婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

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49.果たされる“約束”、そしてまた

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「――ル……。……シェル――」


 ……声が、聞こえる。

 とても愛しい、聞きたかったあの人の声が――



「アーシェルッ!」



 一際大きい声で名を呼ばれ、アーシェルはハッと両目を見開いた。

 目の前には、会いたいと願っていたレヴィンハルトの顔があり、アーシェルは瞼をパチパチとさせる。


「え……? レヴィン、さん……?」


 状況が把握出来ないアーシェルは、瞳を左右に動かす。自分は、ベッドの上で心配顔のレヴィンハルトに横抱きにされていた。

 そして、直前の出来事を思い出す。


「あ、あれ……? 私、【呪い】で死んだ筈じゃ……?」
「“死の宣告”は君から消え失せた。君は助かったんだ。部屋に入った時、君が倒れていたから肝を冷やしたが……。一体何があったんだ?」
「え? えっと……日にちが変わったら、心臓がすごく苦しくなって、それに耐えられなくて……」


 困惑しながらのアーシェルの説明に、レヴィンハルトはギュッと唇を噛んだ。
 “呪い返しの術”は、使用する条件が厳しい分、呪いを受けた者には何の負担も衝撃も無く呪いを返す事が出来る術の筈だ。

 アーシェルにも負担が掛かったのは、恐らく、魔術書を解読する際に何らかの手落ちがあったのだろう。
 気持ちが切羽詰まり、解読ミスをした自分の落ち度だ。


「……すまない、アーシェル……」
「え? どうしてレヴィンさんが謝るんですか……?」
「……いや。――アーシェル、良かった。本当に良かった……」


 レヴィンハルトは戸惑うアーシェルを深く抱きしめた。
 アーシェルは素直に彼の胸に上半身を寄せる。

 求めていた彼の温かさに少しずつ生きている実感が湧いてきて、涙が零れそうになりながらも彼に訊いてみた。


「……あの、レヴィンさん。【呪い】は……どうやって解呪したんですか……?」
「…………」


 レヴィンハルトが微かに眉間に皺を寄せ、顔を伏せる。
 彼の目の下に酷い隈がある事に気付き、アーシェルはそれは訊いてはいけない事だったと悟った。


「……すみません……。無理に言わなくていいです。――ありがとうございます、レヴィンさん。私を助けてくれて。もう一度……貴方に会いたかったから……。本当にありがとう――」


 アーシェルはレヴィンハルトの胸に顔を埋め、心から礼を言う。
 

「アーシェル……」



 ――“呪い返しの術”でジェニーを殺してしまった事に、悔いは全く無い。

 ファウダー国王に、ジェニーへの術使用の許可を得る為に謁見した際、彼に誰が【呪い】を受けたのか訊かれた。
 国王に嘘は付けないので正直に話した所、案の定ファウダーは両目を吊り上げ青筋を立て、般若の形相で怒り狂って。


『俺の息子だけでなく、俺の“家族”にまで【呪い】を掛けたのか、ヤツはっ!? くそっ、フザけるな……!! ――レヴィンハルト、女だろうが容赦はいらん。ヤツは牢の中で成人を迎えた、もう立派な罪人だ。罪人に術の使用を許可する。絶対に失敗はするなよ。そしてアーシェルを必ず助けろ!!』


 と、激しく憤る国王の許可も得て。
 死罪が決まっていたジェニーは、遅かれ早かれ死ぬ運命だったのだ。
 けれど、心の何処かに仄暗い罪悪感はあって。

 それを、アーシェルの純粋で素直な感謝の言葉が包み込み、ほどけるように溶かしてくれたのだ。


 ――その時、レヴィンハルトの身体が虹色に輝き出した。


「えっ!?」


 その七色の光はレヴィンハルトから一気に放たれると、一つのある形に変化していく。


 それは――


「……セルジュ殿下っ!?」
「え……?」


 レヴィンハルトの驚きの声に、アーシェルは両目を見開き、形作られたその人物を見上げた。

 黄金色の髪に青緑色の瞳。ファウダー国王に似た、あどけなさが残りながらも、凛々しく端正な顔立ち。
 その人物はアーシェルを見て、ニコリと“あの時”と同じ笑顔を向けた。


