63 / 83
63 今生の別れではないのだが
しおりを挟む「るしぃ~、行かないでぇ」
「大丈夫だから、リンカもいるし! 部屋から出ないから、ルシ様お仕事行って来て!」
「行かないでぇ……」
「うっ」
「ルシ様っ!」
「い、行ってくる、リンカ頼んだぞ」
「任せて!」
「ルシぃーー!」
今生の別れのようなアリアンの声が響くがそんなことはない。ただ、今日は仕事で王城に出向かねばならないだけだ。王城にアリアンを連れて行かねばいけない用事はないから、結界で保護された我が家で留守番をして貰うのが一番安全なのだ。
しかも私の部屋のベッドの上で布団にぐるぐる包まり、手に卵を抱いて更にリンカも横にいる。
そこまでしてもどこか不安な私もおかしいといえばおかしいのだが。
「リンカぁルシがいっちゃったぁ」
「夜になる前には帰ってくるでしょっ。ほらちゃんと卵ちゃんあっためて!」
「う、うん……」
「泣かないの。リンカがいるからね! 一緒に卵ちゃんあっためようね」
「うん……」
以前と違ってアリアンはぐずぐずと泣くことがある。しかし、リンカに言わせればアリアンは強くなったというのだ。
「大事なものができたのが初めてなのよ。それを守ること、守れないこと。守れなかったらどんな気持ちになるのか……アリアンは知ったの。ね? 強くなったでしょう?」
「……そうだな」
弱い者の気持ちを知るということは強さに繋がる、そういうことなのだろう。
邸宅の玄関から馬車に乗り込み、王城へ向かう。相変わらず門の所にいる青い尻尾のない子犬を一睨み。
「キャウ……」
ない尻尾を股の間に挟んでブルブル震えている。リンカの結界を越えることもできないようだが、これでアリアンに手を出すこともないだろう。諦めて青の大陸に帰ればよいのに。それができないのが竜の性か、理解できる。
後ろ髪を引かれる思いで王城へ向かうしかない。
「ルシー早く帰って来てぇ」
アリアンの鼻声の幻聴まで聞こえる気がする。
「すぐ帰ってくるから泣かないの……でも実はそんな私もちょっと悲しい……早く帰って来てぇ~」
リンカとアリアンが窓から顔を出して見送ってくれていた。早く帰ろう。
それでも今日は王城へ出向かねばならないのだ。
「……お考えは変わりませぬか」
「わ、私は真実の愛を貫く!」
「……そうでありますか」
アスガン宰相は静かに目を閉じる。ここは選ばれた高位貴族が居並ぶ会議室で、我らの目の前には招聘した王太子殿下が拳を握り締めて立っている。
「では聖女エリーゼとの婚約は継続する、それで宜しいですか?」
「無論だ、私達は真実の愛で結ばれた仲。これは神でも引き裂けぬ。私はエリーゼを妻とする!」
「分かりました……皆々様も宜しいか?」
王太子殿下の宣誓を聞いた会議室にいる貴族達は私も含め、皆静かに頷いた。残念そうに顔を伏せる面々もあったが、否定の声はなく全会一致したといえるものだった。
「ならば、宜しいでしょう」
「良いのか? では私は下がらせて貰おう……」
そう踵を返す王太子の背中にアスガン宰相は声を落とす。
「ではカイン第一王子は廃太子とし、第二王子のキーエ王子を立太子とする。これに賛成の者は拍手をもって答えて下さい」
「なっ?!」
慌てて振り返るカイン第一王子にある意味惜しみない拍手が送られ、扉から第二王子のキーエ様と婚約者のコリンヌ嬢が姿を現した。
「会議の意を受け参上いたしました」
「キーエ殿下。これより王太子としてこの国の為、我々と力を合わせて盛り立てて頂きたい」
「若輩の身ながら尽力させていただきます。婚約者のコリンヌと二人、この国の為努力していきたいです」
コリンヌ嬢はキーエ殿下の少し後ろで美しいカーテシーで答えてくれた。どこぞの聖女と違って、公式の場に出席しても何ら見劣りのしない素晴らしい所作だ。キーエ殿下もコリンヌ嬢も近隣諸国の言葉をスラスラ会話できるし、高官に会わせてもなんの心配もない。
そんな素晴らしい王太子ぶりのキーエ殿下とは裏腹にカイン第一王子は顔を青くし、汗をかきブルブル震えている。まるであり得ない、とんでもないことが突然起こって対処できないといった表情で。
「な、な、な、な、な、にを? キーエが、お、王太子……? なにを、王太子は、わた、わたし、この国の次期王は、わたわたわし、だぞ?」
「いいえ、あなたは今この時から王太子ではありません。キーエ殿下が王太子であり、コリンヌ嬢と共にこの国を支えて下さいます」
「し、しかし、わ、私が第一王子だ!」
みっともなく取り乱し騒ぎ立てるカイン殿下に私達は深いため息をつくしかなかった。早く家に帰りたい。家に帰ってアリアンの黒い髪の毛を触って落ち着きたい。
425
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる