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第9話 おっさんスキル発動
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闇の魔女だったミレイアが、“ただの人間の女性”として過ごすようになって、いくつかの変化が生まれた。
それは周囲から見ても明らかで──
失敗した料理に落ち込んだり、干しすぎたシーツにため息をついたり、誰かの褒め言葉にそっと頬を染めたり──
魔力は失っても、彼女の内面には「感情」という魔力が、静かに育ち始めていた。
* * *
夕暮れ時。ルークの書斎。
窓から斜陽が差し込むその空間に、ミレイアがそっと足音を忍ばせて入ってきた。
手には、わずかに焦げたパンと、煮すぎて柔らかくなった野菜のスープを乗せたトレイ。
「夕食……作ったの。ちょっと、失敗しちゃったかもしれないけど……頑張ったのよ?」
ルークはペンを置いて顔を上げると、真っ直ぐにミレイアの顔を見て言った。
「ありがとう。嬉しいよ」
その一言で、ミレイアの肩がふっと緩む。
だが次の瞬間──
「でも、私……本当に、あなたにふさわしい存在なのかしら。
私なんか、もともとは人間を見下していた魔女だったのに……今も、うまく笑えなくて……何かを作っても、いつも中途半端で……」
うつむいた彼女の手が、トレイの縁をきゅっと握りしめた。
ルークは無言で立ち上がると、彼女の隣に歩み寄り、そっと肩に手を置いた。
「なあ、ミレイア」
優しい、けれどどこか芯のある声だった。
「お前はさ。たった一人で千年近く生きてきて、誰にも心を開かずに、世界を支配する側に立ってた。
でも今、お前は俺のために、スープを煮て、手を焦がして、笑おうとしてくれてる」
ミレイアが、はっと顔を上げる。
「それって……どれだけのことか、わかってるか?」
ルークは、ゆっくりと言葉を続けた。
「不器用で、うまくできなくてもいい。
俺は、そんなふうに悩みながら前に進もうとしてるお前が……すごく、愛おしいと思う」
そして、ほんの一瞬、視線をそらしながら。
「……可愛いな、って思うんだ」
その言葉は、魔術ではなく、“言葉という魔法”だった。
「っ──~~~~~っ!!!」
ミレイアは顔を真っ赤にして、目をうるませながら、その場に崩れ落ちそうになる。
「ちが……それ、ずるい……っ!」
彼女の背中をルークがそっと支える。
「ずるいのは……お前が、そんな表情をするようになったことだよ」
* * *
「で、なにイチャついてんの?」
不意に背後から声がした。
振り返ると、クラリスが扉に手をつきながら、じと目でこちらを見ていた。
「ミレイアばっかり、ずるいじゃん」
「クラリス……」
「私だって、ちゃんと……ルークのこと、好きなんだからね。
ほら、料理だって頑張ってるし、お風呂も一緒に入ったし、なんなら抱きついた回数は私の方が上よ? 多分!」
「それはカウントするもんじゃないだろ……」
「うぅ……でも……」
クラリスが唇を噛み、視線を落とす。
「私はさ……火の魔女で、情熱的で、前向きで、強くて、って自分で言ってきたけど……本当は、いつも誰かに“強い”って思われてないと、不安で……
時々、ルークのこと見てると……不安になるのよ。
私って、“都合のいい女”に見えてない? って」
その告白に、ルークはしばらく黙って──そして、一歩前に出た。
「クラリス」
「……なによ?」
「お前は、強いよ。誰よりも、自分に正直で、真っ直ぐで。
でもな、俺はその裏で“ちゃんと怖がってる”お前のことも、ちゃんと見てる」
「っ……」
「都合のいい女なんかじゃない。俺にとっては、頼れる……“信頼できる女”だよ」
「~~~~~っ……そ、それ、今の、聞いた人、全員に消えてほしい……!」
顔を真っ赤にして、クラリスは背を向けて駆け出していく。
そんな彼女を見て、ミレイアが小さく、笑った。
嫉妬もあったはずなのに、ふと、涙がにじむような微笑だった。
(この人……人間のくせに、どうしてこんなに……ズルいのよ)
* * *
こうして、前世“非モテおっさん”の経験からくる地味な“言葉選び”は、
