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第三章 あのとき、誰といた?
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第三章 あのとき、誰といた?
第一話
昼休み、ひよりは購買でパンを買ってから、廊下の窓際に腰を下ろしていた。
外は晴れているのに風が強くて、なんとなく落ち着かない天気。
そんな中、反対側の廊下を歩いていたひとりの男子に、目が留まった。
「……あ、真嶋 響?」
軽い調子で声をかけると、彼は一瞬きょとんとした顔をした。
でもすぐに立ち止まり、小さく会釈を返してくる。
「うん、佐倉…さん……だよね」
「そうそう! 覚えてくれてたんだ、中学一年のときクラス一緒だったね」
ひよりはニコッと笑って、袋からパンをひとつ取り出した。
「佑真と仲いいよね? 真嶋くん」
「うん、高校からだけど、仲良くしてもらってる」
「あたしは佑真とは幼稚園からずっと一緒なんだよ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
笑顔のひよりが、一呼吸おいて言う。
「ねえ、ねえ、真嶋くん、ちょっと聞きたいんだけど」
「え? なに?」
「この前の放課後……水曜日だったかな? 夕方、駅の近くのスーパーの前にいたよね?」
「……スーパー?」
響の表情がほんのわずかに固くなるのを、ひよりは見逃さなかった。
「うん。私、カラオケの帰りに友達と通ったんだけど、
そのとき、向かいの歩道に真嶋くんが立ってたの、見た気がして」
「……いや……俺、水曜は寄り道してない。まっすぐ帰ったはずだけど……」
「あれ? でも、めっちゃ似てたよ? 制服の感じもバッグも一緒で、ちょっとだけこっち見て……」
「……」
「……もしかして、双子?」
「いないよ、そんなの……」
響の声が、ほんの少し掠れていた。
笑うでもなく、否定するでもなく、なにか言い淀むような間。
そしてほんの少しだけ、視線が宙を彷徨った。
——あ。
ひよりは直感的に感じ取った。
この人、何かを知ってる。
あるいは、何かに“心当たり”がある。
「……へぇ、そっか。じゃあ人違いかもね。ごめんごめん!」
ひよりは軽く手を振って、あっさり話を打ち切った。
それ以上は踏み込まない。それが、彼女なりの“気づかい”だった。
でもそのまま廊下を歩きながら、心の中ではこう呟いていた。
——やっぱり、おかしいよ。
「え~? マジで? また白鷺さん?」
「うん、見た。今度は生徒会の風間さんと一緒に帰ってたって」
「え~~もう無理じゃん、あの子絶対ビッチだって」
「ていうか、股ゆるすぎない? 清楚系の皮かぶった地雷じゃん?」
「草草草~~」
昼休み。女子数人が集まった教室の片隅は、いつも通りにぎやかだった。
パンをかじりながら、ひよりは斜め後ろの席で繰り広げられるその会話に、片耳だけ傾けていた。
「だってさ~、体育館裏、新庄くんの時もそうだったらしいし」
「え、それガチ?」
「うん、二組のミホが見たって。なんかきょろきょろしながら二人出てきたって話」
「うわ~もう完全にやってるじゃん」
ひよりは笑うわけでもなく、かといって否定するでもなく、黙ってジュースを飲んでいた。
たしかに——自分も見た。
あのとき、白鷺さんがカラオケ店に入っていくのを。
しかも、相手はまた違う男子だった。
でも、それをそのまま“ビッチ”だの“淫売”だのと呼ぶのは、どこか違う気がした。
むしろ、白鷺さんの方が無理やり近づかせてるようにさえ見えた。
男の子たちは確かに嬉しそうだった。誇らしげだった。
だけど——そのあと、どこかぼんやりした顔をしてることも多かった。
「なんかさ……」
ひよりがぽつりと呟くと、友達のひとりが顔を上げた。
「ん?」
「最近、この学校、ちょっと変じゃない?」
「変?」
「んー……言葉にしにくいけど……空気?」
友達は笑った。
「何それ、風邪?」
「ちがうってば~……なんか、誰かの顔がちょっとずつ違ってる気がするっていうか……」
「え~なに怖~い。ひよりホラー映画の観すぎ~~」
「……だといいけどね」
ひよりは笑ってみせたけど、
胸の奥には、うまく言葉にならない重みが残っていた。
