生まれる前から一緒の僕らが、離れられるわけもないのに

トウ子

文字の大きさ
22 / 25

しおりを挟む
「ちょっと、どうしたの!?悠、ねぇ!」

僕の声を無視して雪那に話しかけ続ける悠の姿に、僕はゾッと背筋を凍らせる。
何かを諦め、覚悟し、決断してしまった声だった。

「片方だけじゃなく、離れることなく、僕らは同じ場所で、一緒にいられるの?」

どこまでも冷静な言葉に、やっと悠の問いかけの意味を理解して、ヒュッ、と息が止まった。

オメガである僕達が、ずっと離れずに一緒にいる方法。
それはとても少なくて、実行するのがとても難しい。
僕達はこれまで、なんとか自立しながら、二人だけで生きていく道を歩いてきていた。
自分達でお金を稼ぎ、他者を排除して、自分達だけの生活をする。
けれどもう、それは出来ない。
目の前の男のせいで。

「元はと言えば、あなたのせいなんだ。責任とって、まとめて面倒みてくれるんでしょう?」
「はははっ!自分の所業を棚に上げて、随分な言い方だな。俺の番に比べて、十和子の番はたいそう図々しいようだ。君が相手なら十和子もさぞ楽しめるだろうよ」

悠の言葉に愉快そうに笑った雪那は、凶悪な目を細め、にやりと唇を歪めながら、悪魔のように囁いた。

「おぉ、一緒にいられるさ。なにせ俺と十和子は夫婦になるんだ。二人とも、俺たちのオメガとして、まとめて面倒みてやるよ。……そして、俺たちの庭で、ずっと君たちは一緒にいればいいさ」

それは地獄の泥沼へと誘う、暗くて甘い誘惑だ。

「それ以外に、君たちが一緒にいる方法など、ないだろう?」
「今はそうかもしれないね。あなたのせいで、どこにも雇ってもらえないだろうし。この家にいるしかなさそうだね」

淡々と話しながら、雪那にうっすらと笑みすら見せる悠の手を握り、僕は必死に首を振った。

「そんなことはない!僕達は自分達でも生きていける!」
「……無理だよ、瞬。もう分かってるだろう?」
「ゆう!!」

どれほど言い募っても、悠はため息をついてうっすらと笑い、僕の言葉を否定する。
既に沼底へ沈むことを決めてしまった悠と手を繋ぎながら、暗い水中でもがくようだった。

「はははっ、俺の番は可愛いなぁ。オニイチャンの言う通りだ。無理に決まってるだろう?」

僕の動揺と悲嘆と激昂を、舌舐めずりしそうな顔で眺めていた雪那は、興奮したように泣き顔の僕を見ている。
どこまでも悪趣味だ、と吐き気を催しながら、キッと睨みつけたが、目の前のアルファは笑みを深めただけだった。

「おとなしくアルファに飼われておこうと判断した君の兄は賢い。だって」

話しながらも、雪那から垂れ流される威圧にも似たフェロモンは、どんどんと強くなっていた。
悠ですら、頬を赤らめるほどに。
そんなアルファを前にして、運命を繋がれたオメガが、発情せずにいられる訳がなくて。

「そんな物欲しそうな顔で、濡れた体で、何を言っているんだい?」

僕の本能を暴力的に惹きつけるフェロモンに、歯向かえているのは口先だけで。
目は潤んでいるし、よだれはだらだら垂れているし、肌は汗で湿っているし、下着はびしょびしょに濡れていて。
全身が、目の前のアルファを求めていた。

悠が使用人に導かれて、静かに退室したことにも気づかず、僕は倒れこみそうな体で、目の前の男を、ただ見ていた。
絶対に屈服などするものか、と。
けれど。

「母親と同じだ……君たちオメガが、まともな人間になんか、なれっこないんだよ」

雪那が笑いながら言った言葉に、とうとう僕は反抗の気力を失った。







「諦めて、俺の腕の中にくるがいい」

乱暴に右腕を掴む力強い指先から、体に熱が広がる。

「存分に、可愛がってやろう」

引き摺られてソファに押し倒された体は、意志とは無関係に蕩けて、悦びの中で男を迎え入れようとした。

「君は俺の運命の番なんだからな……」

耳元に囁く声は甘く、熱い。
無理矢理発情させられた体が燃えるようで、息が出来ない。
唐突に与えられた口づけは酸素をさらに奪うような激しさで、苦痛を増した。

そしてうなじに、激しい痛み。

絶叫する僕を笑うように、腰まで滑り落ちる唇と舌。

男の指と、舌と、唇と、そして高く聳える凶器によって与えられる熱は、死んでしまいたいような乱暴さだ。

逃げることも許されず、苦しさしかないそれは、僕が求めていたものではない。

「い、やだ……嫌だ……ゆう……悠ゥ……」

引き攣ったような甘い泣き声で呼ぶのは、目の前のアルファの名前ではない。
腕の中で他の人間の名を呼ぶ僕に、雪那が舌打ちをするのが聞こえた。
でも、雪那の名を呼ぶ気にはならないし、目の前の体に縋り付く気にもならない。
ますます激しくなる暴力にも似た愛撫と交合に体を揺さぶられながら、僕は断末魔のような悲鳴をあげる。

悠と二人で、ひそかに慰め合い、癒し合い、与え合い、幸福と快感を感じ合っていた日々が、走馬灯のように脳裏を過ぎ去った。

「オメガらしく、運命に従え!……君たちは人間じゃない。オメガという獣なんだからな!」

苛立たしげな雪那の言葉に、僕の中の糸がプツリと切れる。
僕は全てを諦め、未来に絶望した。
そして、目の前の男が差し出した闇へと陥落したのだ。


ああ、はやく。
こんな人生、終わってしまえばいいのに。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

起きたらオメガバースの世界になっていました

さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。 しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...