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第五章 叫び声
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第五章 叫び声
第一話
放課後間近の午後、教室の空気はどこかざわついていた。
プリントを配る音の中に、突如どこかの教室から叫び声が響いた。
「だから! 俺は見たんだよ! 俺が、俺のこと襲ってきたんだってば!!」
誰かが教室の前方で立ち上がっていた。
響は机から顔を上げる。
「……今、なんて言った?……」
「……襲ってきた? そんなこと言ってねえか」
祐真が低く言った。
その瞬間、二人は目を合わせ、無言のまま立ち上がる。
そしてそのまま廊下へ飛び出した。
隣の隣、二年三組の教室。
教室の前列で、新庄が机を蹴り飛ばすようにして立ち上がっていた。
髪は乱れ、顔は真っ赤。
目は涙で滲んでいて、それでも怒りと恐怖でギラついていた。
「おまえらにはわかんねーよ!!
あれは……ほんとに俺だったんだ!!
同じ顔、同じ制服、同じクセ! でも手には包丁があって……!!」
「は? バカかよ。なんだよそれ、怖い話の読みすぎだろ」
「……おまえ、疲れてんだよ。保健室行けって」
クラスメイトの言葉は、どれも冷たい。
あるいは、現実味のなさへの“拒否”だった。
新庄は両手で頭を掻きむしった。
「違う! 俺はほんとに襲われたんだって……!
包丁持った“俺”に、家の前で……! 俺は死ぬかと思ったんだよ……!」
その場に沈黙が流れた。
そのとき、教室の入り口から声が飛ぶ。
「おい!!」
顔を出したのは、佑真だった。 後ろには響もいる。
二人の姿を見た新庄は、目を見開いて震えながら近づいてくる。
「一ノ瀬?……お前、聞いてくれ! なあ、俺……俺さ、昨日の夜……!」
息も絶え絶えに語る新庄に、響は小さくうなずいた。
「……落ち着け。こっちで、ちゃんと聞くから」
新庄の肩に手を置きながら、
響は内心で、冷たい確信を抱いていた。
——もう、始まってる。
しかも今度は、“包丁を持った分身”だ。
もはや、逃げていられる段階じゃない。
第二話
校門を出ると、まだ空は明るかった。
夏の夕暮れは長く、空の高いところには薄い雲がかかっている。
日差しは傾き始めているが、歩道には白っぽい光が残っていて、照り返しがじんわりと足元を熱くする。
ビルの隙間からこぼれる陽射しが、二人の影を細く引き伸ばしていた。
響と佑真は、言葉少なに並んで歩いていた。
「……今日はさ、マジでヤバかったな」
佑真が、ぽつりと呟いた。
「新庄のやつ……あのまま早退したらしい。 放課後話聞くはずだったのに」
「しかし…あいつが、あんなに取り乱すなんて、初めて見た」
「俺も。……でも、気持ちはわかる」
響は、夕陽に目を細めながら答える。
「“自分に襲われた”なんて話、普通だったら信じてもらえないよな。親にも、先生にも」
「……俺たちは信じてるけどな」
「……ああ。だって、俺たちは“見た”からな」
佑真はうなずいた。
その表情には、数日前の記憶が色濃く滲んでいる。
「駐車場の隅に……“お前”が立ってた。笑ってた」
「……あれは、俺じゃない。 絶対に違う」
響の声が、無意識に震えた。
思い出すたびに、背中に冷たいものが這い上がってくる。
「俺の足音と同じで、顔も、仕草も、完璧だった。でも、どこかがズレてた。
人間の“形”をしてるのに、中身が違う。空っぽな、何か」
「俺、無我夢中で逃げたけど……
正直、お前を置いていくの、怖かったよ」
「いや、“響、逃げろ”って言ってくれたから動けたけど、俺、完全に固まってたから」
「……ありがとな。お前がいたから助かった」
しばし無言のまま、二人は歩き続けた。
「だからさ、新庄の言ってたこと、俺は全部信じるし。あいつ、嘘なんかついてない」
「むしろ、ようやく“他にもいる”ってわかって、少し安心したくらいだ」
佑真が、小さく笑う。
「……学校、おかしくなってきてるよな」
「うん。誰もが“何か”に怯えてる。でも、それを言葉にできない。
教室の空気も……なんか重たい。目が合うたびに、確認してるみたいでさ」
「“本物”かどうかを?」
「たぶん、無意識に。“あれは本当に◯◯なのか”って……そうやって、じわじわ壊れていく気がする」
信号のない交差点に差し掛かる。
夕陽に照らされて、二人の影がアスファルトの先にのびる。
「……あのときの“響”は、まだどこかにいるんだろうな」
「うん。でも、次に会ったら……」
「殺される…かも」
「そうだな……どうする?」
そして二人は、夕闇に包まれていく町のなかを歩き続けた。
背後に気配がないことを、何度も確かめながら。
第一話
放課後間近の午後、教室の空気はどこかざわついていた。
プリントを配る音の中に、突如どこかの教室から叫び声が響いた。
「だから! 俺は見たんだよ! 俺が、俺のこと襲ってきたんだってば!!」
誰かが教室の前方で立ち上がっていた。
響は机から顔を上げる。
「……今、なんて言った?……」
「……襲ってきた? そんなこと言ってねえか」
祐真が低く言った。
その瞬間、二人は目を合わせ、無言のまま立ち上がる。
そしてそのまま廊下へ飛び出した。
隣の隣、二年三組の教室。
教室の前列で、新庄が机を蹴り飛ばすようにして立ち上がっていた。
髪は乱れ、顔は真っ赤。
目は涙で滲んでいて、それでも怒りと恐怖でギラついていた。
「おまえらにはわかんねーよ!!
