生まれる前から一緒の僕らが、離れられるわけもないのに

トウ子

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僕は身の程を弁えている、賢いオメガなんですよ。1

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「おはよう、よく眠れたかしら?」
「……おかげさまで」

丹念に舐め上げたうなじにアルファの鋭い牙を立てられ、番契約を成立させられた後は、身の内からも外からも喰らいつくそうとするかのごとく、気絶するまで抱き尽くされた。
そのまま数時間眠っていたようだ。
ここ最近ではなかった、深い眠りであったらしく、頭がだいぶスッキリしている。

十和子に感謝する気は全くないが。

「退院したばかりの人間に、随分とひどい仕打ちですよね」

意識が戻った時には、十和子は二度目のシャワーを終えた後で、僕は使用人の手によって知らぬ間に身支度を終えられていた。
けれど、腕も足も腰もガクガクで、まともに動けそうにない。
常識ある人間ならば、もう少し手加減すべきだろう。
まぁ、十和子は人間を相手にしているつもりはないから、仕方ないのかもしれないが。

「あら、あなたはもう体の方は退院して良いのに、すっかり憔悴して食事も取れないからってことで点滴が繋がれていただけでしょう?……全てから逃げて、瞬さんに甘えていただけのくせに」

馬鹿にするように片頬だけで笑う十和子に、僕はぶすっとした顔で、「嫌な人だ」と吐き捨てる。

「もうあんな真似はしません。瞬まで倒れさせてしまうなんて、後悔しかない」
「それは良かったわ。ハンガーストライキでもされたら、面倒だもの」

あっさりと言って、十和子は机の上のグラスにガラスの瓶から水を注ぐ。

「あなたも飲む?」
「いただきます」

喉が渇いていた僕は、ヨロヨロとソファまで辿り着き、十和子から手渡されたグラスを素直に受け取った。
さすが資産家だ、お高いミネラルウォーターの味がする。
テーブルの上の軽食を、断りなく物色していると、「随分と馴染むのが早いわねぇ」という十和子の呆れた声が降ってきた。

「あなた、もう少し反抗するかと思っていたわ」

意外そうに、そしてどこか不満げに唇を尖らせる十和子に、僕は綺麗な笑みを返す。

「そうですか?……開き直ったんですよ。敵うはずもない相手に、反抗するなんて愚かでしょう?」
「あら?」

眉を顰め、何かを探るように僕を見つめてくる十和子に、僕は視線を逸らすことなく笑みを保った。

「……あなた、そんなに賢いワンちゃんだったかしら?」
「ええ、最初からそうですよ。……僕は、身の程を弁えているんです」
「ふぅん?そうかしら?」

納得していない様子の十和子に、僕は唇に人差し指を当てて含み笑い、パチリとウインクした。

「ええ、無力なオメガが一匹二匹、一生懸命キャンキャン吠えても可愛いだけでしょう?」
「ふふっ、あらまぁ、自己評価が高いこと」

思わずといった風に吹き出した十和子の肩に寄りかかり、僕はそっと頭を預ける。

「世間とかいう悪意の集合体に向かって唸り声をあげて威嚇したところで、弱い僕達では何も出来ません。力と金がある庇護者の下で、安穏とした暮らしを享受した方が良いに決まっているじゃないですか」

ことり、と小首を傾げて、傷を負った今の自分が一番美しく見える角度で十和子を見上げる。

「そんな悪賢いオメガは、お嫌いですか?」

かつて蠱惑的と評された眼差しを送る。
美しく高慢な、飼い猫のように。

「いいえ、賢いペットは大好きよ?あなたは従順なワンちゃんというより、したたかなネコちゃんのようだけれど」

クスリと笑って、十和子は僕の顎に長い人差し指をかけた。

「あなたには、私に恭順するつもりはないのかしらね」
「さぁ?でも」

細められた瞳の鋭さに、隠した本心が引き摺り出される前に、僕は悪戯っぽい強気な表情を浮かべた。

「一方的な関係よりも、win-winの方が良いでしょう?」
「あらまぁ!アルファに対して、随分な口の利き方ね」
「お嫌ですか?」
「嫌いじゃないわ。生意気な仔猫の悪戯や悪あがきを愛でるのも、嗜みある飼い主の楽しみよ」

オメガが刃向かっても、尖ってもいない牙を突き立てたところで、アルファにはわずかの痛痒も感じさせられない。
そう確信しているのだろう。

「強気な仔猫ちゃんが、しおらしく私の手に顔をこすりつけてくるようになるのが楽しみだわ!時間はいくらでもあるもの。番契約は死ぬまで続くのだから」

優雅にグラスを傾け、十和子は長い睫毛をはためかせながら僕を眺める。

「うなじの噛み跡は生涯消えない首輪のようなものよ。アルファに所有され、その庇護にある証」
「この徴が、僕を他のアルファやベータから守ってくれるのですね」

するりと自分のうなじを撫でると、確かな凹凸がある。
僕が上目遣いに確認すれば、十和子は満足げに頷いた。

「ええ、噛みついたアルファの格が強いほど、オメガのフェロモンは打ち消されるわ。これまではあなたのフェロモンに惹かれて押しかける、身の程知らずの愚か者がいたようだけれども、もう現れないでしょうね。……あなたは私のオメガになったのだから」

十和子は自信と余裕に満ちている。
その態度が、自分を脅かすようなものは自分より優れたアルファだけで、そんなアルファは滅多にいないのだと、語っている。

「そうですか……それはよかった」

僕は安堵したように表情を緩め、にっこりと笑った。
一応、本心からの言葉だ。

本当によかったと思っているのだ。
僕を馬鹿にしてくれていてよかった。
警戒せずにいてくれた方が、僕にとってはありがたいのだから。
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