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誘いの声は、春先によく吹くとされる突風だった。
黒い艶美かなロングヘアーを空へと舞わせた女性は、膝にまで達しようかという長丈のダメージ加工が目立つ白いシャツの緩い裾尾を靡かせながら歩み出す。その姿はこの場に於いて一際に異彩。
樹津のオフィス街の様相を呈する駅周辺の道を行くのはスーツを着込んだ無感者ばかり。地味な色調ばかりのリュックや鞄やら、偶に見かける鮮やかさと言えば通りを過ぎて行く宣伝カーの場違いな艶やかさに尽きる。
自らを白河沙羅と名乗る彼女の存在はやはり、異質に富んでいる。彼女の歩み進めた箇所ばかりが色を持つことを許されたかのように華やぎ、すれ違う雑踏ですらその彩りに暫し目を盗られる。
紐をキツめに縛ったように見える黒いブーツからシャツの裾尾まで伸びるすらっとした長い脚が不意に動きを止めると、沙羅の目は行き交う人集りの向こうに見覚えのある顔を据える。
レディスーツをキチンと着こなし、明るい茶色のミドルヘアを片耳に掛け直すその人こそ、沙羅をこの街に呼び戻した張本人――妹尾万里子だった。
「相も変わらずの格好ね。そろそろ歳相応の趣味に落ち着いたらどう?」
開口一番。久方ぶりの再会を果たした万里子の口を突いて出てきたのがそれだった。
「まだギリギリ十代なんで」
敢えて視線を逸らしながら沙羅の方も負けじと応戦する。
唐突に駅前で催された二輪の再会劇に興を覚える暇な類いの人間はごく少数だが、それでも人目に触れ続けることを彼女らは良しと思わない。いや、思ってはいけない。
「取り敢えずまあ、場所を移しましょうか」
*
日本魔術師協会はそれぞれの都市に幾つかの支部を設けている。しかしここ樹津には例外的に二つの支部が西と東とを分けて存在している。
あまり大きくもない樹津の街にこうして二つの支部が連立しているのは、ひとえに魔術師絡みの事件が頻繁に発生しているのが一番の理由である。
樹津第二支部がワンフロアを間借りしている雑居ビルの一階部に出店している大手チェーンの喫茶店の窓際の席、万里子と向かい合わせに座っている彼女もまた、かつてはこの街で件の事件を起こしていた張本人に違いなかった。
「おかえり」
万里子の向ける妙に清々しい笑みを何か不穏な意味に捉えたであろう沙羅は、怪訝な表情を浮かべながらアイスコーヒーに刺さったストローを褐色に染める。
「なにそれ」
「さっき言いそびれてたなぁ、って思ってね」
他意はない。そんな一言を加える不粋さを嫌って自らも白い湯気が残るコーヒーに舌鼓を打つ。
どうだか。敢えて音を立てながら飲む仕草にはそんな一言が内包されているに違いない。万里子は依然として狐に見られている自分の立場に少しの落胆を覚える。
「白黒……彼女、協会内じゃそう呼ばれてるわ」
憂いのある響きだ。耳に返って来た自分の声を万里子はそう評価した。
「読み方だけを変えてる辺り、協会の方はもう気付いてるって感じ?」
沙羅の顔に浮かんだ笑みが苦笑ではなく嘲笑であると弁えた万里子は、軽く首を振って返す。
「上の人間はなんにも。ウチの支部の人間くらいじゃないの、本当のことに気付いてるのは」
そっか。特に興味を示したように見せないのは演技であるのか、それともどこか別の所へ思慮を巡らせているのか。深くは考えないように努めた。
「それじゃ、今度こそ本題ね。前に伝えた通り、これからは樹津第二支部所属の魔術師として私の直属の部下になって働いてもらう。異論は――」
「認めない、でしょ?」
言葉を遮ったかと思うと、沙羅はため息を吐いて再びストローを咥えた。
こちらの考えを見透かせない程に鈍い人間であれば良かったのに。万里子はワザとらしい笑みを潜めて続けた。
