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第二十五章 檻の中の叫び
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第二十五章 檻の中の叫び
部屋の空気は、どこか濁っていた。
換気されていない空間のせいではない。
そこに立っている三人――白鷺ユリ、佐々木、花園――その存在が、空間ごと腐らせていた。
床には、後ろ手に縛られた佐倉ひよりが座っている。
その頬は赤く、涙のあとが乾いていた。
すぐそばには、意識を失った母親が横たわっていた。
「……ねぇ、ママは関係ないでしょ?早く病院に連れてってよ……!」
ひよりの声はかすれ、怒りと恐怖が入り混じっていた。
「佐倉さん、少し黙っててくれる?」
ユリは冷たく、まるで壊れた人形のように微笑んだ。
「白鷺ユリ……あんた、いったい何者なの……? そこにいる先生たち……偽物なんでしょ? 本物は、もう……!」
「本当にあなたって、余計なことばかり話すわね」
ユリはひよりに一歩近づくと、しゃがみ込んだ。
その瞳は覗き込むようでありながら、どこか空っぽだった。
「どうして……どうしてあなたは、いつも私の邪魔をするの? 響くんにも、結城くんにも……あなたは不要なのよ」
「うるさいっ……! あんたが気持ち悪いのよ! あんたなんか……大嫌い! この、バケモノ!」
一瞬、ユリの笑みがぴたりと止まる。
無表情のまま立ち上がり、背を向けた。
「……まあいいわ。もうすぐ真嶋くんたちが来る。あなたには、その“お迎え役”を務めてもらうの。――大事な“餌”としてね」
「なっ……なんですって……! あんた、最低よ……! あたしが黙ってあんたなんかに……!」
「ふふ、吠えるのは自由よ」
ユリは振り返りもせずに言った。
「佐々木、この二人を奥の部屋に。しっかり施錠しておいて」
「はい、ユリ様」
佐々木が無表情で応え、ひよりの腕を乱暴に掴んだ。
「やめて、離して! 触るな、あんたなんかに!」
ひよりが必死に抵抗する。
花園が無言で意識のない母親の脚を引きずり、佐々木とともに奥の部屋へ運ぶ。
「やめろっ、ママに触らないでっ……!」
ひよりの絶叫が、薄暗い部屋に虚しく響きわたった。
ユリはそれを背後に、ゆっくりとワインの入ったグラスを手に取ると、
薄く微笑みながら、赤黒い液体を口に含んだ。
うす暗い部屋。
窓には分厚いカーテンがかけられ、鍵のかかったドアはびくともしない。
その隅で、ひよりは後ろ手で拘束されたまま座っていた。
微かに身じろぎする気配。
倒れていた母親が、ゆっくりと目を開けた。
「……ひより? なにが……あったの……? 痛い……これ、なによ……」
後ろ手に拘束されたまま、首を振って呻く母親。
「ママ……! 大丈夫? 意識が戻ったんだね……!」
ひよりは座ったまま、何とか母の近くまで移動した。
母の首元には、くっきりと赤黒い火傷の痕――スタンガンのあとが残っていた。
ひよりの顔がひきつる。
「ひより……あなたは? 大丈夫なの? 無事……?」
「うん、あたしは平気。……ちょっとショックだったけど、ケガはないよ」
「ここ……どこなの? なんでこんな……」
母親は態勢を起こして、あたりを見回し、不安そうに目を細める。
「ここは……たぶん佐々木先生の家。マンションの一室みたい」
「……先生の家? どうして……?」
「佐々木先生、どうもおかしくなってるみたいなの。クラスの子――白鷺ユリって子がいて……その子に入れあげて、犯罪まがいのことしてるっぽい」
ひよりは本当のこと――ドッペルゲンガーや偽物、異常な状況――を説明しようとしたが、
とても信じてもらえるとは思えず、できる限り現実的な言葉で要約して伝えた。
「花園先生も一緒。ユリさんに騙されてるんだと思う。多分、なんか……洗脳みたいな」
「洗脳? 白鷺さんって、そんな子だったの? どうしてそんなこと……?」
「たぶん、響くんと結城くんのことが好きで……。でも、ふたりがユリさんに興味ないって言ったから、プライド傷ついたんだと思う」
「……なによそれ。独占欲? 高校生のくせにイケメンくんたちまで自分のものにしたいの? 冗談じゃないわね」
ひよりが呆れたように言う。
「今の高校生は、ママの時代とは違うんだって」
「ふふっ……あら、ママだって高校の頃はモテたのよ? 知らないでしょ?」
ひよりは軽く笑いながらも、すぐに真顔に戻る。
「ママ、こんな状況で元気出るのすごいけど……今、マジでヤバい状況なんだよ。わかってる?」
母はふっと息を吐き、傷む体を起こして言った。
「……うん。わかってる。冗談言ってる場合じゃないわね。……どうする?」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
扉の向こうの気配に耳を澄ましながら、ひよりは唇を噛み締めた。
