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「なっ!?……ええっ!?」
何を言われても、決して動揺はするまいと思っていたのに。
僕は思わず目を剥いて、大声をあげてしまった。
唐突に聞いた名前は、この目の前の男の家に勝るとも劣らない、巨大財閥の名だった。
驚くなという方が無理な話だ。
「……母は、皐月グループの出だったのですか?」
「おや、それも知らなかったのかい?でもまぁ、ベータと駆け落ちした愚か者のオメガにも、皐月を名乗らぬくらいの分別はあったのかな」
はははっ、とさも愉快そうに声をあげて笑い、雪那は唇を弧の形に歪めたまま嘯いた。
「君たちの母親は、俺の叔父と結婚するはずだったんだよ。ウチと君たちのところは、血の相性がいいんだ。……まぁ、叔父に関しては、馬鹿の血が入らなくて何よりだったがね」
次々と与えられる恐ろしい情報に顔色をなくしたまま、僕は呆然と雪那の言葉を聞いていた。
「説明するまでもないだろうが、彼女は俺に勝るとも劣らない大変に優れたアルファだ。君たちもオメガなら分かるだろう?十和子の放つ、アルファとしての『格』がね」
「あら、そんなに褒められると、気恥ずかしいですわ」
くすくすと笑う十和子に目を向けて、雪那は「事実だろう?」と肩をすくめる。
「プライドの高い雪那さんにそこまで言って頂けるなんて、嬉しいやら恐ろしいやら」
「随分な言種だなぁ、俺が性格が悪いみたいじゃないか」
「大層イイ性格をしてらっしゃると思っておりますけれど?」
「ははっ、相変わらず十和子は口が悪い」
僕達の存在に頓着せず、軽口を叩き合う二人を明らかに親しげな空気が取り巻いている。
僕は状況を理解できずに眉を寄せていた、が、しかし。
「君が優れていることは、俺にとっても喜ばしいことだ……君は、俺の伴侶だからな」
さらりと告げられた事実に、意図せず呼吸が止まった。
伴侶、だと?
「お、まえ、僕を番にするとか言っ、ていたくせに」
動揺なんかしたくない、と思いながらも、グラグラと足元が揺らぐ感覚に負けそうで、必死に唇を噛み締める。
なんとか目の前の男を睨みつけて、喘ぐように吐き捨てた僕に、雪那は余裕の笑みを浮かべながら告げた。
「あぁ、君は俺の『運命の番』だからね。他のオメガなど不要さ。俺が番うのは君だけだ。光栄に思いたまえ、俺ほどのアルファの、唯一の番になることをな」
堂々と、何一つやましいことなどないかのように、雪那は愉快そうに目を細める。
「この、うそつき……!」
「嘘?何が嘘なんだ?番は君しか作らないと言っているんだ、嘘をついたことにはならないだろう?」
おかしそうに笑って、雪那は優雅に座ったままの十和子の肩にトン、と軽く手を置く。
そして、獰猛な猛禽類のようにニヤリと笑った。
「そもそも俺たちはアルファ同士だ。それぞれ番を持つのは当然だろう?」
「……ふざけてる」
あれだけ、僕に、執着していたのに?
僕を欲しいと、そう言っていたのに?
やり方は最悪でも、求められていることは真実だと思ってしまっていた自分に気付き、愕然とした。
そしてそれを、愛されていると、勘違いしていたことにも。
「まったく、君は何が不満なんだい?」
薄笑いを浮かべながら尋ねるこの男は、きっと僕の無意識の思い込みも、今の僕の動揺も、分かりきっていたのだろう。
そしてそれを愉しんでいるのだ。
「……すべてだよ、なにもかも気に入らないよ!」
地団駄を踏む子供のような気分で、投げやりに叫べば、「それは困ったな」と少しも困ってない顔でクククと笑う。
その軽薄な笑い声にすら傷つく自分に、ますます失望が重なる。
あぁ、僕は僕が思っていた以上に、ずっとずっと愚かだった。
執着と欲望は、決して愛情でも思いやりでもない。
そんなこと当たり前だったのに。
僕は何を思い違いしていたのだろうか?
