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「ちょっと、どうしたの!?悠、ねぇ!」
僕の声を無視して雪那に話しかけ続ける悠の姿に、僕はゾッと背筋を凍らせる。
何かを諦め、覚悟し、決断してしまった声だった。
「片方だけじゃなく、離れることなく、僕らは同じ場所で、一緒にいられるの?」
どこまでも冷静な言葉に、やっと悠の問いかけの意味を理解して、ヒュッ、と息が止まった。
オメガである僕達が、ずっと離れずに一緒にいる方法。
それはとても少なくて、実行するのがとても難しい。
僕達はこれまで、なんとか自立しながら、二人だけで生きていく道を歩いてきていた。
自分達でお金を稼ぎ、他者を排除して、自分達だけの生活をする。
けれどもう、それは出来ない。
目の前の男のせいで。
「元はと言えば、あなたのせいなんだ。責任とって、まとめて面倒みてくれるんでしょう?」
「はははっ!自分の所業を棚に上げて、随分な言い方だな。俺の番に比べて、十和子の番はたいそう図々しいようだ。君が相手なら十和子もさぞ楽しめるだろうよ」
悠の言葉に愉快そうに笑った雪那は、凶悪な目を細め、にやりと唇を歪めながら、悪魔のように囁いた。
「おぉ、一緒にいられるさ。なにせ俺と十和子は夫婦になるんだ。二人とも、俺たちのオメガとして、まとめて面倒みてやるよ。……そして、俺たちの庭で、ずっと君たちは一緒にいればいいさ」
それは地獄の泥沼へと誘う、暗くて甘い誘惑だ。
「それ以外に、君たちが一緒にいる方法など、ないだろう?」
「今はそうかもしれないね。あなたのせいで、どこにも雇ってもらえないだろうし。この家にいるしかなさそうだね」
淡々と話しながら、雪那にうっすらと笑みすら見せる悠の手を握り、僕は必死に首を振った。
「そんなことはない!僕達は自分達でも生きていける!」
「……無理だよ、瞬。もう分かってるだろう?」
「ゆう!!」
どれほど言い募っても、悠はため息をついてうっすらと笑い、僕の言葉を否定する。
既に沼底へ沈むことを決めてしまった悠と手を繋ぎながら、暗い水中でもがくようだった。
「はははっ、俺の番は可愛いなぁ。オニイチャンの言う通りだ。無理に決まってるだろう?」
僕の動揺と悲嘆と激昂を、舌舐めずりしそうな顔で眺めていた雪那は、興奮したように泣き顔の僕を見ている。
どこまでも悪趣味だ、と吐き気を催しながら、キッと睨みつけたが、目の前のアルファは笑みを深めただけだった。
「おとなしくアルファに飼われておこうと判断した君の兄は賢い。だって」
話しながらも、雪那から垂れ流される威圧にも似たフェロモンは、どんどんと強くなっていた。
悠ですら、頬を赤らめるほどに。
そんなアルファを前にして、運命を繋がれたオメガが、発情せずにいられる訳がなくて。
「そんな物欲しそうな顔で、濡れた体で、何を言っているんだい?」
僕の本能を暴力的に惹きつけるフェロモンに、歯向かえているのは口先だけで。
目は潤んでいるし、よだれはだらだら垂れているし、肌は汗で湿っているし、下着はびしょびしょに濡れていて。
全身が、目の前のアルファを求めていた。
悠が使用人に導かれて、静かに退室したことにも気づかず、僕は倒れこみそうな体で、目の前の男を、ただ見ていた。
絶対に屈服などするものか、と。
けれど。
「母親と同じだ……君たちオメガが、まともな人間になんか、なれっこないんだよ」
雪那が笑いながら言った言葉に、とうとう僕は反抗の気力を失った。
「諦めて、俺の腕の中にくるがいい」
乱暴に右腕を掴む力強い指先から、体に熱が広がる。
「存分に、可愛がってやろう」
引き摺られてソファに押し倒された体は、意志とは無関係に蕩けて、悦びの中で男を迎え入れようとした。
「君は俺の運命の番なんだからな……」
耳元に囁く声は甘く、熱い。
無理矢理発情させられた体が燃えるようで、息が出来ない。
唐突に与えられた口づけは酸素をさらに奪うような激しさで、苦痛を増した。
そしてうなじに、激しい痛み。
絶叫する僕を笑うように、腰まで滑り落ちる唇と舌。
男の指と、舌と、唇と、そして高く聳える凶器によって与えられる熱は、死んでしまいたいような乱暴さだ。
逃げることも許されず、苦しさしかないそれは、僕が求めていたものではない。
「い、やだ……嫌だ……ゆう……悠ゥ……」
引き攣ったような甘い泣き声で呼ぶのは、目の前のアルファの名前ではない。
腕の中で他の人間の名を呼ぶ僕に、雪那が舌打ちをするのが聞こえた。
でも、雪那の名を呼ぶ気にはならないし、目の前の体に縋り付く気にもならない。
ますます激しくなる暴力にも似た愛撫と交合に体を揺さぶられながら、僕は断末魔のような悲鳴をあげる。
悠と二人で、ひそかに慰め合い、癒し合い、与え合い、幸福と快感を感じ合っていた日々が、走馬灯のように脳裏を過ぎ去った。
「オメガらしく、運命に従え!……君たちは人間じゃない。オメガという獣なんだからな!」
苛立たしげな雪那の言葉に、僕の中の糸がプツリと切れる。
僕は全てを諦め、未来に絶望した。
そして、目の前の男が差し出した闇へと陥落したのだ。
ああ、はやく。
