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第一部
40話
しおりを挟む「聞きました、ご婚約の内定のこと。おめでとうございます。
貴女ならきっと姉上ともガーヌ嬢とも違う、民のための王妃となることができますよ。だから自信を持って下さい! 貴女なら、大丈夫です!
…………幸せになって下さい。俺はずっと…………貴女をお守りしますから」
あの姿見を使って最初で最後の、短い短い内緒話をしました。沢山沢山お礼を言いました。私の本心の百分の一も伝わっていないと思いますが。
「聖剣とブローチは肌身離さず持っていて下さいね? 絶対ですよ?」
「……はい、分かってます」
そうして、今まで以上に……優しく優しく、ジャン様は頬笑んで下さいました。
もしかしたら、私がこの婚約に不安を抱いているとでも思っているのかもしれません。――ご自分だって、まだ体調が万全ではないでしょうに。
本当に…………ジャン様はバカです。
最初から最後まで、屑な私を守ってくれた唯一人の大バカ者です――――――。
◇
「すまない。理解して欲しい……君の身を守るためでもあるんだ」
――婚約など、本当にする必要があるのでしょうか?
そう問いかけた私へ、フレデリック殿下は苦笑しながら答えてくださいました。聖女を他国へ奪われないために囲い込みたいというのが、彼等の考えなのでしょう。前聖女様が成果を残していれば、彼女と婚約をしていたでしょう。
どの道、コーベル嬢との婚約は解消されていたわけですか。
コーベル嬢は、フレデリック殿下の隣でこの国を支える王妃となるべく頑張ってきた……のですよね。そう言えば彼女のお友達から、常々聞かされてきました。
「私に王妃は務まりませんよ?」
「過去には平民から王妃となった者もいる。誰が何を言ったのか知らないが、この国に必要なのは、賢しらな王妃候補ではなく、確かな能力を持つ聖女だ」
「後から本当の聖女様が現れたら、どうなさるおつもりですか?」
「……その心配は、必要ないんじゃないかな?」
「……殿下、私は本当に聖女ではありませんよ」
「何を――」
「私が本当に聖女であるなら、この体には傷一つ残っていません…………」
◇◆◇ ◇◆◇
「――では、以上の理由によりアントワーヌ・コーベルとの婚約を解消し、聖女モニカ・リシュタンジェルとの婚約をここに宣言する」
両陛下並びに聖職者、王侯貴族、そして国民議会の代表者という面子が集まる城内謁見の間に、玉座より立ち上がった国王陛下の声が響き渡りました。
この場に、ガーヌ家並びにホーグランド家の人間はいません。私はもう、ホーグランド家の人間ではありません。先程の宣誓の少し前に、正式にリシュタンジェル公爵の養女となる手続きを済ませていますので。
コーベル家からは……ウェルス卿とジャン様がご出席されています。この場への出席を許されているのは、貴賤を問わず議決権を持つ者のみです。
本来、ジャン様はここにはいないはずでした。ですが、コーベル家の議決権を持つ人間が複数名投獄されているため、貴族議員と国民議員のバランスを調整するため、一時的なものではありますが、ジャン様にも議決権が与えられたようです。
ジャン様があれほど執拗に攻撃されたのは、それもあったのかもしれません。
貴族間の権力闘争に興味のない私がとることのできる対策なんて……弱きを守ろうとするジャン様とは、決して相容れないものばかり。
こんな混じりけの無い屑が<聖女>とは、笑ってしまいますね。
皆が同じように頭を垂れ陛下の言葉を賜る一同の間には、この場に相応しい凜とした緊張感が漂っています。
――――今の今までは。
「お待ちください陛下!」
……ここで彼等の横やりが入るとは思いませんでした。
閉ざされていた謁見の間の扉を、大きな音を立てながら勢いよく開き、コーベル嬢のご友人、ユーグ・コゼック伯爵子息とフラン・アジェ辺境伯子息が現れました。
彼等は議決権を持っていないので「なぜここにいるのか」と、参加者等から集中砲火を浴びていましたが、それも一瞬のことでした。
彼等は些か芝居じみた態度で、己の正義を語り出しました。その身に大量の穢れを纏いながら――。
「まず、此度の一件について、皆様よく考えて頂きたい!
