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序(2024、夏)*
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雨が降っていた。
つぶてのような雨粒が次々に降り注ぎ、目にしみる。もみくちゃに地面に押しつけられ、シャツもズボンも既に泥まみれだった。
滑らかな黒髪が頬に触れ、強い光を浮かべた眼が至近でのぞき込んでくる。獣のような荒い息が首筋にかかる。
晶の呼吸もまた、荒かった。
「はっ……はあっ……あ、い、いつき……うあっ」
待ち望んだ痛みが晶を貫いた。泥に濡れた手を握り合わされ、全身で押さえつけられながら、晶は身を震わせた。樹の歯は在来人と違って鋭くない。お陰で歯型がつくばかりでなかなか出血に至らないのだが、樹は容赦なくがりがりと噛み、皮膚に滲んだ血液を舐め取った。
「くっ……うっ、うっ…、うう…」
痛みで頭の芯が痺れ、思考が薄れる。首筋を這う舌は逆に快感をもたらしてくる。樹が、首に唇をつけたままささやいた。
「あきや……あきぁ……すき……」
呼吸は掠れ、声は喉と口の中の腫瘍のためにくぐもっていた。晶は涙と雨に濡れた顔で、小さく笑った。
「樹……俺にも、くれよ……」
「ん」
迷いなく差し出された首筋に、晶はそっと口づけた。
鋭い犬歯で、温かな血脈を開く。
一滴も零さぬように唇を押しつけ、口の中に溢れる血液を喉を鳴らして飲んだ。樹の身体が晶の上で震えた。「んぅっ……うぅ……くぅうぅっ……」
先んじて与えた血の影響で、早くも樹の傷口が塞がっていく。もっと欲しい、と思ったが、樹に負担をかけたくもなかった。舌を出し、未練がましく傷を舐めていく。
「あきら……おいしいの?」
与えた血のために口腔内の腫瘍が癒え、樹の発音は先程より明瞭だった。
「うん……美味しいよ、おまえ」
「もっとのんで」
「駄目だよ、飲み過ぎ」
「らって……きもちいい……」
息を弾ませながら、ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。晶はちょっと笑ってその頭を撫でた。「仕方ないな、おまえは」
身体を返して、自分が乗り上げる形になり、晶は深く口づけた。唾液を溜め、流し込むと、樹は貪るように飲んだ。今や首筋の傷は完全に癒え、面差しをゆがませていた腫瘍は消えて、瑕ひとつない顔貌の少年が、自分を見上げている。晶は、自らの手首に歯を立て、血管を咬み裂いた。
「ほら……おまえこそ、もっと飲めよ」
陶然とした表情で、舌を出し、樹は滴る血液を受けとめた。両手で晶の手をつかみ、噛みつくように口を当てる。
「いてっ……そんなにしなくても飲めるだろ」
「おいひ……あきや……あきら……おいしい」
「分かったから」
みるみるうちに、樹の歪んだ手足がまっすぐに伸び、皮下腫瘍が消え、肌が滑らかになっていく。いつものことながら、晶は目を奪われずにいられなかった。樹の本当の名、芽吹く木、という意味のその名が、これ以上ないほどに似合うと思う。
綺麗だ……、と思った。
もともと、こいつは、こんなに綺麗なんだ。こんなに泥まみれであっても……病に侵されてさえいなければ……
見惚れているうちに、ちょっと血を与えすぎたらしい。頭がくらくらしてきて、晶は樹の上にうずくまった。
「あきら? あきら、つらい?」
「ん……平気」
晶は、じりじりと身体を動かし、樹の身体をまさぐった。「んっ……あきら……なに……」
「俺にも、もっと頂戴」
言いながら、ぼろきれじみた下履きをずらし、最初の吸血のときから窮屈そうに主張していた樹のものを引っ張り出す。先端を口に含むと、樹の身体がびくりと震えた。
「あきら……歯、こわい」
ちゅ、と音を立てて先端にキスをする。「当てないから、絶対」言いながら口を開け、深く迎え入れる。声にならない声を漏らして、樹は晶の頭にしがみついてきた。先走りさえも甘く感じられ、晶は夢中で舌を使った。自身のものも熱く膨張し、ジーンズの中で痛いくらいになっている。
