【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ

文字の大きさ
15 / 16
番外編

傾国王子after 〜従者ガーシュによるネタバレその3〜

しおりを挟む



******************



「ガーシュ、世界を壊したくなる」
 比翼の翼を失うと、彼は本来の役割に戻ろうとしてしまうのかとガーシュは思った。





 ガーシュには言わないことがある。先読みができるのはまだ誰も知らない。調子には波があるし見たいものが見られるとも限らない。
 

 ツェーレンが亡くなった。四十三歳、ガーシュが思ったよりは長生きだった。
 だって繰り返しの死で、ツェーレン自身は元気でも魂がかなりすり減っていたから、天寿は全うできないと解っていた。
 ツェーレン自身も感じ取っていた。


「ガーシュ、アレスを頼むよ。あいつ大丈夫かな」
 ツェーレンが笑っている。青年期を過ぎてなお美しい彼こそ、本当は吸血鬼ではないかとガーシュは錯覚する。
 助からないと知るのはガーシュと当人だけ。アレスターは寝食を忘れて治療法を探していたし、カズサは界渡りであちらの医療に光明を見出そうと必死だった。
 二人が心身共に疲れ果てていると知り、見かねたツェーレンが打ち明けた。



 縮められた命、その責任が誰にあるかは明らかだ。
 ツェーレンの病の理由を聞いたアレスターは、心は壊したがまだ生きているヴィーダにささやかな幸福を与えた。
 可愛いペットや気に入りの小物、優しい付き人。
 そしてそれを完膚なきまでに奪う。時には自ら手を下して。
 そういう時、すこしだけアレスに生気が戻るのがガーシュは嬉しい。



 ガーシュには分かった事がある。ツェーレンの死をもって読めるようになった正ルート、今となればifの世界のこと。
 本来のルートはこうだ。


 アレスは五回目の夫だった。ツェーレンを深く愛するのも解呪するのも全く同じ。
 実際よりずっと早く、出産時にツェーレンの命は失われる。享年二十歳。
 子は助からず全ては悲劇で終わる。


 おそらくは出産で心臓が止まった時、ツェーレンは亡くなる運命だった。
 ツェーレンの死を覚悟させられた時、アレスターは自らの裡に灯るちいさな魔の炎を自覚した。


 だが本来のルートより多い巻き戻りがなんらかの影響を与えたのか、ツェーレンはずっと強い心を持ち、気力と神気で死の運命を克服してみせた。
 ifルートも現実でも、根本的死因は母の呪術による魂の摩耗。だが魂は弱ったが心は鍛えられ、皮肉にも魔を跳ね除ける結果となる。いや、正確には違う。魔と───、未来の魔王と番ったのだから。
 

******************



 グラスが倒れ、ワインが溢れるが誰も気にはしない。それどころではないのだ。
「………まさか」
 時に極端に苛烈な思考に走る姿。殺人までは犯していないが、それを躊躇う様子はなかった。
 こんな奴は知らない。身内であるかれに対してそう思ったのを思い出す。
 卓上を拭いた従者の手のなか、赤く染まった布から目が離せない。
 視界が紅に染まっていくような錯覚を覚えた。



******************



 ガーシュはツェーレンを、その稀有な魂を魔からずっと守って来たというのに。
 蓋を開けてみれば、仕える主人がその魔王の幼生だったなんて。聖女は既に魔王のものだったなんて。


 人生の皮肉の全てをガーシュは愛する。隠された聖女と覚醒前の魔王が結ばれ、たくさんの命を次代へと繋いだこと。
 それ故に、世界は滅ぼされないこと。




 ツェーレンの葬儀を終えて、アレスターはガーシュが所有する城にいる。城主の心臓が止まれば崩れ落ちる仕掛けが施されている。
「疲れましたね、アレスター」
 ベッドに横たわる主人の背中にクッションをあて、半身を起こさせると果実水を渡す。
「うん。目覚めるとツェリがいない、夢で逢えても、もういないんだ。なのに世界は普通にある。耐えられないよ。子や孫も赦してくれるだろう。僕が、ツェリ無しでは生きられないって知ってるから。だからガーシュ、もう行くよ」
「仰せのままに」
 歳を重ね人生の深みを纏うあるじと変わらない自分。何もしなければまだ長い生は続くだろう。
「そうだ、幸せ過ぎてツェリに言い忘れてたよ、一番目の友達が僕だって。次に会ったら言わなきゃ」