アントワーヌ嬢が仰っていた事は、間違っていましたか?! 聖女を名乗っていたリュクレース・ガーヌは、アントワーヌ嬢の言っていた通りの偽物でした!」
「そして、アントワーヌ嬢が連れてきたモノも、彼女の恐ろしい所業の証人であることに間違いはありませんでした!」
「そもそも、そこのモニカ・ホーグランドが聖女なのだというのなら、なぜ、あれほどの長い間、偽聖女の側にいて気付かなかったのでしょう?!」
「答えは簡単です!」
コゼック伯爵子息とアジェ辺境伯子息は、代わる代わるに説明をしているのですが、それが芝居じみて見えるのでしょうか?
「その女がリュクレース・ガーヌの共犯だからです!」
ああ、最後はハモりましたか。お芝居を観てよくよく研究されたようです。どんな信憑性のある話も、荒唐無稽な話も、聞いてもらえなければお話になりませんからね。注目の的です、よかったですね?
『……つまみ出す?』
――コロロ、ここには教皇様も国王陛下も、フレデリック殿下も……アンタが見える人間が複数いるんだから、おかしな真似するんじゃない。
『きゃーっ! 目が回るーっ! おやつが出るーっ!!!』
「ひぃっ! モニカ嬢?!」
私がコロロの尻尾を掴み強制カムバックをするのを、事態が見えるお三方が青い顔をして見ています。
その後、いち早く動かれたのは国王陛下でした。光の速さで、コゼック伯爵子息とアジェ辺境伯子息を追い出させるべく、衛兵並びにこの場にいるお二方の親類縁者の方々に命じられました。
――ですがそれより早く……。
「――それは、わたくしがご説明申し上げますわ!」
続いて、先の二人と同じようにドアを派手に開けて現れたのは、なんと、収監中のコーベル嬢ではありませんか……。
――殿下? と視線を投げかければ「何も聞いてない!」と悲鳴のような視線が返されました。……殿下、何を呆けていらっしゃるのです?
「皆様が適切な処置を施さなければ、私が………………祓ってしまいますよ?」
私の言葉を受けて青い顔をした殿下が、事の沈静化にあたろうとされていますが、コーベル嬢は最早、殿下の言葉すら届かない高みへ行かれてしまったようです。
「フレデリック殿下……今更縋られても、わたくし迷惑ですわ!」
――誰か縋りましたか?
「わたくし、頭の弱い方は好きではありませんのですわ!」
――何の比喩ですか? 意味が分かりません……私、頭が弱いようです。
コーベル嬢は、朗々と明後日な持論を展開されています。如何に自分が素晴らしい人間であるか、そう言うに恥じない努力を重ねてきたのは事実なのでしょう。
ですが……貴女の中には、今まで貴女が傷つけてきた沢山の人々の嘆きに報いる気持ちは、微塵もないのですね。
「モニカ・ホーグランド! お前はそんな……聖女になりすましてまで、その程度の男が欲しかったんですの? 最初から知っていたら、さっさとお譲りしましたのに! こんな真理を読み解くことの出来ない、愚鈍な王を頂いているようでは、この国は終わりですわね!
神への冒涜! 大精霊への不敬! ……これは、許されない大罪ですわよ?」
よく通る流麗で素敵なお言葉、自分の未来を信じて疑わない輝くお顔、自信に満ち溢れ凜と伸びた背筋…………本当に、本当に残念ですコーベル嬢。
……マクマ、アンタまで殺気立ってどうするのよ。
そしてコーベル公ご夫妻、なぜぼーっと突っ立っているのですか?
「姉上! 何馬鹿なことを仰っているのですか! 控えて下さい!」
「あら、アナタはどなた? わたくし、愚蒙な弟を持った覚えはありませんですわ!」
「姉上!」
「アンの言う通りです。……フレデリック殿下、貴方には失望しました。貴方は、我々が王と崇める器ではな――」
アジェ辺境伯子息が完全にアウトな発言をし終える前に――。
「下がれ、ジャン」
口を開いたのは今まで静観を続けていたコーベル公でした。お目にかかるのは初めてですね。脱獄直後だからでしょうか? 他の方々よりも、小さく弱々しい印象を受けます。この場の誰よりも立派なお召し物だというのに……もっとも、貴族の中ではありますが。
「此度のこと、両陛下におかれましては――」
コーベル公は長々と、今回の事は『年若い娘同士がからんだ末の、些細な行き違いが生んだ愛すべき悲劇』だと、これまたどこかの演目にありそうな口上を述べられていました。
「娘も王太子殿下も未だお若い……娘は優秀な王妃となりましょう。この国には聖女様のお力が必要だとは、重々理解しております。娘にはわたくしが、それを言い聞かせます故――――――――――諸悪の根源は、偽・聖女に取り込まれた我が愚息です。
責めは、その者一人にあります!!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――は?
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