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第二十三章 決行前夜
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第二十三章 決行前夜
第一話
リビングのドアが開いて、響と佑真が帰ってきた。両手にはドラッグストアの袋、そして家電量販店の小さなパッケージ。
「遅かったわね」
ひよりが立ち上がって二人を迎える。「全部、買えたの?」
「いや、スタンガンは売ってくれなかった。さすがに未成年には無理だったよ」
響が苦笑いを浮かべながら答えた。
「代わりにこれ」
佑真が袋から取り出したのは、痴漢撃退用のスプレーだった。手のひらサイズで、ピンク色のキャップがついている。
「それと、これも」
彼はもう一つの袋から、小さな黒いカメラを取り出した。「首から下げて使うアクションカメラ。スマホでも撮るけど、念のための保険」
「あと、これも買った」
響が音の出るキーチェーン型のアラームを掲げて見せる。「引っぱると甲高い音が鳴るやつ。逃げるときに注意を引く用。子ども用だけど、意外とうるさくて効果ありそうだ」
「ふたりとも……ありがとう」
ひよりが小さく微笑む。だがその顔には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「で……いつ行くの? 明日? それとももっと後?」
ひよりの問いに、響が首を横に振った。
「いや。今日だ」
その声には、揺るぎのない決意があった。
「これからすぐ行く。時間をかければ、向こうもそれだけ準備する。罠の数が増えるのはマズい」
「うん、向こうはきっと迷って来ないと思ってる。怖くて足がすくむだろうって。……でも、こっちが予想外の速さで動けば、逆に隙ができる」
「……たしかに」
ひよりは息を飲んだ。
沈黙が一瞬、部屋を支配する。
「じゃあ……あと1時間後に出発でいい?」
ひよりが言った。
「いいぜ。準備は万端だ」
佑真がうなずく。
「もちろん、抜かりなくいく」
駿も口元を引き締める。
それぞれが、胸の奥にある恐怖を押し込みながら、ただ前を見つめていた。
作戦の成否はわからない。
だが、もう後戻りはできない。
第二話
電車でおよそ三十分。さらに徒歩で二十分。
三人がたどり着いたのは、住宅地の外れにぽつんと建つ大きな洋館だった。
「……でけぇな」
駿が、目を見開きながらつぶやく。
「まじかよ……映画に出てくるやつじゃん。こんな家に住んでんのかよ、あの女」
響の声には、警戒と恐怖が滲んでいた。
「金持ちのお嬢様って感じ、イメージ通り……いや、それ以上に怖いな」
佑真がため息をついた。
重厚な鉄の門の横に小さなインターホンがついていた。響が手を伸ばして、チャイムを押す。
……沈黙。無音。
「無視か?」 駿が言いかけたそのとき、ガチャッと門が、音もなく開いた。
「……自動?」
「いや、誰かが開けたんだ」佑真が周囲を見渡す。
しかし、誰の気配もない。
恐る恐る三人は門をくぐった。
静まり返った庭には整然と並ぶ植え込み、踏みしめるたびにわずかに軋む砂利の音。
その向こうに、どっしりとした玄関扉が構えていた。
「行くぞ」響がつぶやき、扉のノブに手をかける。
カチャ。あっさり開いた。
「開いてる……」
「完全に誘ってるだろ、これ」駿が歯を噛みしめるように言う。
「けど、ここまで来て帰るわけにもいかない」
佑真が前を向いたまま応える。「覚悟はできてるんだろ?」
「油断するなよ」
「分かってる」
三人は、重い玄関扉を開け、中へと踏み込んだ。
室内は、薄暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。
電気のスイッチは見当たらない。カーテンも閉じられており、わずかな外光だけが家具の影を照らしていた。
「誰もいない……のか?」
響が前を進みながら声を発した。
「白鷺ユリ! どこにいる! 来てやったぞ!」
駿の声が、静寂に響く。
しかし、返答はない。足音だけが空虚に跳ね返る。
「変だ。絶対罠だと思ってたのに……」
佑真が壁を手で探りながら、部屋をひとつずつ確かめていく。
一つ、また一つと、広大な館の中を巡る三人。
広いリビングには、豪奢な調度品と共に、大理石のテーブル。その上に置かれたワイングラスには、赤い液体がわずかに残っていた。
「これ……ワイン?にしては、やけに……」
響が眉をひそめ、グラスに近づく。
そのときだった。
「おい、こいつら……! 早く来てくれ!!」
佑真の叫びが、廊下の奥から響いた。
「どうした!?」
響と駿が駆け寄ると、佑真が指さしていた先、壁にもたれるようにして倒れていた二人の人影があった。
「……こいつ、風間じゃないか?」駿が恐る恐る顔をのぞき込む。
「いや、こっちは……北沢だ」
響が目を細めながらも言った。
だが、彼らの顔は青白く、骨ばっていて、生気を失っていた。頬はこけ、まるで干からびたように痩せている。
「おい、風間? 北沢……聞こえるか?」
返事はなかった。
響が震える手で風間の口元に手を当てた。そして、目を伏せて――
「……死んでる」
静かに、だが確かに言った。
その場の空気が、重く沈んだ。
あの北沢と風間が……
あれほど執拗に追ってきた二人が、なぜここで――?