「面倒くらい見させてよ」
嫌でも脳裏に浮かんでくる一年前の光景に、万里子は抑えようとした陰鬱な感情の渦に呑まれそうになる自分を自覚した。
「充分、お世話にはなったよ。感謝もしてる。だからこそ……ううん、何でもない」
違うのかもしれない。俯き加減に視線を逸らす沙羅の姿に、万里子は先ほどの考えを改めた。沙羅は自分のことを狐などに見てはいないのだ、と。信頼しているからこそ、慎重に相手の言葉の真意を計っている。
「不器用なのも相変わらずね」
*
小森純也は戦慄を覚えた。
ひと回りも歳の離れた少女を前に、蛇に睨まれた蛙も同然の想いを抱くことへの屈辱感など、今となればもうどうでも良い事この上ない。ただ願わくは、今日までがそうであった様に明日の訪れが当たり前のモノであると思いたい。ただ、それだけだった。
「お、俺が何をしたって言うんだよっ! こんなの、あんまりじゃないかっ」
廃棄されてから久しい瓦礫まみれの廃ビルのフロアに響く純也の声を聞き届ける者は誰一人として存在しない。
一年前まで開発が進まれていた樹津郊外の都市化計画はこの付近で起こった不可解な爆弾テロを機にあえなく頓挫した。この廃ビルもその名残でしかない。周辺にあるのは巨額の投資が文字通りに水泡へと帰してしまった残り香が漂うのみ。近付こうとする者は皆無である。
しかし、純也は吠えた。
「俺は死ぬ訳にはいかねぇんだよっ。ようやく幸せを掴めそうなんだっ」
純也の脳裏を頻りに過ぎるのは、一人の女性。
「関係、ないよ? 貴方はたくさん悪いことをした人なの。だからね、殺さないといけないの。だって私は――黒瀬纏だから」
暗がりに浮かぶ少女のシルエット、その左目が鈍い白光を漏らし始める。
肌に感じる妙な不快感は、この場に漂っていた空気の質が少女の変異に伴い変わり始めている証拠に違いない。
背筋を伝う悪寒が純也の身体に生存本能から生じる活力を巡らせる。
「くそっ」
背を向けて走り出すのは愚策。視界から相手を外すこと、それは死を意味する。どんな局面に於いても相手の使役する魔術がどんな性質なのかを見極めなければならない。
対魔術師戦のセオリーを頭の片隅から捻り出しながら、純也は半身で駆け出した。
魔術師としての暦は恐らくこちらが勝っている自負はあった。が、いま目の前にしている相手は黒瀬纏と名乗った。その名が意味している事はただひとつ――圧倒的な実力差。
魔術師としての知識量を比べる勝負であれば幾らか勝算も見出せただろう。だが、これは魔術を用いて相手の命を奪う正真正銘の魔術師同士の殺し合い。優劣を分つのは残酷なまでにシンプルな要素。対魔術師戦をこなした場数と相手の命を奪うことにのみ長けた魔術の数。
妙に冷静な頭が導き出した答えは絶望の一言だった。しかし、
「早苗、あと一度だけ許してくれ」
小森純也という男も少し前までは同族殺しを生業にしていた口だった。
生涯を供に添い遂げると誓った女性に出会い、そして誓ったはずの禁を破りさる。
手近な瓦礫に刻印を燈す。僅かな発光を以って沈んで行く光沢は幾何学な紋様を浮かべた。設置式の魔術である。
略式魔術方陣が主流となって久しい現代魔術が最も優れているのは、その発動の迅速さにこそあった。予め拵えてある魔術方陣を媒介にし、あとは魔力を適量用いるだけで発現が可能。しかし一方で、使役できる魔術の絶対数が限られてしまうという欠点がある。
純也の持ち合わせるカードは二種類。今し方に発現した設置式の爆発魔術、そして魔力による防護障壁を形成する防壁魔術。
元より純也は奇襲策を主に用いる戦法を執り、相手の魔術師と対峙する局面を可能な限り避けて来た。最も、魔術師の戦闘とは元来そういった性質であって然るべきものであるのだから。
「来るんじゃねぇっ」
尚も煌々と左目を怪しく白光させる少女へ向け、純也は叫んでみせた。無論、慌てているように見せた演技である。
