもその信頼が、もし少しでも揺らぎ始めたなら。
 すべてが崩れるのは、あっという間だ。



 それから数日後。
 久しぶりに三人で集まったとき。

 空気が、明らかに違っていた。

 茉莉は、いつも通り楽しそうにしている。
 でも、視線がどこか落ち着かない。
 ときどき、私と悠翔の間を見るような仕草が混ざる。

 その一瞬一瞬が、私の心を刺した。

 悠翔も、少しよそよそしかった。
 目が合うことが、以前より少なくなった。

 まるで、何かを悟られないようにしているかのように。

「……大丈夫?」

 帰り道、私はそっと聞いた。

 私たち三人で、同じ電車に乗ったあと、茉莉が先に降りていった。
 車内に残されたのは、私と悠翔、ふたりだけ。

 ドアが閉まり、電車が動き出す。
 数秒の沈黙ののち、悠翔は答えた。

「……ちょっとだけ、焦ってる」
「なにに?」
「由紀と俺が、仲良くなりすぎてるんじゃないかって。……茉莉に、そう思われてないかって」

 息が詰まった。
 悠翔は続けた。

「……ごめん。あの日、俺からだったのに」
「ううん。私も、拒まなかった」

 電車の音に紛れて、声が揺れる。

「……また、会いたい」

 私がそう言うと、悠翔はゆっくりとこちらを見た。

「由紀、俺……」

 言いかけた言葉は、次の駅の到着アナウンスに遮られた。

 けれど、その一瞬。
 彼の目の奥には、確かに「本当の気持ち」があった。
 後ろめたくて、苦しくて、それでも――嬉しくなるような何かが。



 その夜、茉莉から届いたLINEには、短い文だけがあった。

『ねえ、由紀。私、何か間違ってるかな?』

 その言葉の意味が、まるでクイズのように頭の中を巡った。

 「私」が、「何か」を、「間違ってる」。

 もしかして――。
 もう、気づかれてる?
 それとも、まだギリギリ?

 私はスマホを握りしめたまま、なかなか返信ができなかった。
 やがて震える指で、ひとことだけ打ち込んだ。

『どうしたの、急に?』

 あえて、何も知らないふりをした。
 そうすることしか、もう私にはできなかった。
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