こんな人生、終わってしまえばいいのに。
僕の声を無視して雪那に話しかけ続ける悠の姿に、僕はゾッと背筋を凍らせる。
何かを諦め、覚悟し、決断してしまった声だった。
「片方だけじゃなく、離れることなく、僕らは同じ場所で、一緒にいられるの?」
どこまでも冷静な言葉に、やっと悠の問いかけの意味を理解して、ヒュッ、と息が止まった。
オメガである僕達が、ずっと離れずに一緒にいる方法。
それはとても少なくて、実行するのがとても難しい。
僕達はこれまで、なんとか自立しながら、二人だけで生きていく道を歩いてきていた。
自分達でお金を稼ぎ、他者を排除して、自分達だけの生活をする。
けれどもう、それは出来ない。
目の前の男のせいで。
「元はと言えば、あなたのせいなんだ。責任とって、まとめて面倒みてくれるんでしょう?」
「はははっ!自分の所業を棚に上げて、随分な言い方だな。俺の番に比べて、十和子の番はたいそう図々しいようだ。君が相手なら十和子もさぞ楽しめるだろうよ」
悠の言葉に愉快そうに笑った雪那は、凶悪な目を細め、にやりと唇を歪めながら、悪魔のように囁いた。
「おぉ、一緒にいられるさ。なにせ俺と十和子は夫婦になるんだ。二人とも、俺たちのオメガとして、まとめて面倒みてやるよ。……そして、俺たちの庭で、ずっと君たちは一緒にいればいいさ」
それは地獄の泥沼へと誘う、暗くて甘い誘惑だ。
「それ以外に、君たちが一緒にいる方法など、ないだろう?」
「今はそうかもしれないね。あなたのせいで、どこにも雇ってもらえないだろうし。この家にいるしかなさそうだね」
淡々と話しながら、雪那にうっすらと笑みすら見せる悠の手を握り、僕は必死に首を振った。
「そんなことはない!僕達は自分達でも生きていける!」
「……無理だよ、瞬。もう分かってるだろう?」
「ゆう!!」
どれほど言い募っても、悠はため息をついてうっすらと笑い、僕の言葉を否定する。
既に沼底へ沈むことを決めてしまった悠と手を繋ぎながら、暗い水中でもがくようだった。
「はははっ、俺の番は可愛いなぁ。オニイチャンの言う通りだ。無理に決まってるだろう?」
僕の動揺と悲嘆と激昂を、舌舐めずりしそうな顔で眺めていた雪那は、興奮したように泣き顔の僕を見ている。
どこまでも悪趣味だ、と吐き気を催しながら、キッと睨みつけたが、目の前のアルファは笑みを深めただけだった。
「おとなしくアルファに飼われておこうと判断した君の兄は賢い。だって」
話しながらも、雪那から垂れ流される威圧にも似たフェロモンは、どんどんと強くなっていた。
悠ですら、頬を赤らめるほどに。
そんなアルファを前にして、運命を繋がれたオメガが、発情せずにいられる訳がなくて。
「そんな物欲しそうな顔で、濡れた体で、何を言っているんだい?」
僕の本能を暴力的に惹きつけるフェロモンに、歯向かえているのは口先だけで。
目は潤んでいるし、よだれはだらだら垂れているし、肌は汗で湿っているし、下着はびしょびしょに濡れていて。
全身が、目の前のアルファを求めていた。
悠が使用人に導かれて、静かに退室したことにも気づかず、僕は倒れこみそうな体で、目の前の男を、ただ見ていた。
絶対に屈服などするものか、と。
けれど。
「母親と同じだ……君たちオメガが、まともな人間になんか、なれっこないんだよ」
雪那が笑いながら言った言葉に、とうとう僕は反抗の気力を失った。
「諦めて、俺の腕の中にくるがいい」
乱暴に右腕を掴む力強い指先から、体に熱が広がる。
「存分に、可愛がってやろう」
引き摺られてソファに押し倒された体は、意志とは無関係に蕩けて、悦びの中で男を迎え入れようとした。
「君は俺の運命の番なんだからな……」
耳元に囁く声は甘く、熱い。
無理矢理発情させられた体が燃えるようで、息が出来ない。
唐突に与えられた口づけは酸素をさらに奪うような激しさで、苦痛を増した。
そしてうなじに、激しい痛み。
絶叫する僕を笑うように、腰まで滑り落ちる唇と舌。
男の指と、舌と、唇と、そして高く聳える凶器によって与えられる熱は、死んでしまいたいような乱暴さだ。
逃げることも許されず、苦しさしかないそれは、僕が求めていたものではない。
「い、やだ……嫌だ……ゆう……悠ゥ……」
引き攣ったような甘い泣き声で呼ぶのは、目の前のアルファの名前ではない。
腕の中で他の人間の名を呼ぶ僕に、雪那が舌打ちをするのが聞こえた。
でも、雪那の名を呼ぶ気にはならないし、目の前の体に縋り付く気にもならない。
ますます激しくなる暴力にも似た愛撫と交合に体を揺さぶられながら、僕は断末魔のような悲鳴をあげる。
悠と二人で、ひそかに慰め合い、癒し合い、与え合い、幸福と快感を感じ合っていた日々が、走馬灯のように脳裏を過ぎ去った。
「オメガらしく、運命に従え!……君たちは人間じゃない。オメガという獣なんだからな!」
苛立たしげな雪那の言葉に、僕の中の糸がプツリと切れる。
僕は全てを諦め、未来に絶望した。
そして、目の前の男が差し出した闇へと陥落したのだ。
ああ、はやく。
こんな人生、終わってしまえばいいのに。
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