「はあっ……あきら……あきら、おれも、もっと……のむ」
樹の言葉の意味を理解する前に、その身体が覆いかぶさってきた。
「うっ……うぐぅ……んくっ……」
喉に入るペニスの角度が変わり、晶はえずきをやり過ごした。せっかく飲んだ樹の血を吐き戻したくはない。樹は頓着せず、顔を擦り寄せるようにしてジーンズのファスナーを開け、トランクス越しに頬ずりをした。
「……!!」
「あきら……あきら、すき……」
「ぷはっ、あ、いつき、おまえ……ああぁっ」
温かな口中に飲み込まれて、晶はがくがくと膝を震わせた。わずかに残っている口腔内腫瘍が敏感な場所に擦れる。
「ひもちいい……?」
「あっ、あぁっ、おまえ、ちょ、まっ……うあぁっ」
「うれひ……」ちゅっ、と樹の唇が先走りを吸い取った。快感に腰が震え、ねだるように動いてしまう。
「あきや……あきぁ……すき……」
「まっ、まて、俺も、するから……」
「ん。いっしょにしよ」
互いのものを口に含み、幾何学模様のようにシンメトリに抱き合いながら、愛撫を深めていく。雨がいつか止み、雲間から強い光が二人に投げかけられた。
「んくっ……う、くぅう……」
樹が呻き、口中に溢れたものを、晶は一心に啜った。それは目眩がするまでに甘かった。力が身体の隅々にまで駆け巡っていく。
「ん、……っ」
身体を震わせて晶が達したとき、樹をかき抱いていた両腕が、意志とは無関係に《翼化》した。
それは背丈を遥かに超える大きな灰白色の翼となって広がり、天蓋のように二人の身体を包んだ。
「はっ……は……はあっ……」
犬のようにぴちゃぴちゃと音を立てて、樹が舌を使っている。「は……おいし……あきや……すき……あきら」
「樹……」
どこかでヒヨドリが鳴き始めた。
樹が、手を伸ばした。晶の広げた翼の先に触れる。それは夏の陽光を透かして白く輝いていた。
「あきら……きれい。はね、しろいの、きれい……」
飲み込んだ血液、体液の効果で、首筋の傷がちりちりと癒えていくのを感じる。
ちょっともったいないな、と晶は思った。
つぶてのような雨粒が次々に降り注ぎ、目にしみる。もみくちゃに地面に押しつけられ、シャツもズボンも既に泥まみれだった。
滑らかな黒髪が頬に触れ、強い光を浮かべた眼が至近でのぞき込んでくる。獣のような荒い息が首筋にかかる。
晶の呼吸もまた、荒かった。
「はっ……はあっ……あ、い、いつき……うあっ」
待ち望んだ痛みが晶を貫いた。泥に濡れた手を握り合わされ、全身で押さえつけられながら、晶は身を震わせた。樹の歯は在来人と違って鋭くない。お陰で歯型がつくばかりでなかなか出血に至らないのだが、樹は容赦なくがりがりと噛み、皮膚に滲んだ血液を舐め取った。
「くっ……うっ、うっ…、うう…」
痛みで頭の芯が痺れ、思考が薄れる。首筋を這う舌は逆に快感をもたらしてくる。樹が、首に唇をつけたままささやいた。
「あきや……あきぁ……すき……」
呼吸は掠れ、声は喉と口の中の腫瘍のためにくぐもっていた。晶は涙と雨に濡れた顔で、小さく笑った。
「樹……俺にも、くれよ……」
「ん」
迷いなく差し出された首筋に、晶はそっと口づけた。
鋭い犬歯で、温かな血脈を開く。
一滴も零さぬように唇を押しつけ、口の中に溢れる血液を喉を鳴らして飲んだ。樹の身体が晶の上で震えた。「んぅっ……うぅ……くぅうぅっ……」
先んじて与えた血の影響で、早くも樹の傷口が塞がっていく。もっと欲しい、と思ったが、樹に負担をかけたくもなかった。舌を出し、未練がましく傷を舐めていく。
「あきら……おいしいの?」
与えた血のために口腔内の腫瘍が癒え、樹の発音は先程より明瞭だった。
「うん……美味しいよ、おまえ」
「もっとのんで」
「駄目だよ、飲み過ぎ」
「らって……きもちいい……」
息を弾ませながら、ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。晶はちょっと笑ってその頭を撫でた。「仕方ないな、おまえは」