ゆっくりとした足取りを保ったまま一歩、そして一歩と黒瀬纏は純也の仕掛けた魔術へと近付いてくる。
爆発の衝撃をギリギリ防壁魔術で受け切れる場所まで離れると、純也はダメ押しと言わんばかりに蹴躓いてみせる。
あと三歩、あと二歩、あと一歩。
その様を見届けた純也が防壁魔術を展開するのとほぼ同時に、鼓膜をつん裂くような轟音が廃ビルに響き渡る。爆発を起こした箇所を起点に巻き起こった衝撃波が砂塵を舞わせ、瓦礫や砂の礫を周囲に散らす。
半透明の障壁がカチカチと礫を払い、迫る土埃を左右へと避ける。その内で身を屈ませる純也の顔がニヤリと歪む。その視線の先に見えるのは、障壁に僅かに生じた亀裂が所以だった。
「この位置でこれじゃ、直撃したら木っ端微塵も良いところだな」
暫し続いた爆発の余波も、思いの外すぐに収まった。衝撃に比べて爆発の規模は局所的なものであることを純也自身が誰よりも分かっていた。
爆弾というよりも地雷などに近い。広範囲に渡っての被害は望めないが、それこそが最大の利点である。ここは廃ビルの内である。爆発の規模を大きくしたが最期、崩れ落ちてきた瓦礫によって自らの命すら危いことになってしまうのは自明の理だ。
瞬間湯沸かし器の所業が如く沸き立っていたアドレナリンは急速に冷却され、土埃の舞いが終幕を迎えるに連れて純也の思考は冷静さを取り戻し始める。
自己防衛だったとは言え、一人の魔術師の命を奪ってしまった。その上、突発的で無計画。暫くは追われる身になってしまうことを覚悟しなければならない。
先ずは死体の処理を――そう思った矢先、土埃の類いが先ほどまでの様相を再現したかのように再び激しい突風を以って舞い始めた。
「なんだっ」
片手を眼前にやりその先の光景に目を凝らす。信じ難きが、そこにあった。激しさを増す突風の渦中で怪しく光る白光、その淡くも激しい揺らぎ。
黒い艶美かなロングヘアーを空へと舞わせた女性は、膝にまで達しようかという長丈のダメージ加工が目立つ白いシャツの緩い裾尾を靡かせながら歩み出す。その姿はこの場に於いて一際に異彩。
樹津のオフィス街の様相を呈する駅周辺の道を行くのはスーツを着込んだ無感者ばかり。地味な色調ばかりのリュックや鞄やら、偶に見かける鮮やかさと言えば通りを過ぎて行く宣伝カーの場違いな艶やかさに尽きる。
自らを白河沙羅と名乗る彼女の存在はやはり、異質に富んでいる。彼女の歩み進めた箇所ばかりが色を持つことを許されたかのように華やぎ、すれ違う雑踏ですらその彩りに暫し目を盗られる。
紐をキツめに縛ったように見える黒いブーツからシャツの裾尾まで伸びるすらっとした長い脚が不意に動きを止めると、沙羅の目は行き交う人集りの向こうに見覚えのある顔を据える。
レディスーツをキチンと着こなし、明るい茶色のミドルヘアを片耳に掛け直すその人こそ、沙羅をこの街に呼び戻した張本人――妹尾万里子だった。
「相も変わらずの格好ね。そろそろ歳相応の趣味に落ち着いたらどう?」
開口一番。久方ぶりの再会を果たした万里子の口を突いて出てきたのがそれだった。
「まだギリギリ十代なんで」
敢えて視線を逸らしながら沙羅の方も負けじと応戦する。
唐突に駅前で催された二輪の再会劇に興を覚える暇な類いの人間はごく少数だが、それでも人目に触れ続けることを彼女らは良しと思わない。いや、思ってはいけない。
「取り敢えずまあ、場所を移しましょうか」
*
日本魔術師協会はそれぞれの都市に幾つかの支部を設けている。しかしここ樹津には例外的に二つの支部が西と東とを分けて存在している。
あまり大きくもない樹津の街にこうして二つの支部が連立しているのは、ひとえに魔術師絡みの事件が頻繁に発生しているのが一番の理由である。