三人の背筋に、寒気が走った。
この館は、何かが終わっている場所だ。
そして、何かが始まる場所でもあると、直感した。
第三話
――ピンポーン。
その音に、ひよりは顔を上げた。
静まり返ったリビングに響いたチャイムの音。
ソファに座っていたひよりは、無意識に身をこわばらせる。
「はいはーい」
廊下の奥から軽快な足音が近づき、玄関へ向かう母の声が聞こえた。
扉を開ける前に、インターホンのモニター越しに誰かと話しているようだった。
笑い声まで漏れてくる。
――でも、ひよりは、その言葉の中に聞き慣れた名前を聞いた気がした。
「……ササキ?」
瞬間、背筋が凍った。
ひよりは立ち上がり、叫んだ。
「ママ、ダメッ! 入れちゃダメ!」
けれど、遅かった。
カチャリ。
玄関の扉が開く音がした。
「ひより、先生が来られたわよ~」
明るく言う母の声。
その後ろから――佐々木と花園が、無言で踏み入ってきた。
「ダメだってばッ!!」
ひよりが叫んだ直後だった。
母の首元に、火花が走った。
バチッ!!
聞いたことのない音が、玄関に弾けた。
母が「あっ……」と声を漏らし、その場に倒れる。
「ママ……ッ!!」
土足のまま、佐々木が躊躇なくリビングへと歩を進める。
冷たい目でひよりを見下ろし、ポケットから黒く鈍い金属の器具を取り出した。
「やめ……」
言葉を発する暇もなく、バチッ!!
胸元に走る激痛――いや、痛みを感じる間もなく、視界が崩れた。
花園の手が、ゆっくりと倒れるひよりの肩を支える。
「大丈夫です、すぐに運びます」
「時間がない。 早く車に」
佐々木の冷静な声が遠のく中、ひよりの意識は闇に沈んでいった。
第一話
リビングのドアが開いて、響と佑真が帰ってきた。両手にはドラッグストアの袋、そして家電量販店の小さなパッケージ。
「遅かったわね」
ひよりが立ち上がって二人を迎える。「全部、買えたの?」
「いや、スタンガンは売ってくれなかった。さすがに未成年には無理だったよ」
響が苦笑いを浮かべながら答えた。
「代わりにこれ」
佑真が袋から取り出したのは、痴漢撃退用のスプレーだった。手のひらサイズで、ピンク色のキャップがついている。
「それと、これも」
彼はもう一つの袋から、小さな黒いカメラを取り出した。「首から下げて使うアクションカメラ。スマホでも撮るけど、念のための保険」
「あと、これも買った」
響が音の出るキーチェーン型のアラームを掲げて見せる。「引っぱると甲高い音が鳴るやつ。逃げるときに注意を引く用。子ども用だけど、意外とうるさくて効果ありそうだ」
「ふたりとも……ありがとう」
ひよりが小さく微笑む。だがその顔には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「で……いつ行くの? 明日? それとももっと後?」
ひよりの問いに、響が首を横に振った。
「いや。今日だ」
その声には、揺るぎのない決意があった。
「これからすぐ行く。時間をかければ、向こうもそれだけ準備する。罠の数が増えるのはマズい」
「うん、向こうはきっと迷って来ないと思ってる。怖くて足がすくむだろうって。……でも、こっちが予想外の速さで動けば、逆に隙ができる」
「……たしかに」
ひよりは息を飲んだ。
沈黙が一瞬、部屋を支配する。
「じゃあ……あと1時間後に出発でいい?」
ひよりが言った。
「いいぜ。準備は万端だ」
佑真がうなずく。
「もちろん、抜かりなくいく」
駿も口元を引き締める。
それぞれが、胸の奥にある恐怖を押し込みながら、ただ前を見つめていた。
作戦の成否はわからない。
だが、もう後戻りはできない。
第二話
電車でおよそ三十分。さらに徒歩で二十分。
三人がたどり着いたのは、住宅地の外れにぽつんと建つ大きな洋館だった。
「……でけぇな」
駿が、目を見開きながらつぶやく。
「まじかよ……映画に出てくるやつじゃん。こんな家に住んでんのかよ、あの女」
響の声には、警戒と恐怖が滲んでいた。
「金持ちのお嬢様って感じ、イメージ通り……いや、それ以上に怖いな」
佑真がため息をついた。
重厚な鉄の門の横に小さなインターホンがついていた。響が手を伸ばして、チャイムを押す。