何を言われても、決して動揺はするまいと思っていたのに。
僕は思わず目を剥いて、大声をあげてしまった。
唐突に聞いた名前は、この目の前の男の家に勝るとも劣らない、巨大財閥の名だった。
驚くなという方が無理な話だ。
「……母は、皐月グループの出だったのですか?」
「おや、それも知らなかったのかい?でもまぁ、ベータと駆け落ちした愚か者のオメガにも、皐月を名乗らぬくらいの分別はあったのかな」
はははっ、とさも愉快そうに声をあげて笑い、雪那は唇を弧の形に歪めたまま嘯いた。
「君たちの母親は、俺の叔父と結婚するはずだったんだよ。ウチと君たちのところは、血の相性がいいんだ。……まぁ、叔父に関しては、馬鹿の血が入らなくて何よりだったがね」
次々と与えられる恐ろしい情報に顔色をなくしたまま、僕は呆然と雪那の言葉を聞いていた。
「説明するまでもないだろうが、彼女は俺に勝るとも劣らない大変に優れたアルファだ。君たちもオメガなら分かるだろう?十和子の放つ、アルファとしての『格』がね」
「あら、そんなに褒められると、気恥ずかしいですわ」
くすくすと笑う十和子に目を向けて、雪那は「事実だろう?」と肩をすくめる。
「プライドの高い雪那さんにそこまで言って頂けるなんて、嬉しいやら恐ろしいやら」
「随分な言種だなぁ、俺が性格が悪いみたいじゃないか」
「大層イイ性格をしてらっしゃると思っておりますけれど?」
「ははっ、相変わらず十和子は口が悪い」
僕達の存在に頓着せず、軽口を叩き合う二人を明らかに親しげな空気が取り巻いている。
僕は状況を理解できずに眉を寄せていた、が、しかし。
「君が優れていることは、俺にとっても喜ばしいことだ……君は、俺の伴侶だからな」
さらりと告げられた事実に、意図せず呼吸が止まった。
伴侶、だと?
「お、まえ、僕を番にするとか言っ、ていたくせに」
動揺なんかしたくない、と思いながらも、グラグラと足元が揺らぐ感覚に負けそうで、必死に唇を噛み締める。
なんとか目の前の男を睨みつけて、喘ぐように吐き捨てた僕に、雪那は余裕の笑みを浮かべながら告げた。
「あぁ、君は俺の『運命の番』だからね。他のオメガなど不要さ。俺が番うのは君だけだ。光栄に思いたまえ、俺ほどのアルファの、唯一の番になることをな」
堂々と、何一つやましいことなどないかのように、雪那は愉快そうに目を細める。
「この、うそつき……!」
「嘘?何が嘘なんだ?番は君しか作らないと言っているんだ、嘘をついたことにはならないだろう?」
おかしそうに笑って、雪那は優雅に座ったままの十和子の肩にトン、と軽く手を置く。
そして、獰猛な猛禽類のようにニヤリと笑った。
「そもそも俺たちはアルファ同士だ。それぞれ番を持つのは当然だろう?」
「……ふざけてる」
あれだけ、僕に、執着していたのに?
僕を欲しいと、そう言っていたのに?
やり方は最悪でも、求められていることは真実だと思ってしまっていた自分に気付き、愕然とした。
そしてそれを、愛されていると、勘違いしていたことにも。
「まったく、君は何が不満なんだい?」
薄笑いを浮かべながら尋ねるこの男は、きっと僕の無意識の思い込みも、今の僕の動揺も、分かりきっていたのだろう。
そしてそれを愉しんでいるのだ。
「……すべてだよ、なにもかも気に入らないよ!」
地団駄を踏む子供のような気分で、投げやりに叫べば、「それは困ったな」と少しも困ってない顔でクククと笑う。
その軽薄な笑い声にすら傷つく自分に、ますます失望が重なる。
あぁ、僕は僕が思っていた以上に、ずっとずっと愚かだった。
執着と欲望は、決して愛情でも思いやりでもない。
そんなこと当たり前だったのに。
僕は何を思い違いしていたのだろうか?
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