テンプレ最強勇者に転生したら魔女が妻になった

紡識かなめ

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第26話 水が満ちる未来へ

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 滝の奥、静寂の湖にて──

 水の魔女セフィナは、静かに、しかし確かに言い放った。


 「……不本意だが、結婚してやってもいい」


 それが、勇者ルークと水の魔女との出会いの言葉だった。





 水の魔女セフィナも、正式にルークの“妻候補”としてパーティーに合流した。


 だが当然のように──


「ちょっと待ってもらえる? 妻の座、そんな簡単に渡すつもりはないわよ」

 ミレイアが冷ややかに言い放つ。


「そうそう。最初に“妻になります!”って言ったのは、あたしなんだからね」

 クラリスも火花を散らして言い返す。


 二人の魔女がバチバチと火花を散らし始める中で――


 「私はお母さんなので、争いには加わりません」

 とグレイアが優雅にルークを後ろから抱きしめ、頭をぽんぽん撫でていた。


 「わっ、ちょ……グレイアさん……?」


 「今日も頑張ったね、ルークくん。おなかすいてない?」


 あたたかい、しかし逃れられない母性の拘束に、ルークはただ苦笑いするしかなかった。


 一方で、平和な空気を醸し出しているのは――


 「ジーク! あそぼー!」

 「お、おう……何して遊ぶんだ、今日は……」


 ジークとリィナのコンビだった。


 魔力の残滓でふわふわと漂う花びらを追いかけて走り回る二人。

 ……というより、完全にジークが“お兄ちゃん扱い”されているだけだった。


 そんな光景を、セフィナは湖のように冷たい目で見つめていた。


 「……あなたたち、本当に品性がないわね」


 静かに、だが確かな圧で告げる。


 「闇の魔女は口より行動。炎の魔女は声が大きいだけ。大地の魔女は……もはや母親のふりをしているだけ」


 ミレイアがピクッと反応する。「行動ってどういう意味かしら?」


 クラリスが火を指先で灯そうとしかけ、「声が大きいって誰のことよ!?」と怒鳴る。


 グレイアはにこにこと微笑みながら、「ふりじゃないよ、本気のお母さんだよ」と優しく返した。


 セフィナは、そんな彼女たちを一瞥して、静かに宣言した。


 「私こそが、“勇者の妻”にふさわしい。

 知性、沈黙、理性、気品……この場で唯一、それを備えているのは私だけ」


 「……」


 全員、無言。


 しばしの沈黙の後、ルークがぽつりとつぶやいた。


 「また……にぎやかになるな……」


 その言葉に、ミレイアはくすっと笑い、クラリスが肩をすくめ、グレイアが「それでいいのよ」と頷いた。


 リィナはジークの背中に飛びついて「おんぶ~!」と叫び、ジークはまた「オレは何ポジだよ」と嘆くのだった。





 滝の洞窟を抜け、外の世界へ戻ってきたとき、一行の目の前には驚くべき光景が広がっていた。


 それまで立ちこめていた霧が、跡形もなく晴れていたのだ。


 空は高く、青く、雲は白く流れ、水面にはやさしい陽光が反射していた。

 川の流れも穏やかになり、音のない風景が、どこか神聖な静けさを漂わせていた。


「……空が、こんなに広かったなんて……」

 フィオナが思わず見上げながら呟く。


 「水の魔力が、霧と水流に影響してたのかもな」

 ジークが頷く。


 「魔女が討たれたことで、この大陸そのものが変わり始めたってことね」

 ミレイアの言葉に、クラリスも「ようやく正しい水の流れを取り戻したって感じね」と肩をすくめる。


 「……ふふ、みんな気づいた? “スースー”も、もうしないんだよ」


 リィナが無邪気に笑いながら、ジークの手を握ってはしゃいでいた。





 そのとき、ルークはふと気づいた。


 「……王宮に、まだ行ってないな」


 「そういえばそうだった!」

 クラリスがポンと手を叩く。


 「たしか、この大陸の王都って、水上に建ってるって聞いたわ」

 グレイアが記憶を手繰るように言うと、


 「水の都。かつて“水の女神の祝福を受けた街”と呼ばれていた場所よ」

 セフィナが静かに答えた。


 その口ぶりは、かつて自らがその水を乱したことへの自嘲すら含んでいるようだった。





 数日後。

 一行は、水路を伝ってアクルシス大陸の王都に到着した。


 水の上に浮かぶように建てられた木と石の都市。

 街路には舟が行き交い、家々の中庭には小さな泉があふれ、どこか懐かしい美しさに満ちていた。


 そして――王宮。


 王座の間で、一人の穏やかな老王がルークたちを迎えた。


 「……よくぞ来てくださった、勇者殿。……まさか、本当に“水の魔女”を倒してしまうとは……」


 「正確には、“魔核を破壊して力を奪った”だけです。セフィナは――」


 「ここにおります」

 と、セフィナが前に出て、静かに一礼した。


 「……っ」

 王は、思わず言葉を失う。


 かつて国を霧で覆い、川を塞ぎ、風景を歪めていた神格のような存在が、

 今や一人の女性として、勇者のそばに立っているという現実に。


 「……信じ難い。しかし……確かに、水は戻ってきた」

 老王は深く頷き、そして語り出した。


 「古き言い伝えでは、この地は“魔女なき時代”において、霧のない空の下、水の都として栄えていたと伝えられている。

 魔女の支配が終わった今、我らはもう一度――水上都市を復興する。

 湖を拓き、河を導き、舟と光が行き交う、“自由な水の時代”を取り戻すのだ」


 「……素晴らしいお言葉です」

 セフィナが微かに笑みを見せ、ゆっくりと頭を下げた。


 ルークも頷く。


 「人が、また水を恐れずに生きられる世界。……俺たちは、ただそれを目指してるだけです」





 王都に陽が差し、水路に光がきらめく。


 水の魔女を退けた地に、新たな風が吹いていた。
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