 ガーシュには子供はいない。爵位は親戚に譲ったが、王国にまた押し付けられた。欲しくもないが、吸血公爵の響きが良いとアレスターが言うのでそのままだ。


「おまえにも世話になったね百葉。自由になっていいんだよ」
 だが黒いキツネは九本の尾を否定するように振り回し、ちいさくなってアレスターに添い寝する。
「百葉は最期までいたいんですよ。眠ってください。私もすぐに行きます」
「無理しないでいいよガーシュ、自分を大事に」
「あなたとツェーレン様が私の全てです。さあ、ツェーレン様を探しに行きますよ」
 ツェーレンからアレスターへの最初の贈り物、黒真珠のブローチを握らせる。ガーシュの耳にも、もらった時からずっと着けている黒真珠のピアス。


 ふたりを愛している。多分これは我が子に対する愛情に似ている。
 世にも珍しい聖魔の夫婦。その結婚生活は少しの波乱と多くの幸せに満ちたものだった。だからガーシュも幸せだったが、今は欠けてしまっている。抜け落ちたしあわせはツェーレンの形をしていたから。


 その子らももちろん可愛い。けれどガーシュが誰かにつくのかと言えば、そうではない気がした。
 とても歪で不安定な主人と、かれに空いている穴を自らのかたちで埋めていた妻と。
 今なら分かる。ガーシュにふたりが必要だった。
 聖女と魔王、ふたりの傍がガーシュの居場所だ。



 アレスターは魔王の因子を持って産まれた。
 ツェーレンの出産時に因子が迷い込んだかと考えていたが、どうやら違う。
 普通の子どもが、一目惚れをしたからと躊躇いなく拉致を試みるだろうか。
 幻かもしれないその子に会うため、後の人生を不可能と言われる魔術の発明に捧げるだろうか。
 全ての妖精を捕らえ一匹ずつ尋問すると真顔で言い放つのはまともな人間と言えるのか。人体実験に躊躇いも見せないのは。



 アレスターの関心が全てツェーレン関連に向いたのは人間にとって僥倖だ。
 アレスターを看取るために旅立つ前、ガーシュは馴染みの司祭だけに全てを打ち明けた。聖女はその存在で世界を護ったと誰かに知らせたかった。



******************



「神よ……」と微かに聖句を唱える声がする。
「人体、実験───、魔王………、」
 震える呟きが漏れた。



******************




「また秘密が増えた、絶対に漏らせない秘密が。この国を名付けていたらアレスターが魔王になっていたのか……」
 頭を抱える彼には全てを手記に残すのを薦める。あまりにとんでもないので、信じる者は少ないだろう。
 だが後年、知らせたい誰かには伝わるのをガーシュは夢想する。
 少し気の毒だったので、資産の一部を司祭に宛て遺した。莫大なかれの遺産は隠しておく。いつか生まれ変わった時の楽しみだ。



 百葉に別れを告げ、アレスターは目を瞑る。百葉も長い眠りに就き始め、段々と存在が薄くなっていった。しばらくは誰にも仕えない気でいるのだ。
 ガーシュはそっと主人の心臓を操りその鼓動を弱めていく。苦しくないよう調整して意識レベルを下げながら。
「おやすみ、ガーシュ。今までありがとう。君は僕にとって二人目の父で三人目の兄だった。大好きだったよ。君とツェリが、僕の人生を……こんなにも───、」
 アレスターの唇がゆっくりと閉じ、呼吸の回数が少なくなりやがて途絶える。
 魔王らしからぬ、穏やかさに満ちた最期だった。



「おやすみなさい、アレス様。あなたとツェーレン様に仕えられて幸せでした」
 忠誠を誓った二人目の主人を見送り、今回は共に旅立つ。
 城がゆっくりと崩れ落ちていった。



******************



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

処理中です...