無双してるのに、愛されすぎて歩けません(物理) 〜12歳児、異世界でちやほやされ中〜

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第1章 転移と出会いと、初めてのごはん

第20話 『パン屋を開いたら、王族全員バイト志願してきた話(バターと情熱とプロポーズ)』

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──朝、パンの香りは世界を救う。

それはこの異世界ヴァルデン=ヘイムでも変わらなかった。

「……ふふっ、焼けた焼けた~!」

王都の中央通りの片隅。
小さな木造のパン屋に、今日も神子ユウトが立っていた。

 

***

きっかけは些細な一言だった。

「パン屋さん、あんまりないね。……じゃあ作っちゃおうかな?」

その一言で──

・パン釜:王都工房が24時間で試作
・小麦:国内全農家がユウトのために品種改良を決意
・酵母:魔導師ギルドが“空気中の神気”から採取
・バター:王族が自ら牛を搾乳(※本当)

……異常なまでの信仰心と情熱が、まさかの国家規模で動いた。

 

***

「わあ……この“クロワッサン”、さっくさくだ……!」

一層一層を重ねた生地に、たっぷりの発酵バター。
焼き上げの温度と時間は、魔法温度制御釜で1秒単位管理。

「うまいっ……泣ける……」

「これが神子の手から生まれたパン……我が人生に悔いなし……」

「この“メロンパン”……表面はカリッと、中はふんわり……! 甘さのバランスが……尊い……!」

貴族も平民も魔族も──
すべての人種が、行列をなしてパンを買いに来た。

 

***

だが、異変はすぐに起きる。

「ユウト様が一人で働いている!? バカなッ!」

「労働とは、崇拝対象がすることではないッッッ!!!」

翌朝。
王都中から“自称・バイト希望者”が詰めかけ、パン屋が完全に“聖地”と化した。

 

なかでも騒然としたのは──

「ぼくに……ここで、働かせてほしい」
金髪碧眼の王子・ユリウスだった。

「……えっ、王子が!? なんで!?」

「ここでユウトと……一緒にいられるから」

 

……その言葉に、王都の空気が変わった。

「え、待って、それずるくない!?」
「なら俺も! 魔導士の名にかけてパンを焼くぞ!」
「待ってください、私、ユウト様のパンを見て感動して、王位を辞退して来ました!!」

──パン屋、政争の火種に。

 

***

そんな修羅場の中でも、ユウトは相変わらず天然だった。

「えへへ……今日は“ハムマヨパン”作ってみたよ~!」

「天才かッ!!」「嫁に来い!!」「結婚してくれえええ!!!」

「えっ、なんで結婚!? ハムマヨパンって、そんなに……?」

──本人だけが、最後まで理解していなかった。

 

***

その夜。

ギルハルトは、王都の外れからパン屋の光を見つめていた。

「……神子は、あらゆる分野で世界を変えていく。
 それが意図的でないところが……最大の脅威であり、救いだな」

横には、パンを抱えた学者と騎士と魔導士が、同じくパンをかじっていた。

「……美味しいね」
「……うまいな」
「……結婚したい」

全員が、心の底から、同じ少年を見つめていた。

 

──こうして、第1章は幕を閉じる。

このとき誰も知らなかった。
このパン屋が後に、「信者国家建設プロジェクト本部」になることを──

 

(第20話・第1章 完)
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