白と黒

河野マサ

文字の大きさ
4 / 10
始動

ノッカー

しおりを挟む
 魔術師がテロ組織と手を組む事例が珍しくもなくなった昨今、日本もその例外ではない。
 黒いタイトなTシャツから飛び出る筋肉質な腕にタトゥーを入れた強面の男に宇津木うつきと呼ばれた男は、どこか遠くに向かわせていた意識を急速に呼び戻した。「なにか」
 暗がりの室内を照らし出すのはテレビのニュース番組。今風の若い女性キャスターが伝えているのは、樹津市郊外で起きた不審な爆発事故の模様。強面の男は宇津木が我に返ったのを確認して呟く。「本当に事故として扱ってやがる」
 今更だな。宇津木は僅かに表出する男の驚嘆を見透かさなかった。「これで分かって貰えたようだ」得意に告げたのでは、悪戯に男の反感を買うばかりの愚行。交渉の場では常に冷静さと顕著さを求められる。組織内で窓口役を任されてからずいぶんと経った宇津木は弁えていた。
 依然として暗室が一面に光を携えることはない。が、この交渉の行く末は明瞭になった。宇津木は表情が変化せぬよう努めながら告げる。「返事をお聞かせ貰えますか」


  *


 第二支部での白河沙羅の初仕事は、これから受け持つ魔術師絡みの事件を選定する作業だった。万里子のデスクに並べられた茶色い封筒は三枚。どれも表に事件名が綴られている。
 反社会的魔術組織ノッカー。樹津市内連続通り魔事件。白黒。
 先ず目が行ったのは白黒。これに関しては明言せずとも万里子は独自に対処することを許してくれるだろう。通り魔事件に関しても幾らかの興味が湧く。が、魔術組織という単語を敢えてこの選択肢に入れ込んで来たのを見るに、万里子はこの封筒を手に取らせたいに違いなかった。

「選択の自由があるとは思えないんだけど」

 苦言を漏らすと「そうかしら」と言って万里子はノッカーと通り魔の封筒を指差す。「二択じゃない?」
 片目を瞑って見せてくる辺り、やはり確信犯なのは間違いない。沙羅はため息を吐いてみせることさえも煩わしく思い、黙ってノッカーの封筒を手に取った。

「聞き慣れない名前だけど、さいきん立ち上がった組織なの?」
「以前からあったらしいけど、樹津に拠点を移したのは最近。今のところ樹津で目立った動きは見せてないけど、動く気ならそろそろ動き出す頃だと思ってね」

 成る程。沙羅は今になって万里子が自分を呼び戻した理由に至る。呼び戻すタイミングならもっと早くにもあった筈だ。

「相当に危険視してるって、そう思った方が良さそうな感じか」

 言うと、万里子の顔に苦い笑みが浮かぶ。

「危険視って意味では、ぜんぜん間違いないんだけどね」

 万里子にしては珍しく、どうにも歯切れの悪い物言いだった。その理由を明らかにしたのは当の万里子ではなく、それまで黙ってデスクワークに従事していた泰子だった。

「清川が担当してる案件だよ」

 ああ。沙羅は身を締めていた空気を一気に吐き出す。「お目付役って訳ね」

「瀬奈には勘付かれないでちょうだい。きっと傷付くから」

 面倒以外のなにものでもない。沙羅は気怠げに片手を挙げると踵を返して歩き始めた。
 出向いた時よりも幾分も重くなった足取りがガラス戸の前まで差し掛かると、不意に呼び止められる。「ん、なに」振り返ると、珍しく憂い顔の結菜がそこには居た。

「瀬奈ちゃんの事なんだけど」

 これまた妙に言い淀んでいる。軽い用事でないことを悟った沙羅は身体ごと向き直った。

「彼女ね。その、なんて言うか……人一倍に過敏になってるみたいなの」

 元より真面目な話をすることを苦手としているであろう節が見え隠れしている結菜だ。ましてや当人のいない場所での、言うなれば陰口。結菜が最も嫌う行為に他ならないことを沙羅は理解している。

