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僕らは一対で、同一なんだ。なぜお前だけ、そんなことを言うんだ。
しおりを挟む悠の入院は長引いた。
顔には傷が残り、芸能界への復帰は絶望的となった。
「悠の分まで、頑張ります。どうか、クビにはしないでください」
難しい顔をする社長の前で、僕は必死に頭を下げた。
今回の事件の影響で、すでに決まっていた仕事の幾つかが断られたり中止になったりした。
違約金は莫大な額となり、事務所と僕らで半分ずつに負担した。
僕らのせいではないにしても、僕らが原因で起きた不祥事だ。
貯金は一気になくなり、未来の見通しは立たなくなった。
お金もないのに仕事を辞めることは難しい。
ましてや、悠は働ける状態ではないし、雪那から逃げ切るには資金も必要だろう。
「……もっと早く、芸能界なんて辞めておけばよかった」
今更悔やんでも遅いとわかっていたが、過去を思い返しては何度も後悔した。
こんなことになる前に、さっさと逃げればよかったのだ。
馬鹿正直に立ち向かうなんて、雪那を喜ばせるだけだったのに。
「もう今更、考えたって遅いけれど」
ため息が癖になった僕は、頭を振って顔を上げる。
今日もやるべきことはたくさんあるのだ。
マネージャーとともに車に乗り込んで、スケジュールを頭の中で確認する。
今日はドラマの撮影もバラエティの収録もないから、迷惑をかけた会社への謝罪に巡り、その後は営業回りだ。
明日は朝イチでワイドショーにゲストとして出演する。
僕はワイドショーが一番嫌いだった。
事件の話題性もあって、意外と出演のオファーは事欠かなかったけれど、ワイドショーに出演するたびに、共演者たちから無遠慮で心ない言葉が投げつけられるのだから。
『悠の方は顔に傷ができたって?もう復帰は絶望的なんでしょ?』
「顔の傷はだいぶ良くなりましたけれど、痕は残りそうです。前回の手術は救命優先だったので、見た目とか、そっちのことはまた主治医の先生と相談することになりそうです」
『違約金とかどうなってるの?結構発生してるでしょ』
「違約金は、事務所と僕らで折半ですかね」
『ドラマの収録ってどうするの?降板?』
「ドラマは、僕が悠の分もやることになりました。カツラとカラーコンタクトをつけて。似てるからいけるでしょ、ってことで」
『あははは、なるほどねぇ!やっぱり双子だと便利だねぇ』
「……ははっ、そうですね」
好奇の目に晒されながら、常に困った顔で受け流し、そして世間の批判と詮索を躱す日々。
徐々に僕の内面が抉られていくのがわかったけれども、僕は笑顔を作って出演し続けた。
そして合間には、悠の見舞いと看病に病院へ通う日々。
そんな生活を続けていた結果、当然のように、僕は過労で倒れた。
「やぁ、気分はどうだい?」
面会謝絶のはずの病室の扉が、ノックもなく開く。
聞きたくない声が聞こえてきて、僕は眉を顰めて顔を向けた。
「……何をしに来た」
「もちろん見舞いだ。君の運命の番が、忙しい中来たんだから感謝してくれ」
「ふざけるな」
楽しげに言う雪那は、勝手に部屋に入り、勧めてもいないのにソファに腰掛ける。
普通の個室でいいと言ったのに、警備のためにもと特別室へ入れられたから、僕の病室は無駄に快適なのだ。
また貯金が減る、とうんざりした。
「過労だって?二人揃って入院するんだから、まったく君たちは仲が良い」
ニヤニヤと笑いながら揶揄する雪那に、僕は苛立ちのままに吐き捨てた。
「うるさい。僕は明日にでも退院するさ」
「はは、それは無理だろう。そんな顔色じゃあ医者は退院させてくれないさ」
「でも、するよ。じゃないと、ドラマの撮影が間に合わない」
僕と悠、二人が主演していたドラマはまだ撮影が終わっていないのだ。
「あぁ、あの、君が二人分演じるって言う、無茶なドラマか。明らかに一人二役の茶番劇なのに、まだ続けるのかい」
「っ、なんの違和感もないって、評価されているはずだ!」
嘲るように鼻で笑う雪那に、僕はカッとなって噛みついた。
僕が悠の役をやることになって、世間は随分と面白がった。
まさしく雪那の言う通り、茶番劇になるだろう、と。
だからこそ僕は、そんな予想通りの出来にしてやるものかと、必死に頑張ったのだ。
その結果として、ドラマは驚くような高評価を得ている。
僕と悠の見分けは、カラーコンタクトを入れた瞳を手がかりにするくらいしかない、ともっぱらの評判だ。
僕の役者としての評判も上がり、次の仕事にも繋がっている。
それなのに。
「外見、口調や仕草、歩き方。そんなものを似せたって、悪あがきにしか思えないけどね。……だって二人とも、ちっとも似ていないのに」
「うるさい、うるさいっ、うるさいっ!」
クスクスと、人を馬鹿にしたように笑う男の言葉が耳に障る。
「似ていないわけがない!僕らは双子で、生まれる前から一緒で、生まれてからもずっと、ずっと一緒だったんだ!同じように育ち、同じように生きてきたんだから!」
誰もが僕らを「そっくり」だと、「瓜二つ」だと言う。
髪の色を同じにして、僕らがその気になったら、誰一人として見分けがつかない。
写真を見ると、僕らは自分でも思うのだ。
まるで同じ人間が二人いるみたいだ、と。
「僕らが違うはずがない!……僕らは、同じに決まっている!」
僕らは一対で、同一なんだ。
それなのに。
「君があの、見た目も中身も、どこまでも真っ黒な人間と瓜二つ?ははっ、馬鹿馬鹿しい!」
確信に満ちた声で、自明の理を述べるかのようにこの男は言うのだ。
「君たちは、まるっきり正反対じゃないか!……少なくとも俺は、悠くんのことは全く欲しくならないね。俺が何を壊しても手に入れたいオメガは、この世で君一人だ」
「っ、く、……なんで」
僕を個として認識し、道徳も常識も考えずに、僕だけを強烈に求めてくる男の言葉は、時に酷く僕を揺さぶる。
なぜ雪那は、雪那だけは、そんなことを言うんだ。
「そりゃあ、もちろん」
泣き出しそうな詰り声で落とされた問いに、雪那はなんでもないことのように答えた。
「俺が、君の運命の番だからさ。……自分の運命を間違えるアルファなんて、いやしない」
「……っ、くそッ」
自信に満ちた声で告げられる内容に、僕は歯軋りしながら項垂れるのだ。
こいつのことは絶対に許せない。
悠を壊し、僕らの崩壊の原因となった男なのだから。
けれど。
「ふざけるな、……ちくしょ……!」
自分だって、この男のことは、たとえ両目が見えなくても判別できてしまうのだと言うことも、わかっていた。
そして、この男を完全に拒絶しきれない僕自身が、全ての原因なのだと言うことも。
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