身体を返して、自分が乗り上げる形になり、晶は深く口づけた。唾液を溜め、流し込むと、樹は貪るように飲んだ。今や首筋の傷は完全に癒え、面差しをゆがませていた腫瘍は消えて、瑕ひとつない顔貌の少年が、自分を見上げている。晶は、自らの手首に歯を立て、血管を咬み裂いた。
「ほら……おまえこそ、もっと飲めよ」
陶然とした表情で、舌を出し、樹は滴る血液を受けとめた。両手で晶の手をつかみ、噛みつくように口を当てる。
「いてっ……そんなにしなくても飲めるだろ」
「おいひ……あきや……あきら……おいしい」
「分かったから」
みるみるうちに、樹の歪んだ手足がまっすぐに伸び、皮下腫瘍が消え、肌が滑らかになっていく。いつものことながら、晶は目を奪われずにいられなかった。樹の本当の名、芽吹く木、という意味のその名が、これ以上ないほどに似合うと思う。
綺麗だ……、と思った。
もともと、こいつは、こんなに綺麗なんだ。こんなに泥まみれであっても……病に侵されてさえいなければ……
見惚れているうちに、ちょっと血を与えすぎたらしい。頭がくらくらしてきて、晶は樹の上にうずくまった。
「あきら? あきら、つらい?」
「ん……平気」
晶は、じりじりと身体を動かし、樹の身体をまさぐった。「んっ……あきら……なに……」
「俺にも、もっと頂戴」
言いながら、ぼろきれじみた下履きをずらし、最初の吸血のときから窮屈そうに主張していた樹のものを引っ張り出す。先端を口に含むと、樹の身体がびくりと震えた。
「あきら……歯、こわい」
ちゅ、と音を立てて先端にキスをする。「当てないから、絶対」言いながら口を開け、深く迎え入れる。声にならない声を漏らして、樹は晶の頭にしがみついてきた。先走りさえも甘く感じられ、晶は夢中で舌を使った。自身のものも熱く膨張し、ジーンズの中で痛いくらいになっている。
「はあっ……あきら……あきら、おれも、もっと……のむ」
樹の言葉の意味を理解する前に、その身体が覆いかぶさってきた。
「うっ……うぐぅ……んくっ……」
喉に入るペニスの角度が変わり、晶はえずきをやり過ごした。せっかく飲んだ樹の血を吐き戻したくはない。樹は頓着せず、顔を擦り寄せるようにしてジーンズのファスナーを開け、トランクス越しに頬ずりをした。
「……!!」
「あきら……あきら、すき……」
「ぷはっ、あ、いつき、おまえ……ああぁっ」
温かな口中に飲み込まれて、晶はがくがくと膝を震わせた。わずかに残っている口腔内腫瘍が敏感な場所に擦れる。
「ひもちいい……?」
「あっ、あぁっ、おまえ、ちょ、まっ……うあぁっ」
「うれひ……」ちゅっ、と樹の唇が先走りを吸い取った。快感に腰が震え、ねだるように動いてしまう。
「あきや……あきぁ……すき……」
「まっ、まて、俺も、するから……」
「ん。いっしょにしよ」
互いのものを口に含み、幾何学模様のようにシンメトリに抱き合いながら、愛撫を深めていく。雨がいつか止み、雲間から強い光が二人に投げかけられた。
「んくっ……う、くぅう……」
樹が呻き、口中に溢れたものを、晶は一心に啜った。それは目眩がするまでに甘かった。力が身体の隅々にまで駆け巡っていく。
「ん、……っ」
身体を震わせて晶が達したとき、樹をかき抱いていた両腕が、意志とは無関係に《翼化》した。
それは背丈を遥かに超える大きな灰白色の翼となって広がり、天蓋のように二人の身体を包んだ。
「はっ……は……はあっ……」
犬のようにぴちゃぴちゃと音を立てて、樹が舌を使っている。「は……おいし……あきや……すき……あきら」
「樹……」
どこかでヒヨドリが鳴き始めた。
樹が、手を伸ばした。晶の広げた翼の先に触れる。それは夏の陽光を透かして白く輝いていた。
「あきら……きれい。はね、しろいの、きれい……」
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