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45.こんな筈じゃなかったのに ジェニーside
しおりを挟む「え……? な、何で――」
ジェニーは、目の前の光景が信じられなかった。
この王国で一番偉い国王であるファウダーが、格下で貧乏なパリッシュ男爵邸に足を運んで。
その美麗な顔を自分に向け、セルジュと同じ青緑色の美しい瞳は怒りの色を濃く滲ませている。
その後ろに見知った人物もいて、ジェニーは大きく目を見開かせた。
彼も顔は美形だったが、髪と目の色が老人のようだったので、自分が狙う対象から除外していたのだ。
「ろ、ローラン先生っ!?」
「……俺はもう『先生』じゃない。髪と瞳の色が違うから気が付かなかったか。俺はこの国の魔術士副団長だ。名は知らなくとも、姿くらいは見た事があるだろう」
「………っ!!」
(そ、そうだわ……。髪と瞳の色を紅に変えれば副団長様じゃない! どうして気付かなかったのよわたし……!)
ファウダーとレヴィンハルトの後ろで、ジェニーの両親がオロオロワタワタしながら様子を見守っている。
「突然すまないな。いや全くすまなく思ってないが。お前が禁断の呪術である“死の宣告”を使用した証拠が見つかったので、国王自ら息子の敵であるお前を捕らえに来た」
「はぁっ!?」
ジェニーはファウダーの言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「な……何を言ってるんですか!? わたし、そんなもの使った覚えが全くありません!!」
「迷わず即座に否定か。お前は日常茶飯事に『嘘』を吐いてるんだな。益々不愉快な女だ。――お前、『極悪の魔女』と呼ばれた呪術士の家で、俺の息子に【呪い】を掛けただろう? レヴィンハルトがその痕跡を見つけた。“死の宣告”の呪術が書かれていると思われる本と、紙が燃えた後の灰と、数滴の乾いた血痕のようなものが床に落ちていた。その血痕はお前の親の協力のもと、お前のものであると判明した」
「…………!!」
数日前、ジェニーは「健康状態を調べる為」と父親から言われ、指を少し切られ少量の血を取られた。
謹慎中でずっと部屋に籠もっていたから、親の気遣いかと思い、素直にそれを受け入れたのだ。
父は、国王に命じられたのだろう。「娘の血を少し持ってこい」と。
その理由を聞かされなくても、父が国王からの命に逆らえる筈がない――
(そ、そんな……! それが決定的な証拠になるなんて……!)
青褪めるジェニーを冷たく見下ろすと、ファウダーはレヴィンハルトに視線を向けた。
「レヴィンハルト、この部屋から魔力は感じられるか?」
「……そうですね……。残滓程ですが……。札自体に複雑な術式が組み込まれ強力な魔力が込められている筈ですが、それを覆い隠す呪術もされていますね。あの呪術の本もそうでした。微かに漏れていた魔力に気付かなかったら見つけられませんでしたね。まさかあんな場所に隠されていたとは」
レヴィンハルトは眉間に皺を寄せ、深く息を吐く。
「流石、『極悪の魔女』と言われただけの事はあります。呪術決行後に自動的に札を燃やして消滅させるのも、彼女が独自で編み出したものでしょう。証拠隠滅が抜かりない」
レヴィンハルトは顎に人差し指を当てながら辺りを軽く見回すと、チェストの前に足を向け、その一番下の引き出しを開けた。
ジェニーが突然のレヴィンハルトの行動に唖然としている中、彼はその引き出しの奥に手を入れ、二枚の紙を取り出した。
「……ありました。この禍々しい魔力の気配……“死の宣告”に使う札ですね。長年経って劣化の所為か、札から魔力が少し漏れていたので発見する事が出来ました。あの呪術の本もそうです。――もう一枚は……俺には読めませんが、呪詛の言葉が書かれていますね。恐らくこれが“死の宣告”を発動させる呪言なのでしょう。魔女の家で見つけた本にも、同じ呪言が書かれている筈です」
