キュウ番目の◯◯

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《俺のどこに惚れたんだが?》

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 俺がフェイスタオルを首に下げた状態で言い放つと唯センコーがにこっと笑んでいた。「僕が乾かすよっ。結構上手いんだよ、僕?」
「い、いいですよっ。一人でできますっ!」
「まぁまぁ良いからっ。ほらっ、かがんでっ!」
 さすがに屈むのは辛いので俺はリビング兼自室に移動してベッドで髪の毛を乾かしてもらっていた。さすがは看護の先生なのか知らぬが、髪の毛を乾かすのが上手い。まるで美容院に行っているかのようだった。
 唯センコーが自信ありげに放つ。「上手でしょ? まぁ、患者さんとかにも上手だねぇ~って言われるからね」
「た、確かに上手ですね……。ていうか、せんせーっていくつですか? というか、どういう経緯で都立看護に就職したんです?」
 すると唯センコーは少し考え込んだかと思えば「今年で三十五にはなるなぁ……」などと言うではないか。さ、三十五っ!?
 三十五歳でメイド服が似合うってどういうことだと俺は天変地異を覚えた。そんな俺に唯センコーは話を続ける。
「都立看護に来たのは三年前だね。その前は現場、というか都立の病院に居たよ。まぁ、そこから都立看護に来た理由はあまり言いたくないけど……」
「もしかして、付き合っていた彼氏に二股掛けられて、挙句の果てには女の方に取られたとか?」
 唯センコーが俺の髪を急に引っ張った。図星かとおもって、俺はまぁ……などと言い放つ。「男に純愛なんて求めちゃいけませんよ、せんせー。男なんて穴さえあれば誰だって勃起しますから。まっ、せんせーが魅惑的だから余計に、ですよ」
「……君が貶しているってことがよくわかったよ。で、でもっ、家族とかには純愛とか求めても良いんじゃないのっ?」
「……家族、ねぇ~」
 ドライヤーの音が響かなくなった。どうやら俺の黒い髪が乾かし終えたようだ。俺は唯センコーに礼をすると、味噌汁やら焼きサバやらを温めてふと家族のことを思う。家族に純愛を求める、かぁ……。
「俺はそこまで求めませんね。別に変なしがらみがなければ、俺は家族なんていらない」
「えっ、そ、そうなの!? で、でも両親を養いたいとか言ってたじゃんっ」
「嘘ではないですよ。俺の仮の両親はもう、認知症が入っているので誰が看るんだってなって、それでどうしてか他人扱いであった俺が看ることになっただけです。養ってもらった恩返しだって、それだけ。ただ、それだけです」
「……綾野くん」
「ふふっ。今度はちゃんと名字言えましたね?」
「う、……うん」
 焼きサバと味噌汁が温められた。俺は不揃いのお椀や皿に味噌汁やらサバを乗せて、ご飯も乗せた。唯センコーにはちゃんとしたお椀を差し上げた。そういえば箸も一善しかない。俺は割りばしかな。
 唯センコーが不揃いのお椀や皿を見て傾げる。「……彼女とかと一緒に食べたりとかしないの?」
 俺は塩サバを食んで白米を食べて咀嚼して飲み込んだ。「俺の家に彼女……彼女? というか、そういう人を連れ込んだことはありません。いつもはホテルです。それで直帰するだけです」
「ふ、ふ~ん……!」
 どうしてか俺の発言に唯センコーがお気に召した様子であった。俺はどうしてだろうかと首を捻っている。そこでふと自分の間違いに気が付いた。
 自分がまるで唯センコーがこういうのが初めてだと言っているようなものだと正直に話してしまったのではないかと俺は発言を顧みる。
(や、やばいっ……。脳内フラッシュ暗算でスマートに答えれば良かった……)
 そんな俺に唯センコーは嬉しそうな顔をして話しかけたんだ。「ねぇ、綾野くんっ。今日、眼鏡屋さんに行こうっ!」
「えっ、今日ですか? なんで急に?」
 あどけない顔立ちで微笑んだ唯センコーは俺に向けてにこっと笑うのだ。「恋人記念の眼鏡を買いたいなっ。あとはお皿とか箸とか買いたいしっ! それとおうちデートした記念日にもしたいし……」
 唯センコーがにやにやしながら俺へ話しかけてくる。俺がどうしようもないクズであるというのに、どこに惚れたんだろうこの人は……、な~んてね。(第一章、出会い編、完)
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