樹津第二支部がワンフロアを間借りしている雑居ビルの一階部に出店している大手チェーンの喫茶店の窓際の席、万里子と向かい合わせに座っている彼女もまた、かつてはこの街で件の事件を起こしていた張本人に違いなかった。
「おかえり」
万里子の向ける妙に清々しい笑みを何か不穏な意味に捉えたであろう沙羅は、怪訝な表情を浮かべながらアイスコーヒーに刺さったストローを褐色に染める。
「なにそれ」
「さっき言いそびれてたなぁ、って思ってね」
他意はない。そんな一言を加える不粋さを嫌って自らも白い湯気が残るコーヒーに舌鼓を打つ。
どうだか。敢えて音を立てながら飲む仕草にはそんな一言が内包されているに違いない。万里子は依然として狐に見られている自分の立場に少しの落胆を覚える。
「白黒……彼女、協会内じゃそう呼ばれてるわ」
憂いのある響きだ。耳に返って来た自分の声を万里子はそう評価した。
「読み方だけを変えてる辺り、協会の方はもう気付いてるって感じ?」
沙羅の顔に浮かんだ笑みが苦笑ではなく嘲笑であると弁えた万里子は、軽く首を振って返す。
「上の人間はなんにも。ウチの支部の人間くらいじゃないの、本当のことに気付いてるのは」
そっか。特に興味を示したように見せないのは演技であるのか、それともどこか別の所へ思慮を巡らせているのか。深くは考えないように努めた。
「それじゃ、今度こそ本題ね。前に伝えた通り、これからは樹津第二支部所属の魔術師として私の直属の部下になって働いてもらう。異論は――」
「認めない、でしょ?」
言葉を遮ったかと思うと、沙羅はため息を吐いて再びストローを咥えた。
こちらの考えを見透かせない程に鈍い人間であれば良かったのに。万里子はワザとらしい笑みを潜めて続けた。
「面倒くらい見させてよ」
嫌でも脳裏に浮かんでくる一年前の光景に、万里子は抑えようとした陰鬱な感情の渦に呑まれそうになる自分を自覚した。
「充分、お世話にはなったよ。感謝もしてる。だからこそ……ううん、何でもない」
違うのかもしれない。俯き加減に視線を逸らす沙羅の姿に、万里子は先ほどの考えを改めた。沙羅は自分のことを狐などに見てはいないのだ、と。信頼しているからこそ、慎重に相手の言葉の真意を計っている。
「不器用なのも相変わらずね」
*
小森純也は戦慄を覚えた。
ひと回りも歳の離れた少女を前に、蛇に睨まれた蛙も同然の想いを抱くことへの屈辱感など、今となればもうどうでも良い事この上ない。ただ願わくは、今日までがそうであった様に明日の訪れが当たり前のモノであると思いたい。ただ、それだけだった。
「お、俺が何をしたって言うんだよっ! こんなの、あんまりじゃないかっ」
廃棄されてから久しい瓦礫まみれの廃ビルのフロアに響く純也の声を聞き届ける者は誰一人として存在しない。
一年前まで開発が進まれていた樹津郊外の都市化計画はこの付近で起こった不可解な爆弾テロを機にあえなく頓挫した。この廃ビルもその名残でしかない。周辺にあるのは巨額の投資が文字通りに水泡へと帰してしまった残り香が漂うのみ。近付こうとする者は皆無である。
しかし、純也は吠えた。
「俺は死ぬ訳にはいかねぇんだよっ。ようやく幸せを掴めそうなんだっ」
純也の脳裏を頻りに過ぎるのは、一人の女性。
「関係、ないよ? 貴方はたくさん悪いことをした人なの。だからね、殺さないといけないの。だって私は――黒瀬纏だから」
暗がりに浮かぶ少女のシルエット、その左目が鈍い白光を漏らし始める。
肌に感じる妙な不快感は、この場に漂っていた空気の質が少女の変異に伴い変わり始めている証拠に違いない。
背筋を伝う悪寒が純也の身体に生存本能から生じる活力を巡らせる。
「くそっ」
背を向けて走り出すのは愚策。視界から相手を外すこと、それは死を意味する。どんな局面に於いても相手の使役する魔術がどんな性質なのかを見極めなければならない。
