生まれる前から一緒の僕らが、離れられるわけもないのに

トウ子

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「あら、雪那さんのオメガは、随分と話が分からないのね」

その場に力なく座り込む僕を、呆れたような眼差しで見下ろして、十和子はゆるりと口角を上げる。

「悠さんは、いかがですの?ねぇ、悠さん、私に……私たちのお家に飼われるのはお嫌?」

蕩けるような声で尋ねられた、あまりに屈辱的な内容。
虚ろな目で十和子を見返している悠の口が言葉を形作るより先に、僕は湧き上がった怒りのままに吐き捨てた。

「飼うだと!?ふざけるなっ、悠を犬扱いする気か!?」
「あら、ごめんなさい。でも、正式な配偶者ではないオメガは、そう言う扱いと決まっているの」

ちっとも申し訳なくなどなさそうに、十和子は「おほほ」と上品に笑う。
人間を愛玩動物として扱うことを、不道徳とも不適切とも、全く思っていないような顔で。
そして雪那も、それを当然のように肯定する。

「愛人ですらない、とね。皐月グループはなかなかだからな、諦めなさい。でも安心しろ、瞬。俺はちゃんと君を愛人として扱ってやるぞ?」
「ふざけんなよ!」

酷薄な光を浮かべる瞳を睨みつけ、僕は喚いた。

「何一つ安心できないよ!僕ら二人とも、飼い殺されるのが目に見えている!」
「疑い深いなぁ?ちゃんと番うし、世間的にも番として扱ってやるから心配するな……二人とも、俺たちの運命の番なんだぞ?悪いようにはしないさ、なぁ、十和子?」
「えっ」

十和子が悠の、運命の番だと?

次々と与えられる信じがたい情報に、気絶しそうだ。
信じたくない思いでチラリと振り返れば、悠は否定することもなく、無言で俯いたままだ。
絶望がひたひたと忍び寄る。

「うんめいの、つがい?……番う、のか?ほんとに、アンタ、悠と?」

呆然と目の前の女に問えば、女は悠を見つめたまま、「さぁ?」と呟いた。
美しい唇が薄らと冷たく笑い、そしてきつく歪む。

「どういたしましょうね。私を無視するだなんて、こんな失敬な態度を取るオメガ、さすがに飼い殺してしまいたくなりますわねぇ……私、お先に失礼しますわ」

つんと澄ました顔のまま、苛立ちを隠しもせずに立ち去る。
十和子を見ようとしない悠の姿に眉を吊り上げる様からは、欠片も愛情が見出せなかった。
ただ、プライドが傷つけられて腹を立てているだけのように見えた。

「あんなおんなが……悠の……?」

真っ暗な気分で呟くと、悠が微かに震える気配がした。
悠も、きっとあの女が自分の番であることに、絶望しているのだろう。
あんな女にうなじを噛まれたら、地獄だ。
雪那は少なくとも俺に執着している。
けれどあの女は、悠に対して執着するどころか、大した関心も見せなかった。

「悠っ、だめだ!あの女はだめだよ!」

きっとただうなじを噛んで、そして捨てることすらせず、飼い殺すに違いない。
面白がって手に取った玩具を、倉庫に置き忘れて帰る子供のように。
忘れられたオメガが、ヒートに焼き尽くされて狂っても、きっと気にも留めないのだろう。

「悠を愛してないし、欲してもいないし……絶対に大切にしてなんかくれやしない!うなじを噛ませちゃダメだ!」
「……しゅん……」

後ろに庇っていた悠を抱きしめ、必死に訴えるが、悠は底しれない暗闇を宿した瞳で、無表情に僕を見る。
ただ僕の名を呼んだきり何も言わない唇と、真っ暗で思考を宿さない瞳が恐ろしい。
悠が全てを諦め、そして受け入れてしまったように思えて、僕は気が狂いそうだった。

「悠、ダメだよ!不幸になるに決まってる!」
「ははっ、そう心配するな」

けれど僕の必死の叫びを、雪那はつまらなそうに笑って、あっさり否定した。
飲みかけのコーヒーを手にとり、やけに小洒落た菓子をつまみながら、片手間に。

「十和子は、悠がちっとも自分の方を見ないから、腹を立てて不貞腐れているだけさ。自分の運命を粗雑に扱うアルファはいないから安心しろ」

呆れたような顔で、慰めのようなことを言っていた雪那は、ふとなにか思いついたような顔で口角を吊り上げた。

「そうだね、君たちが捨てられることはないさ。……閉じ込められることはあったとしても、ね」

意味ありげな流し目で、うっそりと笑う雪那の表情に、背筋がゾワリと粟立つ。
反射的に何か言い返そうとして口を開いても、じっとりと見つめてくる視線に射抜かれて、声が出ない。
ドロリとした瞳の温度に、体の底で熱が蠢く。

「な、にを」

なんとか声を絞り出しても、うまく言葉が続かない。
まずい、呑まれる、と焦りが湧いてきた時。
後ろから、淡々とした声が聞こえてきた。

「……じゃ、あ」

振り返ると、瞳を闇に溶かしていた悠が顔を上げていた。
威圧するアルファを僕の肩越しに見据えて、ゆっくりと掠れ声で問いかける。

「……ぼくら、いっしょにいられるの?」
「ゆ、悠?」

唐突で脈絡のない問いかけに、不安が湧き上がる。
僕を無視して会話を、いや、交渉をしようとしている姿に、双子のくせに「自分が兄だから」と僕を背に庇おうとしていた幼少期が想起された。
心臓がドクンドクンと嫌な音を立てる。

「あなたの、あなたたちの言う通りにすれば、ぼくたちは一緒にいられるんだね?」
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