気づかぬうちにヒロインたちの心を静かに、しかし深く揺らしはじめていた。
──それは、戦いの力ではなく、「心を救う力」だったのかもしれない。
それは周囲から見ても明らかで──
失敗した料理に落ち込んだり、干しすぎたシーツにため息をついたり、誰かの褒め言葉にそっと頬を染めたり──
魔力は失っても、彼女の内面には「感情」という魔力が、静かに育ち始めていた。
* * *
夕暮れ時。ルークの書斎。
窓から斜陽が差し込むその空間に、ミレイアがそっと足音を忍ばせて入ってきた。
手には、わずかに焦げたパンと、煮すぎて柔らかくなった野菜のスープを乗せたトレイ。
「夕食……作ったの。ちょっと、失敗しちゃったかもしれないけど……頑張ったのよ?」
ルークはペンを置いて顔を上げると、真っ直ぐにミレイアの顔を見て言った。
「ありがとう。嬉しいよ」
その一言で、ミレイアの肩がふっと緩む。
だが次の瞬間──
「でも、私……本当に、あなたにふさわしい存在なのかしら。
私なんか、もともとは人間を見下していた魔女だったのに……今も、うまく笑えなくて……何かを作っても、いつも中途半端で……」
うつむいた彼女の手が、トレイの縁をきゅっと握りしめた。
ルークは無言で立ち上がると、彼女の隣に歩み寄り、そっと肩に手を置いた。
「なあ、ミレイア」
優しい、けれどどこか芯のある声だった。
「お前はさ。たった一人で千年近く生きてきて、誰にも心を開かずに、世界を支配する側に立ってた。
でも今、お前は俺のために、スープを煮て、手を焦がして、笑おうとしてくれてる」
ミレイアが、はっと顔を上げる。
「それって……どれだけのことか、わかってるか?」
ルークは、ゆっくりと言葉を続けた。
「不器用で、うまくできなくてもいい。
俺は、そんなふうに悩みながら前に進もうとしてるお前が……すごく、愛おしいと思う」
そして、ほんの一瞬、視線をそらしながら。
「……可愛いな、って思うんだ」
その言葉は、魔術ではなく、“言葉という魔法”だった。
「っ──~~~~~っ!!!」
ミレイアは顔を真っ赤にして、目をうるませながら、その場に崩れ落ちそうになる。
「ちが……それ、ずるい……っ!」
彼女の背中をルークがそっと支える。
「ずるいのは……お前が、そんな表情をするようになったことだよ」
* * *
「で、なにイチャついてんの?」
不意に背後から声がした。
振り返ると、クラリスが扉に手をつきながら、じと目でこちらを見ていた。
「ミレイアばっかり、ずるいじゃん」
「クラリス……」
「私だって、ちゃんと……ルークのこと、好きなんだからね。
ほら、料理だって頑張ってるし、お風呂も一緒に入ったし、なんなら抱きついた回数は私の方が上よ? 多分!」
「それはカウントするもんじゃないだろ……」
「うぅ……でも……」
クラリスが唇を噛み、視線を落とす。
「私はさ……火の魔女で、情熱的で、前向きで、強くて、って自分で言ってきたけど……本当は、いつも誰かに“強い”って思われてないと、不安で……
時々、ルークのこと見てると……不安になるのよ。
私って、“都合のいい女”に見えてない? って」
その告白に、ルークはしばらく黙って──そして、一歩前に出た。
「クラリス」
「……なによ?」
「お前は、強いよ。誰よりも、自分に正直で、真っ直ぐで。
でもな、俺はその裏で“ちゃんと怖がってる”お前のことも、ちゃんと見てる」
「っ……」
「都合のいい女なんかじゃない。俺にとっては、頼れる……“信頼できる女”だよ」
「~~~~~っ……そ、それ、今の、聞いた人、全員に消えてほしい……!」
顔を真っ赤にして、クラリスは背を向けて駆け出していく。
そんな彼女を見て、ミレイアが小さく、笑った。
嫉妬もあったはずなのに、ふと、涙がにじむような微笑だった。
(この人……人間のくせに、どうしてこんなに……ズルいのよ)
* * *
こうして、前世“非モテおっさん”の経験からくる地味な“言葉選び”は、
気づかぬうちにヒロインたちの心を静かに、しかし深く揺らしはじめていた。
──それは、戦いの力ではなく、「心を救う力」だったのかもしれない。
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