 それは、十四歳のセルジュの姿だった。


『ようやく会えた、アーシェお姉ちゃん。お姉ちゃんに掛けられた、ぼくと同じ【呪い】に“魂”が拒絶反応を起こしてしまって、強制的に眠らされていたんだ。でもお姉ちゃんから【呪い】が完全に失くなって、こうして起きる事が出来た』
「……セル……? セル、なの……?」
『そうだよ、アーシェお姉ちゃん。母上に似てるなって思ってたけど、ぼく達姉弟だったんだね。本当に「お姉ちゃん」だったんだ。――ふふっ、この年で「お姉ちゃん」はやっぱり恥ずかしいな。アーシェ姉さんでいいかな』
「………っ」


 嬉しそうに笑うセルジュに、アーシェルの涙腺が崩壊する。
 身体が淡く光る半透明のセルジュに駆け寄ると、その手を彼に伸ばした。

 しかし彼女の手は、セルジュの身体をスルリとすり抜ける。


『ぼくは“魂”のみの存在だから、触れる事は出来ないんだ……。姉さんを抱きしめられないのが残念だな』
「……セル……ッ」
『泣かないで、アーシェ姉さん』


 セルジュは、泣きじゃくるアーシェルを包み込むように抱きしめる仕草をする。


『ぼく、姉さんが本当の「姉さん」だって分かって嬉しかったよ。だって、ぼく達は他人じゃなく、ずっといつまでも一緒にいられる、血の繋がった“家族”だったんだから』
「わっ、私も……! 私もセルが弟だって……“家族”だって分かって、すごく嬉しかった……っ」
『ふふっ、姉さんと同じ気持ちで嬉しいよ。だからぼく、来世で生まれ変わったら、またアーシェ姉さんと“家族”になりたい。そして今度こそ、生まれてから死ぬまで、ずーっと姉さんと一緒にいるんだ。――絶対に』


 セルジュの青緑色の瞳が一瞬仄暗く淀んだが、それはすぐに元の優しい色の瞳に戻った。


『僕ね、小さい頃から自分の立場を理解していて。この国の王子だから良い子でいなくちゃって、我が儘を言っちゃ駄目だって自分の気持ちを殺している内に、喜怒哀楽が分からなくなってたんだ。何か、自分が“人形”みたいに思えちゃって』
「セル……」


 そう言って苦笑するセルジュの心の内を思い、アーシェルの胸が酷く痛んだ。


『けど、アーシェ姉さんと出会って、お喋りが楽しくて、アーシェ姉さんと一緒にいるのが嬉しくて、自分が“人間”に戻れた気がしたんだ。――ありがとう、姉さん』


 優しく微笑むセルジュに、アーシェルは涙を零しながら何度も首を横に振る。


「そんな……っ。私もあの時、セルに助けられました! 一人じゃないんだって……! すごく嬉しかった……っ」
『うん、ぼくもだよ』


 セルジュは、アーシェルの額に自分の額をコツンと当てる仕草をする。 


『……ぼく、天の国にいくよ。来世でまた会えるから、「さよなら」は言わないよ』
「セル……っ」
『レヴィン、今世はアーシェ姉さんを頼んだよ。来世では姉さんはぼくが守るから心配しないで』


 ハッキリと宣言するセルジュに、レヴィンハルトは苦笑して返す。


「畏まりました。けれど来世でも、俺はアーシェルを守りますよ。それは……譲れないですね」
『あははっ! 言うようになったね、レヴィン。これは負けちゃいられないね』
「え、え?」


 それを聞いて戸惑いながら真っ赤になるアーシェルと、瞼を閉じフッと微笑むレヴィンハルトを交互に見たセルジュは、もう一度声を立てて笑った。

 すると、セルジュの身体が虹色に一層輝き出す。


「セル……?」
『……あぁ、時間だ。いかなきゃ。――またね、アーシェ姉さん。最期に会えて……姉さんとお話出来て嬉しかったよ。――ふふっ、もう思い遺す事はないや。満足だ』
「セル……っ! 絶対、絶対にまた会いましょうね……! 約束……“約束”ですよ……!」
『うん、“約束”だ』


 セルジュがアーシェルに向かって満面の笑顔を浮かべた瞬間、七色の光が部屋中に満ち溢れ――


 その光が無くなった時、セルジュの姿も消えていた。



「……セル……。セル……ッ!」



 その場に崩れ落ち、哀哭するアーシェルの身体を、レヴィンハルトは後ろから優しく抱きしめたのだった――








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次回、最終話です。




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