この学校には今、なにかがいる。
そんな気配だけが、静かに、じわじわと広がっていた。
第二話
「ねえ、最近さ……北沢くん、ちょっと変じゃない?」
そう言ったのは昼休み、購買帰りの廊下。ひよりの後ろを歩いていた二年生の女子たちだった。
「なんかさ、前まで敬語だったのに、いきなり“うるせえ”とか言ってんの聞いた」
「わかる~。この前、三組の子にガン飛ばしてたって」
「北沢くんって、あんなキャラだったっけ?」
ひよりは振り返らなかったけれど、内心「またか」と思っていた。
最近、似たような話を何度も聞いていたからだ。
たとえば——
「昨日、駅前の茶店の前でさ、看板蹴り飛ばして逃げたやつ見たって言ってる人いたよ」
「マジ? 器物損壊やん」
「それがさ、その“蹴ったやつ”、制服姿で、“多分、北沢くんだった”って」
「うわ……なんかもう、完全にスイッチ入ってるね……」
ある日はそんな話。
別の日には、こんな会話もあった。
「プリント頼んだだけで“自分でやれよ”とか言われたって、川村が泣いてた」
「えー! 川村と北沢くんって、前まですっごく仲良かったじゃん」
「そうそう、なんか……目も怖かったって」
「は? えぐくない? 前までめちゃくちゃ優しかったのに……」
「ほんと、なんか別人みたい……」
ひよりは教室の自席に戻りながら、ふうっと小さく息を吐いた。
“別人みたい”——
その言葉が、耳に引っかかって離れなかった。
北沢くんといえば、地味で、真面目で、物腰やわらかで、
その“普通さ”が逆に女子から安心感あるって言われてた男子だったはずだ。
なのに、今は……
カラオケで白鷺さんと一緒に入っていったときのあの顔。
とくにかわったとこなかった。 こそこそはしてたけど。
あのときのことが頭をよぎる。
(……白鷺ユリと関わった“あと”かわったんだ)
でも、証拠なんてない。
それに、他の男子も“白鷺ユリに近づいた”だけで変になるなんて、そんなのオカルトだ。
(……けど)
ひよりの中で、うまく言葉にならない何かがゆっくりと輪郭を持ち始めていた。
それはまだ、恐怖じゃなかった。
ただの興味——よりもちょっと奥にある、
「目を逸らしちゃいけない気配」だった。
第一話
昼休み、ひよりは購買でパンを買ってから、廊下の窓際に腰を下ろしていた。
外は晴れているのに風が強くて、なんとなく落ち着かない天気。
そんな中、反対側の廊下を歩いていたひとりの男子に、目が留まった。
「……あ、真嶋 響?」
軽い調子で声をかけると、彼は一瞬きょとんとした顔をした。
でもすぐに立ち止まり、小さく会釈を返してくる。
「うん、佐倉…さん……だよね」
「そうそう! 覚えてくれてたんだ、中学一年のときクラス一緒だったね」
ひよりはニコッと笑って、袋からパンをひとつ取り出した。
「佑真と仲いいよね? 真嶋くん」
「うん、高校からだけど、仲良くしてもらってる」
「あたしは佑真とは幼稚園からずっと一緒なんだよ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
笑顔のひよりが、一呼吸おいて言う。
「ねえ、ねえ、真嶋くん、ちょっと聞きたいんだけど」
「え? なに?」
「この前の放課後……水曜日だったかな? 夕方、駅の近くのスーパーの前にいたよね?」
「……スーパー?」
響の表情がほんのわずかに固くなるのを、ひよりは見逃さなかった。
「うん。私、カラオケの帰りに友達と通ったんだけど、
そのとき、向かいの歩道に真嶋くんが立ってたの、見た気がして」
「……いや……俺、水曜は寄り道してない。まっすぐ帰ったはずだけど……」
「あれ? でも、めっちゃ似てたよ? 制服の感じもバッグも一緒で、ちょっとだけこっち見て……」
「……」
「……もしかして、双子?」
「いないよ、そんなの……」
響の声が、ほんの少し掠れていた。
笑うでもなく、否定するでもなく、なにか言い淀むような間。
そしてほんの少しだけ、視線が宙を彷徨った。
——あ。
ひよりは直感的に感じ取った。
この人、何かを知ってる。
あるいは、何かに“心当たり”がある。
「……へぇ、そっか。じゃあ人違いかもね。ごめんごめん!」
ひよりは軽く手を振って、あっさり話を打ち切った。
それ以上は踏み込まない。それが、彼女なりの“気づかい”だった。