あれは……ほんとに俺だったんだ!!
同じ顔、同じ制服、同じクセ! でも手には包丁があって……!!」
「は? バカかよ。なんだよそれ、怖い話の読みすぎだろ」
「……おまえ、疲れてんだよ。保健室行けって」
クラスメイトの言葉は、どれも冷たい。
あるいは、現実味のなさへの“拒否”だった。
新庄は両手で頭を掻きむしった。
「違う! 俺はほんとに襲われたんだって……!
包丁持った“俺”に、家の前で……! 俺は死ぬかと思ったんだよ……!」
その場に沈黙が流れた。
そのとき、教室の入り口から声が飛ぶ。
「おい!!」
顔を出したのは、佑真だった。 後ろには響もいる。
二人の姿を見た新庄は、目を見開いて震えながら近づいてくる。
「一ノ瀬?……お前、聞いてくれ! なあ、俺……俺さ、昨日の夜……!」
息も絶え絶えに語る新庄に、響は小さくうなずいた。
「……落ち着け。こっちで、ちゃんと聞くから」
新庄の肩に手を置きながら、
響は内心で、冷たい確信を抱いていた。
——もう、始まってる。
しかも今度は、“包丁を持った分身”だ。
もはや、逃げていられる段階じゃない。
第二話
校門を出ると、まだ空は明るかった。
夏の夕暮れは長く、空の高いところには薄い雲がかかっている。
日差しは傾き始めているが、歩道には白っぽい光が残っていて、照り返しがじんわりと足元を熱くする。
ビルの隙間からこぼれる陽射しが、二人の影を細く引き伸ばしていた。
響と佑真は、言葉少なに並んで歩いていた。
「……今日はさ、マジでヤバかったな」
佑真が、ぽつりと呟いた。
「新庄のやつ……あのまま早退したらしい。 放課後話聞くはずだったのに」
「しかし…あいつが、あんなに取り乱すなんて、初めて見た」
「俺も。……でも、気持ちはわかる」
響は、夕陽に目を細めながら答える。
「“自分に襲われた”なんて話、普通だったら信じてもらえないよな。親にも、先生にも」
「……俺たちは信じてるけどな」
「……ああ。だって、俺たちは“見た”からな」
佑真はうなずいた。
その表情には、数日前の記憶が色濃く滲んでいる。
「駐車場の隅に……“お前”が立ってた。笑ってた」
「……あれは、俺じゃない。 絶対に違う」
響の声が、無意識に震えた。
思い出すたびに、背中に冷たいものが這い上がってくる。
「俺の足音と同じで、顔も、仕草も、完璧だった。でも、どこかがズレてた。
人間の“形”をしてるのに、中身が違う。空っぽな、何か」
「俺、無我夢中で逃げたけど……
正直、お前を置いていくの、怖かったよ」
「いや、“響、逃げろ”って言ってくれたから動けたけど、俺、完全に固まってたから」
「……ありがとな。お前がいたから助かった」
しばし無言のまま、二人は歩き続けた。
「だからさ、新庄の言ってたこと、俺は全部信じるし。あいつ、嘘なんかついてない」
「むしろ、ようやく“他にもいる”ってわかって、少し安心したくらいだ」
佑真が、小さく笑う。
「……学校、おかしくなってきてるよな」
「うん。誰もが“何か”に怯えてる。でも、それを言葉にできない。
教室の空気も……なんか重たい。目が合うたびに、確認してるみたいでさ」
「“本物”かどうかを?」
「たぶん、無意識に。“あれは本当に◯◯なのか”って……そうやって、じわじわ壊れていく気がする」
信号のない交差点に差し掛かる。
夕陽に照らされて、二人の影がアスファルトの先にのびる。
「……あのときの“響”は、まだどこかにいるんだろうな」
「うん。でも、次に会ったら……」
「殺される…かも」
「そうだな……どうする?」
そして二人は、夕闇に包まれていく町のなかを歩き続けた。
背後に気配がないことを、何度も確かめながら。
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