クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第一部

44話 【ジャン】その3

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「……怪我……は?」
「え? 俺……ですか? はい、大丈夫です。貴女から頂いたものが、沢山ありますから」
「そう……なら、よかった」

 モニカ嬢が、小さく柔らかく微笑み告げたその言葉に呼応するかのように、辺りに立ち籠めていた瘴気は瞬時にかき消え、その場にいたはずの悪魔のような異形の何かは、光り輝きながら消失……したように見えた。

 確証を得るため、精霊が見えるお三方へと視線を送ると、随分と疲弊しているのに気付いた。
「……き、肝が冷えた…………」
 兄上のそんな顔を見たのは生まれて初めてだ。恐らくこれが最初で最後となるだろう。しかし安堵の表情も見て取れることから、危機は去ったと判断していいだろう。
 教皇様は青い顔をされ、気丈に仁王立ちしているようにも見えるが、あれは腰が抜けて動けなくなっているのだろう。
 国王陛下は近衛兵に支えられ、辛うじて立っているようだし、殿下も同じようだ。



「……無駄、でしたね」
 モニカ嬢がふいにお三方を見やり、感情のこもらない声でそう呟いた。あまりの感情のなさに、一瞬背筋が凍ったが――。

「教会並びに王族の皆様、精霊も悪霊も悪魔も化け物も痴れ者も何一つご自分で管理できないと仰るのであれば、二度と低俗な条件を突きつけて賢しらな交渉に及ぼうとしないでいただけますか? 大変、不愉快ですので」

 気付けばいつものように冷静な口調で、モニカ嬢は通常だったら、どこの誰に言っているんだと、責めを負いそうな発言を! やはりまだどこか異常が?!
「モニカ嬢?! あの、まだ具合が悪いのですか??」
「いえ大丈夫です、申し訳ありません。……ジャン様の声を聞いて、頭が冷えました。またしてもご迷惑を――」

「モニカ・リシュタンジェル!」
 ――枢機卿?! 彼は教皇を支えながら、内心の恐怖を物語るように引き気味の腰つきで、モニカ嬢へ縋り付こうとしているが……。

「御互いに愚かなことをしましたね。やはり、私は聖女ではないようです」
「いや、そのようなことはない! その証拠に、貴女はであろう!
 御互いに行き違いがあっただけのこと! 目くじらを立てるようなことではあるまい!」
「もう付き合いきれません、行きましょう、ジャン様」
「は??」
 これは……モニカ嬢は冷静でいるように見えて、かなりご立腹のご様子。追いすがる枢機卿の声を完全無視だ。
 こっちの腰が引けてくるが、彼女は止まらない。
 その怒りのまま、俺の手をつかみ衆人環視の的であることも気にせず、出口へ迷うこと無く歩いて行く。

「ま、待ってくれ!」
 追いすがって来たのは、殿下ではなく国王陛下だ。ある意味、殿下よりも厄介ではあるが。
「考え直して欲しい! 望みの物はなんでもやろう! あの者達の首が欲しいというのなら、全員一族郎党皆殺しにして……ああもちろん、その者は別だ!
 二度とお主に不遜な態度はとらせぬ故、どうか――」

「誰がそんなことを頼みましたか? 望みましたか?
 ……この国の王であるという多大なる権力を有しておきながら、臣下一人御することができなかった。そんな人間に、精霊の力を行使させるなど恐ろしくてできません。責任とれませんから。
 その必要性については、たった今、証明されました。それが分からない訳ではありませんよね?」

 聞いているこちらが青くなりそうな台詞を、冷静かつ無表情に国王陛下に向かい放つ。色めき立つ近衛兵から、彼女を守るため体勢を整えようとしたが、モニカ嬢に制された。

「その必要はありません。彼等はあれ以上、
 ……それはどういう意味ですか?

「近日中に、ミントが聖女に関する一切の記憶を消去する妙薬を完成させることでしょう。この世ならざる神秘の力を迎える前に、臣下の粛清戸棚の掃除くらいはご自分でなさいませ。行きましょう、ジャン様」
「えっ?!」
 不穏な言葉の数々の後、いきなりこちらに話が戻ってきて困惑する。国王陛下、フレデリック殿下、教皇様といった権威の権化の縋る視線が突き刺さる!

「ま、待っ――」
 誰が引き留めているのか分からないが……。

「……死にたいのなら、追いかけてきても構いませんよ?
 私は構いません。私は聖女では…………ありませんから」


 モニカ嬢の言葉に、言葉を重ねる者はもういなかった――――。









 ◇◆◇ ◇◆◇




 王都にあるコーベルの別邸にモニカ嬢を連れ込んでしまった……。言い訳をさせてもらえば、モニカ嬢の希望だ。王都には彼女の長兄の屋敷があるが、折り合いが悪く頼れないらしい。

 屋敷の使用人が、突然帰宅した俺たちに目を白黒させていたが、何かを感じ取ってくれたらしい。モニカ嬢には「聡い使用人で羨ましい」とお褒めの言葉を頂いた。


「一度キレたらすっきりしました。それにしても……怒ると話を呑むくせに、冷静な話し合いだと突っぱねる人って何なんでしょうね? できるのなら初めからすべきですし、間違ってることは相手が何したって、聞いてはいけないと思いませんか?!」
 モニカ嬢は先程からずっとご立腹です。
 ですが、いつになく真っ直ぐに俺を見て、甘えるように感情をぶつけてくるその様子がとても……愛らしい。


 諦めないといけないと思っていた矢先に、無理だと気付いて………………今は、手の届く距離に彼女がいる。
「心配しなくても大丈夫ですよ、ジャン様のことは、私が守りますから!」
 彼女の目には、俺は守らなければならない子供のように見えているのだろうか?

「イヤですよ。守らせて下さい。
 俺は………………………………貴女が、好きなんですから」

 モニカ嬢は、少し驚いた顔をして、その後、困ったような慌てたような顔をしている。
 原因は俺の言葉か……無意識のうちに、彼女の手に触れてしまったことか。



「いいんですか?」
「え?」
「……ジャン様のその感情が同情だとしても、ゆえのものだとしても……貴方のその言葉に私は呪いをかけますよ? 未来永劫、貴方を絶対に離しませんよ?
 ……本当に後悔はしませんか?」


 彼女はそう言って、彼女の方こそ強く縋るようにこの手を握り返してきた。彼女が怯える――俺と一緒にいたいと、強く願い俺の意識を変えている可能性がある――を、嬉しいと思ってはいけないだろうか。
 「それはない」と何度言っても、心の底から納得してはくれないようなので、これは長い年月をかけて伝えていく必要がありそうだ。


 そちらの思い込みの方が、俺への同情なのではないかとか、幼少期からの刷り込みなのではないかとか、感じる不安は無いわけじゃない。

 けど、彼女が俺を好きだと言ってくれるから、それを信じることにした。
 そして俺は、この想いを相手に伝え続ける。

 それだけを、心に刻むことにした……………………。










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