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8.心に秘めた決意
しおりを挟む「実家で掃除に慣れていて良かったわ……。これなら何とか夜までに終わりそう」
私はふぅと息を吐くと、両手を上げて「うーん」と背伸びをする。
途中何度かメイド長が様子を見に来たけれど、口を分かり易くへの字に曲げ、何も言わずに立ち去って行った。
きっと少しでも駄目な箇所を見つけて、文句の一つでも言いたかったに違いない。
(ふふん、伊達に毎日実家で掃除をしていなかったわよ! それにあのメイド長の悔しそうな顔! 少しだけ溜飲が下がったわ)
昼食は出たけれど、私のは昨日焼いたであろう固いパンと少量の具無しのスープだけで。
他のメイド達は具有りのスープに柔らかいパン、お肉と果物も付いていたので、メイド長が料理長に指図したのか、料理長が自らそうしたのか……。
とにかく、料理長もメイド長には逆らえない事が分かった。
(まぁ、食事が出るだけでも良しとしなきゃね)
――結局掃除が全て終わったのは、夜になりこの屋敷の使用人達が夕食を食べ終わった頃で。
ヘトヘトになって食堂へ行くと明かりが消えており、明かりを灯し私のご飯を探してもどこにも見当たらない。
「はぁ……なるほどね。メイド長からの理不尽な仕事の指示、メイド達からの無視、そしてメイド長の機嫌を損ねたり仕事が遅れればご飯も貰えない。こんな生活が毎日続けば、そりゃ人生に絶望したくもなるわ……」
私はリシィに深く同情しながら厨房に入り、辺りを物色する。
「……この箱に入っているのは、廃棄する野菜とパンね――って、ちょっと! この野菜まだ全然食べられるじゃないの! パンだって昨日の分でただ硬いだけだし、本当勿体無いわ。捨てるのなら有難く有効活用させてもらうわね」
私は調理器具を拝借し、鼻歌を歌いながら料理を始める。
実家でも毎日料理をしていたからお手のものだ。
「具沢山の野菜スープに、硬いパンだったけど焼き直したらふっくらパリパリ、果物は傷んだ部分を取り除けばまだ全然食べられるわ。うん、大満足な夕食ね! 自分で作った方が栄養摂れそうだし、明日からの夕食は毎日そうしようかしら」
私は自分で作った料理に舌鼓を打ち、お腹一杯食べ終わると、厨房を元通りに片付ける。
屋敷を清掃している時に発見した、共同で使うシャワーを浴びてサッパリとした私は、歯磨きをして洗濯をした後自分の部屋に戻った。
「さて、朝見つけたアレを見てみようかしら」
部屋に洗濯物を干し、後は寝るだけになったので、私はいそいそと机の引き出しを開ける。
そこには一冊の手帳が入っていたのだ。中を見ると、どうやらリシィがつけていた日記のようだった。
「まぁ……ほぼ毎日書いているわ。真面目な性格だったのね。これでこの子の事や、どうしてこんな状況になっているのか分かるかもしれないわ」
私はベッドに寝転ぶと、手帳をパラパラとめくりながら読み始める。
読み進めるにつれ、私の心はズンズンと重くなっていった。
「……リシィ……。本当に……とても辛かったのね……」
リシィの書いた日記をまとめると、この屋敷はウラン・エレスチャル公爵が当主で、敏腕なメイドだったリシィの母親が公爵に声を掛けられ、母子一緒にこの屋敷へ雇い入れたらしい。
リシィの母親――ユーディアさんは、リシィが幼い頃に夫を亡くし、女手一つで彼女を育ててきたのだそうだ。
だからリシィは、ユーディアさんをとても慕っていて。
エレスチャル公爵も、懸命に働くユーディアさんを気に入り、母子共に気に掛けてくれていたらしい。
そしていつしかリシィは、ユーディアさんとエレスチャル公爵が想い合っている事に気が付いた。
公爵は現在四十代で、三十代の頃妻を亡くしている。子供はいないようだ。
ユーディアさんと公爵が寄り添いながら穏やかに微笑んでいる姿を見て、リシィは大好きな母が幸せなら二人を応援しようと思っていたそうだ。
――しかし、それを良しとしなかった人物がいた。メイド長であるノーラだ。
ノーラはエレスチャル公爵の事が好きだったようで、ユーディアさんと公爵が楽し気に話している光景を見る度、般若のような表情で二人を睨んでいたらしい。
その頃から、ユーディアさんは体調不良を訴え始めた。
日に日に寝込む事が増え、少しずつ窶れ、やがて動けなくなり、そして……ついには――
『その日』の日記は、目を背けたくなるほど悲しみに満ち溢れていた。
母を亡くし、一日中悲嘆に暮れていたリシィを、エレスチャル公爵も愛する人を二度も失って辛いだろうに、傍にいて慰めてくれて。
あろうことか、ノーラはそんな彼女にも嫉妬して、こうして日々意地悪をしているらしい。
(公爵と親子ほど歳の差があるリシィにまで嫉妬するなんて……。本当に馬鹿じゃないの!? 呆れてものも言えないとはこの事だわ……)
そして、日記の最後の方に“不穏”な事が書かれており、私は背筋が凍るように寒くなった。
『お母さんの亡くなり方はおかしい。あれは病気なんかじゃない。メイド長に少しずつ“毒”を盛られ、病気と見せかけて殺されたんじゃないか』――と。
けれど、証拠がないから訴えられない、悔しい、憎いと、心の内を赤裸々に日記に綴っていた。
その後の日記は、ノーラにされた嫌がらせの内容や、悲しい寂しい辛い、お母さんのところへいきたいと何度も綴られ、一昨日で筆は止まっている。
「…………」
私は静かに日記を閉じると、起き上がり机の引き出しの中にそれを戻す。
そして、ベッドに寝転がるとそっと目を閉じた。
胸の前で、ギュッと強く拳を握り締める。
「……うん、決めた。これも何かの縁よ。私がユーディアさん殺害の証拠を見つけてノーラを捕まえるわ。そして、リシィとユーディアさんの無念を晴らしてやるのよ!」
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