「逃げないと……ママを守らないと……」
その瞳は、怯えながらも、強さを秘めていた。
部屋の空気は、どこか濁っていた。
換気されていない空間のせいではない。
そこに立っている三人――白鷺ユリ、佐々木、花園――その存在が、空間ごと腐らせていた。
床には、後ろ手に縛られた佐倉ひよりが座っている。
その頬は赤く、涙のあとが乾いていた。
すぐそばには、意識を失った母親が横たわっていた。
「……ねぇ、ママは関係ないでしょ?早く病院に連れてってよ……!」
ひよりの声はかすれ、怒りと恐怖が入り混じっていた。
「佐倉さん、少し黙っててくれる?」
ユリは冷たく、まるで壊れた人形のように微笑んだ。
「白鷺ユリ……あんた、いったい何者なの……? そこにいる先生たち……偽物なんでしょ? 本物は、もう……!」
「本当にあなたって、余計なことばかり話すわね」
ユリはひよりに一歩近づくと、しゃがみ込んだ。
その瞳は覗き込むようでありながら、どこか空っぽだった。
「どうして……どうしてあなたは、いつも私の邪魔をするの? 響くんにも、結城くんにも……あなたは不要なのよ」
「うるさいっ……! あんたが気持ち悪いのよ! あんたなんか……大嫌い! この、バケモノ!」
一瞬、ユリの笑みがぴたりと止まる。
無表情のまま立ち上がり、背を向けた。
「……まあいいわ。もうすぐ真嶋くんたちが来る。あなたには、その“お迎え役”を務めてもらうの。――大事な“餌”としてね」
「なっ……なんですって……! あんた、最低よ……! あたしが黙ってあんたなんかに……!」
「ふふ、吠えるのは自由よ」
ユリは振り返りもせずに言った。
「佐々木、この二人を奥の部屋に。しっかり施錠しておいて」
「はい、ユリ様」
佐々木が無表情で応え、ひよりの腕を乱暴に掴んだ。
「やめて、離して! 触るな、あんたなんかに!」
ひよりが必死に抵抗する。
花園が無言で意識のない母親の脚を引きずり、佐々木とともに奥の部屋へ運ぶ。
「やめろっ、ママに触らないでっ……!」
ひよりの絶叫が、薄暗い部屋に虚しく響きわたった。
ユリはそれを背後に、ゆっくりとワインの入ったグラスを手に取ると、
薄く微笑みながら、赤黒い液体を口に含んだ。
うす暗い部屋。
窓には分厚いカーテンがかけられ、鍵のかかったドアはびくともしない。
その隅で、ひよりは後ろ手で拘束されたまま座っていた。
微かに身じろぎする気配。
倒れていた母親が、ゆっくりと目を開けた。
「……ひより? なにが……あったの……? 痛い……これ、なによ……」
後ろ手に拘束されたまま、首を振って呻く母親。
「ママ……! 大丈夫? 意識が戻ったんだね……!」
ひよりは座ったまま、何とか母の近くまで移動した。
母の首元には、くっきりと赤黒い火傷の痕――スタンガンのあとが残っていた。
ひよりの顔がひきつる。
「ひより……あなたは? 大丈夫なの? 無事……?」
「うん、あたしは平気。……ちょっとショックだったけど、ケガはないよ」
「ここ……どこなの? なんでこんな……」
母親は態勢を起こして、あたりを見回し、不安そうに目を細める。
「ここは……たぶん佐々木先生の家。マンションの一室みたい」
「……先生の家? どうして……?」
「佐々木先生、どうもおかしくなってるみたいなの。クラスの子――白鷺ユリって子がいて……その子に入れあげて、犯罪まがいのことしてるっぽい」
ひよりは本当のこと――ドッペルゲンガーや偽物、異常な状況――を説明しようとしたが、
とても信じてもらえるとは思えず、できる限り現実的な言葉で要約して伝えた。
「花園先生も一緒。ユリさんに騙されてるんだと思う。多分、なんか……洗脳みたいな」
「洗脳? 白鷺さんって、そんな子だったの? どうしてそんなこと……?」
「たぶん、響くんと結城くんのことが好きで……。でも、ふたりがユリさんに興味ないって言ったから、プライド傷ついたんだと思う」
「……なによそれ。独占欲? 高校生のくせにイケメンくんたちまで自分のものにしたいの? 冗談じゃないわね」
ひよりが呆れたように言う。
「今の高校生は、ママの時代とは違うんだって」
「ふふっ……あら、ママだって高校の頃はモテたのよ? 知らないでしょ?」
ひよりは軽く笑いながらも、すぐに真顔に戻る。
「ママ、こんな状況で元気出るのすごいけど……今、マジでヤバい状況なんだよ。わかってる?」
母はふっと息を吐き、傷む体を起こして言った。
「……うん。わかってる。冗談言ってる場合じゃないわね。……どうする?」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
扉の向こうの気配に耳を澄ましながら、ひよりは唇を噛み締めた。
「逃げないと……ママを守らないと……」
その瞳は、怯えながらも、強さを秘めていた。
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