でもそのまま廊下を歩きながら、心の中ではこう呟いていた。
——やっぱり、おかしいよ。
「え~? マジで? また白鷺さん?」
「うん、見た。今度は生徒会の風間さんと一緒に帰ってたって」
「え~~もう無理じゃん、あの子絶対ビッチだって」
「ていうか、股ゆるすぎない? 清楚系の皮かぶった地雷じゃん?」
「草草草~~」
昼休み。女子数人が集まった教室の片隅は、いつも通りにぎやかだった。
パンをかじりながら、ひよりは斜め後ろの席で繰り広げられるその会話に、片耳だけ傾けていた。
「だってさ~、体育館裏、新庄くんの時もそうだったらしいし」
「え、それガチ?」
「うん、二組のミホが見たって。なんかきょろきょろしながら二人出てきたって話」
「うわ~もう完全にやってるじゃん」
ひよりは笑うわけでもなく、かといって否定するでもなく、黙ってジュースを飲んでいた。
たしかに——自分も見た。
あのとき、白鷺さんがカラオケ店に入っていくのを。
しかも、相手はまた違う男子だった。
でも、それをそのまま“ビッチ”だの“淫売”だのと呼ぶのは、どこか違う気がした。
むしろ、白鷺さんの方が無理やり近づかせてるようにさえ見えた。
男の子たちは確かに嬉しそうだった。誇らしげだった。
だけど——そのあと、どこかぼんやりした顔をしてることも多かった。
「なんかさ……」
ひよりがぽつりと呟くと、友達のひとりが顔を上げた。
「ん?」
「最近、この学校、ちょっと変じゃない?」
「変?」
「んー……言葉にしにくいけど……空気?」
友達は笑った。
「何それ、風邪?」
「ちがうってば~……なんか、誰かの顔がちょっとずつ違ってる気がするっていうか……」
「え~なに怖~い。ひよりホラー映画の観すぎ~~」
「……だといいけどね」
ひよりは笑ってみせたけど、
胸の奥には、うまく言葉にならない重みが残っていた。
この学校には今、なにかがいる。
そんな気配だけが、静かに、じわじわと広がっていた。
第二話
「ねえ、最近さ……北沢くん、ちょっと変じゃない?」
そう言ったのは昼休み、購買帰りの廊下。ひよりの後ろを歩いていた二年生の女子たちだった。
「なんかさ、前まで敬語だったのに、いきなり“うるせえ”とか言ってんの聞いた」
「わかる~。この前、三組の子にガン飛ばしてたって」
「北沢くんって、あんなキャラだったっけ?」
ひよりは振り返らなかったけれど、内心「またか」と思っていた。
最近、似たような話を何度も聞いていたからだ。
たとえば——
「昨日、駅前の茶店の前でさ、看板蹴り飛ばして逃げたやつ見たって言ってる人いたよ」
「マジ? 器物損壊やん」
「それがさ、その“蹴ったやつ”、制服姿で、“多分、北沢くんだった”って」
「うわ……なんかもう、完全にスイッチ入ってるね……」
ある日はそんな話。
別の日には、こんな会話もあった。
「プリント頼んだだけで“自分でやれよ”とか言われたって、川村が泣いてた」
「えー! 川村と北沢くんって、前まですっごく仲良かったじゃん」
「そうそう、なんか……目も怖かったって」
「は? えぐくない? 前までめちゃくちゃ優しかったのに……」
「ほんと、なんか別人みたい……」
ひよりは教室の自席に戻りながら、ふうっと小さく息を吐いた。
“別人みたい”——
その言葉が、耳に引っかかって離れなかった。
北沢くんといえば、地味で、真面目で、物腰やわらかで、
その“普通さ”が逆に女子から安心感あるって言われてた男子だったはずだ。
なのに、今は……
カラオケで白鷺さんと一緒に入っていったときのあの顔。
とくにかわったとこなかった。 こそこそはしてたけど。
あのときのことが頭をよぎる。
(……白鷺ユリと関わった“あと”かわったんだ)
でも、証拠なんてない。
それに、他の男子も“白鷺ユリに近づいた”だけで変になるなんて、そんなのオカルトだ。
(……けど)
ひよりの中で、うまく言葉にならない何かがゆっくりと輪郭を持ち始めていた。
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ただの興味——よりもちょっと奥にある、
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