「よし、完璧な証拠だな。――ジェニー・パリッシュ。お前を禁断の呪術“死の宣告”を使ったとして捕縛する。セルジュにそれを使ったのは、身分の違いで息子を手に入れられないから、他の女のものになるくらいなら殺してやるとかいう、心底くだらない理由だろう? お前の事を調べさせて貰ったが、顔のいい裕福な男に目がなかったようだからな」
ジェニーはファウダーの言葉に、カッと目を見開いて抗議を飛ばした。
「くだらなくなんかないわっ! これで麗しいセルジュ様はわたしだけのものになったの! あの方はわたしの中で永遠に生き続けるのよ!!」
そう甲高く叫んだジェニーを睨み、ファウダーのこみかみにピキピキと幾つもの青筋が立てられる。
「……それ以上くだらない御託を並べると、この場で即処刑するぞ。知らないようだから教えてやるが、“死の宣告”を使った者は、女、未成年関係なく処刑となる。その日まで精々牢の中でガタガタ怯えて暮らすんだな」
「……え……」
ファウダーの憎しみと怒りの視線と言葉に、ジェニーは目を瞠り、ビクリと身体を大きく震わせる。
「陛下、少し待って下さい。――ジェニー・パリッシュ。お前が読んだ“死の宣告”の書物に、解呪法は書いてあったか。この場で処刑されたくなければ正直に答えろ」
レヴィンハルトの射抜くような眼差しに、ジェニーは再び身震いしたが、やがてその震えは止まり、突然大きく嗤い出した。
「あぁ、あの女を助けたいのね? そんなもの、何処にも書いてなかったわよ! 呪術のやり方しか載ってなかったわ。勿論、嘘偽りはついてないわよ? ここで死にたくないもの。つまり、解呪法は無いって事! 残念だったわねぇ? あの女を助けられなくて! 元はと言えば、あの女が余計な事をしなければ、わたしは公爵夫人になって優雅で裕福な生活が出来たのよ! あのままあの女は何も出来ずに死ぬのよ! ザマァみろだわ! アハハハッ!」
「………っ!!」
レヴィンハルトは憤怒の表情を浮かべ、嗤い狂うジェニーに足を大きく踏み出す。
「よせ、レヴィンハルト! 無抵抗なアイツを殴れば傷害の罪に問われてしまう。ここは抑えろ。しかし、ヤツは何を言ってるんだ? “あの女”……? 他に【呪い】を受けた相手がいるのか?」
「…………」
レヴィンハルトは、ファウダーの制止に拳が血で滲む程握り締めると、質問には答えず低い声音で言った。
「陛下、この女を早く連れて行って下さい」
「……分かった。後は牢で尋問するか。――お前達、この娘を城の牢へ連れて行け! この娘は極悪罪を犯した。抵抗するようなら、未成年であろうと女であろうと容赦するな!」
「はっ!」
後ろで控えていた騎士二人が、嗤い続けるジェニーを連れて行く。
「……あぁ、ジェニー……。お前は何という事を……」
パリッシュ男爵と男爵夫人が床に両膝をつき悲嘆に暮れる中、ファウダーは彼らに冷たく言い放った。
「貴公らが娘の言う事を何でも聞き、甘やかして育てた結果がこれだ。親の監督不行届きで、男爵位の褫爵は確実、更に莫大な罰金を支払う事になるだろう。覚悟しておくんだな」
啜り泣く二人にはもう目もくれず、ファウダーはレヴィンハルトと共にパリッシュ男爵邸を出た。
「犯人も捕まり、セルジュの気持ちは少しは晴れただろうか――」
空を見上げたファウダーの独り言のような呟きに、レヴィンハルトは言葉を返さなかった。
解呪法が無い。
その事実が、レヴィンハルトの心を深く暗い闇の底へと沈み込ませていたのだった――
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