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【第34話/78日目】 美月が放った一言「もう、お兄ちゃんじゃないよ」
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日曜の午後。
キッチンに立つ母の背中を横目に、リビングでは俺と美月が並んでテレビを見ていた。
ドライヤーで乾かしたばかりの髪が肩にふれて、
いつのまにか耳の上で結んだ小さなピンが、ブラウスの襟に似合っていて――
(……“俺”、じゃなくなってきてる)
そんなことを考えていた矢先だった。
「ねえ、陽翔。……ていうか、もう“お兄ちゃん”じゃないよね」
あまりに自然に、美月はそう言った。
ぽつりと投げたそのひとことは、
まるで会話の途中に差し挟まれた“当たり前の観察”のようで。
「……なに、急に」
驚いて聞き返す声に、自分で苦笑してしまった。
「うーん、だってさ。前までは無理して“お兄ちゃんらしく”してたけど、最近の陽翔って……なんか、ちゃんと“自分”でいるじゃん」
「それに、変な話だけど、今のほうが素直っていうか……なんか、可愛いよ」
テレビの音が遠のいた。
鼓動の音だけが、身体の内側で大きくなっていく。
「……気持ち悪くないの? こんなふうになってく兄、見てて」
「は? なにそれ。むしろカッコいいんだけど」
「自分が変わっていくのを受け入れてるの、簡単じゃないでしょ。
私はそういうとこ、陽翔のいいとこだと思ってるよ」
さらっと言うその言葉の一つひとつが、
背中にあった重たい殻を少しずつ砕いていく。
(美月は、もう“兄”としてじゃなく、“私”として見てくれてるんだ)
それが、妙に安心だった。
そして――ちょっとだけ、誇らしくもあった。
「ありがとう」
不器用に、けれどちゃんとそう言えたとき、
美月はゲームのコントローラーを差し出してきた。
「さ、負けたら今日の洗い物な。お姉ちゃん」
「……お前、そう呼ぶの、早すぎだろ」
「いや、遅いくらいでしょ」
笑い合う声が、家の中に心地よく響いていく。
“お兄ちゃん”をやめてもいい。
“陽翔”という名前を手放してもいい。
そう思えるくらいには、
“今の私”を、自分自身が少しずつ認めはじめていた。
──78日目。“変わる”ことは、もう怖くなかった。
キッチンに立つ母の背中を横目に、リビングでは俺と美月が並んでテレビを見ていた。
ドライヤーで乾かしたばかりの髪が肩にふれて、
いつのまにか耳の上で結んだ小さなピンが、ブラウスの襟に似合っていて――
(……“俺”、じゃなくなってきてる)
そんなことを考えていた矢先だった。
「ねえ、陽翔。……ていうか、もう“お兄ちゃん”じゃないよね」
あまりに自然に、美月はそう言った。
ぽつりと投げたそのひとことは、
まるで会話の途中に差し挟まれた“当たり前の観察”のようで。
「……なに、急に」
驚いて聞き返す声に、自分で苦笑してしまった。
「うーん、だってさ。前までは無理して“お兄ちゃんらしく”してたけど、最近の陽翔って……なんか、ちゃんと“自分”でいるじゃん」
「それに、変な話だけど、今のほうが素直っていうか……なんか、可愛いよ」
テレビの音が遠のいた。
鼓動の音だけが、身体の内側で大きくなっていく。
「……気持ち悪くないの? こんなふうになってく兄、見てて」
「は? なにそれ。むしろカッコいいんだけど」
「自分が変わっていくのを受け入れてるの、簡単じゃないでしょ。
私はそういうとこ、陽翔のいいとこだと思ってるよ」
さらっと言うその言葉の一つひとつが、
背中にあった重たい殻を少しずつ砕いていく。
(美月は、もう“兄”としてじゃなく、“私”として見てくれてるんだ)
それが、妙に安心だった。
そして――ちょっとだけ、誇らしくもあった。
「ありがとう」
不器用に、けれどちゃんとそう言えたとき、
美月はゲームのコントローラーを差し出してきた。
「さ、負けたら今日の洗い物な。お姉ちゃん」
「……お前、そう呼ぶの、早すぎだろ」
「いや、遅いくらいでしょ」
笑い合う声が、家の中に心地よく響いていく。
“お兄ちゃん”をやめてもいい。
“陽翔”という名前を手放してもいい。
そう思えるくらいには、
“今の私”を、自分自身が少しずつ認めはじめていた。
──78日目。“変わる”ことは、もう怖くなかった。
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