「最初ウチに来た時にね、魔術を悪用する人間を許せない、って真剣に言ってたの」

 要領を得なかった話もようやくその本筋が見えてきた。

「ありがと。でも心配なんていらないって。その為に私がいるんだし。ね?」

 なんだかんだと結菜は優しい奴だ。沙羅は結菜への見解を改めて固め、そのまま第二支部を後にした。
 魔術を悪用する人間を許さない瀬奈にとっては、この世は残酷なまでに地獄でしかない。右も左も彼女が嫌う輩ばかり。だとすれば、孤立無援の彼女の味方になれる数少ない存在になろう。沙羅の足取りは先に比べてやや軽快さを取り戻していた。



 *



 万里子からの呼び出しを受けた瀬奈は、第二支部がワンフロアを間借りするビルの一階部に出店するお気に入りの喫茶店へ赴き、指定された窓際の最奥の席まで来ると、自分の目を疑った。
 どうして。驚嘆の情はすぐに落胆へと移ろい、やがて憤りへと姿を変え始める。

「どうしてアンタがここにいるの」

 敵愾心を隠そうとはしない。どうせ繕えなくなるのなら、初めから剥き出しにしておけばいい。ましてや、相手はあの白河沙羅という野良上がりの魔術師なのだから。

「どうもこうもさ、今日から一緒の案件に取り掛かる相棒だし、改めて挨拶しようと思ってね」

 透明なカップに収まる褐色の液体をなんの気もなしに飲みながら、白河沙羅は悠然と向かいの席に着くよう促す。
 冗談じゃない。昨日の今日でこれである。怒りの矛先は目の前の沙羅ではなく、支部長である万里子の方へと移ろう。踵を返し、来た道を戻ろうとした時、「別にさ」不意に真剣味を帯びた沙羅の声音が後ろ髪を引いてきた。

「全部を目のかたきにする必要なんてないんじゃない?」

 その言葉が体裁の枷をかなぐり捨てさせた。憤りは憤慨へと暴走にも等しい速度で昇り詰め、耐え難い感情の塊が喉をせり上がって口から放たれた。「知ったようなことを言うなっ」沙羅の着く木目のテーブルを両手で叩いていた。

「私の家族は――」

 睨んだ先に据えた沙羅の余りに無機質な表情が伝えて来る。ここが公共の場であることを。今し方、自分が口にしようとした発言の迂闊さは、冷静さを欠いたかに思えた自分の思考が寸前のところでそれを阻止した。行き場の無くなった激情が、いつしか涙となって頰を流れ落ち始める。

「場所、変えよっか」

 どんな感情も滲まない、そんな声音が横を過ぎた。

 言い様のない感情をぶら下げながら先導する沙羅の背中にただ着いて行くと、寮のマンションに戻って来ていた。そして、促されるまま中庭へと降りる階段に二人で座っていた。
 先ほどの続きを再開しようにも、一度飲み込んでしまった感情を再び同じ熱量を以って放つことは難しかった。かと言って、隣に座る人間に向けて抱いた怒りは完全に消失した訳ではない。

「私の両親ね、ある魔術組織に殺されたんだよね」

 唐突だった。先ほどの出来事がまるでなにも無かったかのような静かで、とても穏やかな声だった。虚を突かれたこと以上に瀬奈の動揺を誘ったのは、両親が魔術組織に殺されたという事実だった。

「まあ、さ。こっちは自業自得みたいなところがあって、そっちとは事情が違うんだろうけど」

 尚も続けられた独白は、いつの間にかこちらの番へと変わろうとしていた。押し黙り、こちらを見返してくる。

「同じ、とか思わないで」

 ありったけの敵愾心を込めた目を返す。

「私はアンタを認めない。なにがあっても」

 機能を停止していた思考回路が再び動き出すのを感じる。目の前の相手は単に自分を懐柔しようとしているだけだ。今後の仕事を円滑に進めようとしての考えだろう。ならば、その方法は他に幾らでもある。

「アンタはアンタで勝手にやって。私は干渉する気ない。だからアンタも干渉しないで」

 返事を聞かずに立ち上がり、エントランスの方へ歩き出す。背後から聞こえてくる声はない。この沈黙は了承だと受け取る。
 過去にどんな事を行なっていたかも分からないような野良魔術師と手を組むくらいなら、ひとりで動いて死んだ方がマシ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...