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第30話 戦わぬ誓い、最後の旅路へ
しおりを挟む夜が明け、ルミナシアの空に光が差し込むころ――
ルークは、ゆっくりと装備を外し、宿の部屋で荷物を整理していた。
机の上には、聖剣アルシエルが無造作に置かれている。
「……よし」
それだけを呟くと、彼は鞘を腰に差すことなく、旅衣のまま、そっと扉を開けた。
◆
「え、ルーク? 一人で?」
朝食の支度をしていたクラリスが驚いた声を上げる。
ミレイアが眉をひそめる。「剣も持たずに王宮へ行くつもり……?」
「わたし、スースーで察したけど……これ、大丈夫な流れ?」
リィナがぱたぱたとついてこようとする。
だが、ルークは静かに微笑んで首を振った。
「これは……俺だけで話すべきことだ」
「……そういう顔してるわね」
セフィナが目を伏せる。
「……わかったわ。信じてるから」
ミレイアが小さく呟いた。
そのやり取りに、ルークは「行ってきます」とだけ言い残して、静かに歩き出した。
◆
ルミナシア王宮・正門前。
白金の門を守る衛兵は、ルークの姿を見た瞬間、敬意を込めて軽く頭を下げた。
「あなたが来られたら通すように言われています。どうぞ、お通りください」
導かれるように、ルークは玉座の間へと進む。
◆
光の大理石に囲まれた謁見の間――
昨日と変わらぬ冷たく荘厳な空気。
だが、今日は少しだけ、光が柔らかく差し込んでいた。
玉座に座るのは変わらず、光の魔女エルセリア。
その眼差しも変わらず静かで、強く、正しい。
「勇者ルーク。……一人できたか」
ルークはゆっくりと歩を進め、彼女の前に立つと、静かに頭を下げた。
「……俺には、立派な正義なんてなかった。
ただ、“魔女は悪だ”と思い込んで、剣を振るっていただけだ」
その言葉に、玉座の空気がぴたりと止まる。
「……だが、この大陸を見た。街を、民を、あなたの統治を見た。
あなたは、この地には必要な人だ。だから――俺は、戦わない」
ルークは手を広げ、何も持っていないことを示す。
「聖剣は、今ここにはない。俺はそれを持たずにここに来た」
しばしの沈黙ののち、エルセリアは目を細めて呟いた。
「……ならば、お前は“勇者”ではなくなったのか?」
「分からない。だが、“倒すこと”だけが勇者の使命なら、それは間違ってたと、今なら言える」
エルセリアは静かに目を伏せた。
「……ふたりの魔女が残っている。
一人はここ、そしてもう一人――“時の魔女クロノミナ”」
「予言者めいた奴に、“魔女を全て倒さねば世界が崩れる”とも言われた」
ルークは苦笑するように言う。
「でも――そんなの、知らん。」
彼の声に、曇りはなかった。
「俺たちは、“正しい”から戦ってきたわけじゃない。
ただ、目の前の人を救いたかっただけだ。……その道が、間違っていたなら、直すだけのこと」
「だから、俺は次へ進む。――“時の魔女クロノミナ”のところへ」
ルークの決意に、光の玉座に座る魔女――エルセリアは長く、静かに目を伏せていた。
だがその唇から洩れた言葉は、彼の希望を打ち砕くには十分すぎる重みを持っていた。
「……“魔女をすべて倒さねば、世界の均衡が崩れる”――それは事実だ」
ルークの目がわずかに揺れる。
「あなたが破壊してきた五つの魔核。それは、各大陸の“原初魔力の柱”そのもの。
その均衡が崩れれば、地殻は乱れ、空気は荒れ、大陸は干上がる」
「……だったら、なぜ……なぜ最初から教えてくれなかった?」
ルークの声は、わずかに怒りを含んでいた。
彼が今までに斬ってきたもの、それを振り返れば悔いがないとは言い切れなかった。
だが、エルセリアはただ――静かに笑った。
「それは、私の“正義”ではなかったから」
そして、彼女は自らの胸元に手を差し入れる。
「……残る魔女が、私とクロノミナのみだというなら……世界の均衡はすでに失われている」
「待て、なにを――!」
ルークが一歩前に出ようとしたその瞬間。
ギン――という硬質な音。
彼女の手の中で、ひときわ強く青白く輝いた“魔核”が砕けた。
砕ける音は、水面に落ちた涙のように淡く、冷たく、そして――確かだった。
「……っ!」
玉座に力なく座り込んだエルセリアの周囲から、魔力の残滓が花びらのように散っていく。
だが彼女は、なおもまっすぐにルークを見たままだった。
「あなたが……この世界に生まれたこと。勇者として選ばれたこと。
それもまた、誰かの“正義”によって引き起こされた奇跡なのでしょう」
ルークの胸に、鋭く突き刺さる言葉。
「けれど私は――その“見えない正義”の連鎖を、ここで断ち切る。
この世界の“未来”が、あなたの手に委ねられるのなら……それもまた、救いのひとつ」
そう言い残し、エルセリアは目を閉じた。
神聖国家ルミナシアの“光”は、静かに――ひとつ、消えた。
残るはただひとり。
最後の魔女、“時”を司るクロノミナのみ。
ルークは、改めて拳を握った。
「……誰の正義でもない、“俺たち”の未来をつくるために――」
そして、最後の旅が始まる。
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