婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

文字の大きさ
19 / 51

18.来るべき“未来”に向けて

しおりを挟む



 アーシェルは、レヴィンハルトの様子に首を傾げた。


「ローラン先生……?」
「あ、いや……。――君はこれから、あの家に帰るんだろう? その……大丈夫か?」
「え……?」
「君の背中に……幾つもの痣があった。親にやられたのか? 痛みは大丈夫なのか?」
「……っ!」


 アーシェルはしまった、という顔をすると、言い逃れは出来ないと悟ったのか、やがて小さく頷いた。


「痛みは……動いた時、たまに痛む程度なので大丈夫です……」
「……そうか。君が家を出るまで匿いたい所なんだが、俺は男子寮だから――」
「それなら私が匿おうか? 大歓迎だよ」
「何が大歓迎だ。お前、一人暮らしだろう? そんな危険な場所にみすみすアーシェル嬢を渡せるか」
「えー? それを言うなら君もじゃないか。レイノルズ君と二人きりにさせたら、むっつりスケベが遺憾無く発揮されそうで怖いよ」
「……お前、やはり殺――」
「あ――だ、大丈夫ですよ! 家に帰ったらすぐに部屋に籠もりますから! 顔を合わせなければ問題無いですので!」


 アーシェルが慌てて口を挟み、両手をブンブンと振る。


「……君は、両親を訴えたいか? 君がそれを望むなら、俺達は全面協力するぞ。君の正直な気持ちを聴かせて欲しい」


 レヴィンハルトの言葉に、思わずアーシェルの瞳が潤む。


「正直に……言って、いいんですか?」
「あぁ、勿論だ」
「……じゃあ――」


 アーシェルは息を吸い込むとバッと顔を上げ、盛大に言葉を放った。



「真っ逆さまに地獄に落ちて欲しいですっ!!」



「………………」

 レヴィンハルトとクロノスは思わず顔を見合わせ、「ふはっ」「ぷはっ!」と吹き出す。


「はははっ! うんうん、そうだよね。やられたら倍にしてやり返そうじゃないか」
「あぁ、そうだな。まずは『婚約解消』からだ。証拠は取れたが、君だけでは立場が圧倒的に弱く、君の親やオルティスの親に言い包められて終わってしまうだろう。婚約は通常、家同士で契約されているから、親が『婚約解消』を拒否すれば、君が何を言おうと継続せざるを得ない」
「……っ! そ、そんな……。折角証拠が取れたのに……」


 目に見えて大きく肩を落とすアーシェルに、レヴィンハルトは首を振る。


「大丈夫だ。そんな時の為に専門の『弁護士』がいる。俺も同席するが、弁護士をつけた方が確実に勝算が上がる。俺が探しておこう」
「えっ!? べ……弁護士っ!? わ、私、そんなお金は――」
「俺が出すから問題無い。金なら余る位あるからな。勿論返さなくていいぞ」
「え、えぇ……? そ、そんな……」


 戸惑うアーシェルの隣で、クロノスがジト目でレヴィンハルトを見遣る。


「うっわー。たった今、お金が無い人達を全員敵に回したね、君。あーやだやだ。金持ちには貧乏人の気持ちなんて分かんないんだから」
「人の為に使うんだから問題無いだろう?」
「あっ、そっか、そうだね。じゃあ人の為という事で、僕の生活費や娯楽費も全て出し――」
「五月蝿い黙れ口を凍らすぞ」
「やだぁ、色んな意味で冷たぁーい」
「虐待の件も含めて、二週間の内にケリをつけたい所だ。それでこの学園は退園ではなく、ウォードリッド王国の学園に転園にした方がいい。今後の為にも学園は卒業までしておいた方がいいからな」
「えっ、ええぇ……?」


 流れる川のように次々と今後の事が決定していって、アーシェルはただオロオロと困惑するしかなかった。

 けれどそれは、自分に“未来”がある事を前提に決められていって、アーシェルは涙が溢れるのを堪え切れなかった。


「……ありがとう……ございます……」


 レヴィンハルトは眉尻を下げて微笑うと、啜り泣くアーシェルの身体をそっと抱きしめる。


「あらあら? 先生が生徒にそんな事していいの? 不味くない? 早速むっつりスケベが発揮されてるよ? あーぁ、分かってたけどやっぱり我慢出来なかったかー」
「五月蝿い黙れ。泣いている生徒を放っておけるか」
「へえぇ? それは泣いていたら、他の女子生徒誰にでもするの?」


 ニヤニヤしながら訊いてくるクロノスに、レヴィンハルトはムッとした顔を向けた。


「誰がするか」
「あははっ、ですよねー? 全くもう、しょうがないなぁ。この事は皆に黙っておいてあげるよ。君の恋を応援してあげようじゃないか。けどある程度仲良くなるまでむっつりスケベは封印した方がいいよー。勿論、この子が成人になる迄は色々とガマンするんだよー。むっつりくんの君には難しいかなー?」
「五月蝿い黙れ燃やすぞ」



 二人の会話は、レヴィンハルトがさり気なくアーシェルの耳に手を当て塞いでいたお蔭で、彼女の鼓膜に入る事は無かったのだった――




しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...