……沈黙。無音。
「無視か?」 駿が言いかけたそのとき、ガチャッと門が、音もなく開いた。
「……自動?」
「いや、誰かが開けたんだ」佑真が周囲を見渡す。
しかし、誰の気配もない。
恐る恐る三人は門をくぐった。
静まり返った庭には整然と並ぶ植え込み、踏みしめるたびにわずかに軋む砂利の音。
その向こうに、どっしりとした玄関扉が構えていた。
「行くぞ」響がつぶやき、扉のノブに手をかける。
カチャ。あっさり開いた。
「開いてる……」
「完全に誘ってるだろ、これ」駿が歯を噛みしめるように言う。
「けど、ここまで来て帰るわけにもいかない」
佑真が前を向いたまま応える。「覚悟はできてるんだろ?」
「油断するなよ」
「分かってる」
三人は、重い玄関扉を開け、中へと踏み込んだ。
室内は、薄暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。
電気のスイッチは見当たらない。カーテンも閉じられており、わずかな外光だけが家具の影を照らしていた。
「誰もいない……のか?」
響が前を進みながら声を発した。
「白鷺ユリ! どこにいる! 来てやったぞ!」
駿の声が、静寂に響く。
しかし、返答はない。足音だけが空虚に跳ね返る。
「変だ。絶対罠だと思ってたのに……」
佑真が壁を手で探りながら、部屋をひとつずつ確かめていく。
一つ、また一つと、広大な館の中を巡る三人。
広いリビングには、豪奢な調度品と共に、大理石のテーブル。その上に置かれたワイングラスには、赤い液体がわずかに残っていた。
「これ……ワイン?にしては、やけに……」
響が眉をひそめ、グラスに近づく。
そのときだった。
「おい、こいつら……! 早く来てくれ!!」
佑真の叫びが、廊下の奥から響いた。
「どうした!?」
響と駿が駆け寄ると、佑真が指さしていた先、壁にもたれるようにして倒れていた二人の人影があった。
「……こいつ、風間じゃないか?」駿が恐る恐る顔をのぞき込む。
「いや、こっちは……北沢だ」
響が目を細めながらも言った。
だが、彼らの顔は青白く、骨ばっていて、生気を失っていた。頬はこけ、まるで干からびたように痩せている。
「おい、風間? 北沢……聞こえるか?」
返事はなかった。
響が震える手で風間の口元に手を当てた。そして、目を伏せて――
「……死んでる」
静かに、だが確かに言った。
その場の空気が、重く沈んだ。
あの北沢と風間が……
あれほど執拗に追ってきた二人が、なぜここで――?
三人の背筋に、寒気が走った。
この館は、何かが終わっている場所だ。
そして、何かが始まる場所でもあると、直感した。
第三話
――ピンポーン。
その音に、ひよりは顔を上げた。
静まり返ったリビングに響いたチャイムの音。
ソファに座っていたひよりは、無意識に身をこわばらせる。
「はいはーい」
廊下の奥から軽快な足音が近づき、玄関へ向かう母の声が聞こえた。
扉を開ける前に、インターホンのモニター越しに誰かと話しているようだった。
笑い声まで漏れてくる。
――でも、ひよりは、その言葉の中に聞き慣れた名前を聞いた気がした。
「……ササキ?」
瞬間、背筋が凍った。
ひよりは立ち上がり、叫んだ。
「ママ、ダメッ! 入れちゃダメ!」
けれど、遅かった。
カチャリ。
玄関の扉が開く音がした。
「ひより、先生が来られたわよ~」
明るく言う母の声。
その後ろから――佐々木と花園が、無言で踏み入ってきた。
「ダメだってばッ!!」
ひよりが叫んだ直後だった。
母の首元に、火花が走った。
バチッ!!
聞いたことのない音が、玄関に弾けた。
母が「あっ……」と声を漏らし、その場に倒れる。
「ママ……ッ!!」
土足のまま、佐々木が躊躇なくリビングへと歩を進める。
冷たい目でひよりを見下ろし、ポケットから黒く鈍い金属の器具を取り出した。
「やめ……」
言葉を発する暇もなく、バチッ!!
胸元に走る激痛――いや、痛みを感じる間もなく、視界が崩れた。
花園の手が、ゆっくりと倒れるひよりの肩を支える。
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