対魔術師戦のセオリーを頭の片隅から捻り出しながら、純也は半身で駆け出した。
魔術師としての暦は恐らくこちらが勝っている自負はあった。が、いま目の前にしている相手は黒瀬纏と名乗った。その名が意味している事はただひとつ――圧倒的な実力差。
魔術師としての知識量を比べる勝負であれば幾らか勝算も見出せただろう。だが、これは魔術を用いて相手の命を奪う正真正銘の魔術師同士の殺し合い。優劣を分つのは残酷なまでにシンプルな要素。対魔術師戦をこなした場数と相手の命を奪うことにのみ長けた魔術の数。
妙に冷静な頭が導き出した答えは絶望の一言だった。しかし、
「早苗、あと一度だけ許してくれ」
小森純也という男も少し前までは同族殺しを生業にしていた口だった。
生涯を供に添い遂げると誓った女性に出会い、そして誓ったはずの禁を破りさる。
手近な瓦礫に刻印を燈す。僅かな発光を以って沈んで行く光沢は幾何学な紋様を浮かべた。設置式の魔術である。
略式魔術方陣が主流となって久しい現代魔術が最も優れているのは、その発動の迅速さにこそあった。予め拵えてある魔術方陣を媒介にし、あとは魔力を適量用いるだけで発現が可能。しかし一方で、使役できる魔術の絶対数が限られてしまうという欠点がある。
純也の持ち合わせるカードは二種類。今し方に発現した設置式の爆発魔術、そして魔力による防護障壁を形成する防壁魔術。
元より純也は奇襲策を主に用いる戦法を執り、相手の魔術師と対峙する局面を可能な限り避けて来た。最も、魔術師の戦闘とは元来そういった性質であって然るべきものであるのだから。
「来るんじゃねぇっ」
尚も煌々と左目を怪しく白光させる少女へ向け、純也は叫んでみせた。無論、慌てているように見せた演技である。
ゆっくりとした足取りを保ったまま一歩、そして一歩と黒瀬纏は純也の仕掛けた魔術へと近付いてくる。
爆発の衝撃をギリギリ防壁魔術で受け切れる場所まで離れると、純也はダメ押しと言わんばかりに蹴躓いてみせる。
あと三歩、あと二歩、あと一歩。
その様を見届けた純也が防壁魔術を展開するのとほぼ同時に、鼓膜をつん裂くような轟音が廃ビルに響き渡る。爆発を起こした箇所を起点に巻き起こった衝撃波が砂塵を舞わせ、瓦礫や砂の礫を周囲に散らす。
半透明の障壁がカチカチと礫を払い、迫る土埃を左右へと避ける。その内で身を屈ませる純也の顔がニヤリと歪む。その視線の先に見えるのは、障壁に僅かに生じた亀裂が所以だった。
「この位置でこれじゃ、直撃したら木っ端微塵も良いところだな」
暫し続いた爆発の余波も、思いの外すぐに収まった。衝撃に比べて爆発の規模は局所的なものであることを純也自身が誰よりも分かっていた。
爆弾というよりも地雷などに近い。広範囲に渡っての被害は望めないが、それこそが最大の利点である。ここは廃ビルの内である。爆発の規模を大きくしたが最期、崩れ落ちてきた瓦礫によって自らの命すら危いことになってしまうのは自明の理だ。
瞬間湯沸かし器の所業が如く沸き立っていたアドレナリンは急速に冷却され、土埃の舞いが終幕を迎えるに連れて純也の思考は冷静さを取り戻し始める。
自己防衛だったとは言え、一人の魔術師の命を奪ってしまった。その上、突発的で無計画。暫くは追われる身になってしまうことを覚悟しなければならない。
先ずは死体の処理を――そう思った矢先、土埃の類いが先ほどまでの様相を再現したかのように再び激しい突風を以って舞い始めた。
「なんだっ」
片手を眼前にやりその先の光景に目を凝らす。信じ難きが、そこにあった。激しさを増す突風の渦中で怪しく光る白光、その淡くも激しい揺らぎ。
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