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第三十章 最後の決戦
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第三十章 最後の決戦
第一話
廃工場の広い空き地に、二台の原付バイクが静かに停まる。
エンジンが止まり、夜の静けさが周囲を包んだ。
「ここで……間違いなさそうだな」
駿がヘルメットを外し、周囲を見回しながら呟いた。
「うん。こういう場所、映画のクライマックスで必ず出てくるやつ」
佑真が肩を竦めて言う。冗談めいてはいるが、その目は鋭く周囲を警戒している。
「白鷺ユリって、なんかさ……痛い頭してるよな」
「人間じゃないから、センスの“ヤバさ”に気づかないんじゃね?」
囁きあう声に、響は無言のままバイクを降り、工場の建物を見つめていた。
錆びた壁の隙間から、わずかに灯る赤い明かりが漏れている。その揺らぎは炎――ドラム缶の火だろう。
「……気をつけろ。特に後ろな」
響の声が静かに響く。緊張に肌が粟立つ。
「不意打ちはごめんだからな」
駿が返すと、3人はそろって重たい鉄の扉に向かった。
錆にまみれた取っ手に力を込めると、ぎぃ……と耳障りな金属音が響き、やっと体が通れるほどの隙間が開いた。
その奥に広がっていたのは、天井の高い広大な空間だった。
床には埃と破片、古びた工具が散乱し、ところどころにドラム缶が置かれ、その中で赤く火が揺らめいている。
左右の壁際に配置されたそれが、まるで儀式の壇のように空間全体を不気味な雰囲気で染めていた。
「……いた」
響が目を凝らし、指さした先には、ぼんやりと人影が見えた。
柱に縛られた椅子の上で、ぐったりとうなだれているのは――ひよりだ。間違いない。その隣には、彼女の母親もいるようだった。
ふたりとも、まったく動かない――ように見えた。
「まさか……」
佑真が声を絞り出す。生きているのか、それとも……。一瞬、胸が凍りついた。
しかし今は確認するより先に、注意を払うべきことがあった。
誰もいないように見えるが、こんな状況で“本当に無人”などあるはずがない。
どこかにいる。必ず見られている。
誰かが、何かが、この一挙一動を監視している――。
佑真が視線を足元へ向ける。床の片隅に、短く折れた金属の棒が落ちていた。
「……ないよりマシ、か」
しゃがみ込んで拾い上げ、手の中で感触を確かめる。
駿も周囲を探したが、武器になりそうなものは見当たらなかった。
「ま、いっか。俺はガッツリ組み技派だからな」
軽口を叩いてはいるが、口調に浮ついた様子はない。
響はひよりの花柄リュックを前に回し、両腕でぎゅっと抱きかかえた。
彼の目には、警戒と覚悟がにじんでいた。
「……行こう」
その一言に、ふたりが頷く。
足音を忍ばせながら、彼らは囚われた仲間のもとへと、静かに歩を進めた。
薄暗い工場の奥――。
柱に縛られたひよりと、そのすこし離れた隣の柱にうつむく母親。炎に照らされたふたりの顔が近づくにつれてはっきりしてきた。
「……ここまで来たか」
誰かがそう思ったような空気が、辺りの闇から染み出していた。
3人は、ひよりたちの目前でぴたりと足を止めた。
音もなく周囲を見渡す。まだ“気配”がする。絶対に誰かが見ている。
駿がゆっくりとリュックを開き、中から光を反射するサバイバルナイフを取り出した。
迷いのない手つきだった。続いて、佑真も同じようにナイフを取り出す。リュックの奥を探る指先が、わずかに震えているのが見えたが、彼の目は決意に満ちていた。
響も、花柄のバッグの中に手を入れつつ、ちらりとドラム缶の炎の方へ視線を向ける。
不規則に揺れる赤い火――何かが潜んでいそうな気配に、背筋がこわばった。
「……行くぞ」
響の一言で、3人は一気に動いた。
佑真が迷わずひよりのもとに駆け寄り、ナイフでロープに切りかかる。
「佐倉、大丈夫か!?」
佑真の声が少し震えていた。
「……っ」
ひよりはかすかに顔を上げ、目を潤ませながらうなずいた。
駿は隣の母親に声をかける。
「大丈夫ですか!? 今、助けます!」
母親も、息がある。言葉にはならなかったが、何かを伝えようとするように、目で感謝を訴えていた。
「もう少しで……助けますから!」
駿が言うと、彼女は弱々しくも、微笑みに似た表情を浮かべた。
その瞬間だった。
「……!」
背後に、音もなく何かが立った気配。
振り向くと、2人の男が影のように現れた――それぞれの“コピー”、複製体。
駿の顔が一瞬歪む。
「来やがったな、バケモノ……!」
3人が即座に向き直る。
駿は背負っていたリュックを地面に投げ捨て、構えながら叫ぶ。
「真嶋、頼む!」
響はすぐさまひよりの母のロープに再び取りかかった。駿はすでに駆け出しており、目の前の“自分自身”――複製の駿に、全力で突進していった。
佑真はひよりのロープに一瞬手をかけたが、鋭い本能が告げた。
――ここで迷ってる暇はない。
「……しらねぇからな!」
そう捨て台詞のように呟き、ナイフを強く握りしめて、もうひとりの“響”――その複製へ向かって飛び込んだ。
音も光も、不規則に渦巻く。
戦いは、ついに幕を開けた。
第二話
廃工場の空間に、火花のような緊張が弾けた。
駿と“もう一人の駿”が対峙していた。
姿も体格も、癖さえもまったく同じ。柔道経験を持つ者同士の組み手は、単なる殴り合いなどとは別次元の戦いだった。
「チッ……さすがに、こいつ……」
駿が低く吐き捨てる。相手の複製も完全に組み技に対応してきた。
互いの袖をつかみ、足を掛けては外し、崩しては戻す。
本物と偽物――だが、動きは完全に一致していた。まるで鏡と戦っているかのようだった。
一方その頃、佑真はナイフを構え、複製の“響”に不器用ながらも果敢に切りかかっていた。
だが――あっさりかわされた。
「くそっ……!」
体勢を崩し、膝をついたその時、敵の手にもナイフが握られているのが目に入った。
「……!」
心臓がひゅっと縮む。足がすくむ。逃げるには遅すぎた。
目の前にはすでに“それ”が迫っていた。
「――そうだ!」
佑真は叫ぶようにしてリュックに手を突っ込み、小さな金属缶を引きずり出した。
缶の頭に親指をかけ、反射的に噴射した。
ブシャッ!
白く霧のように飛んだスプレーは、至近距離の複製・響の顔面に直撃した。
「ギャアアアアアッ!!」
叫び声を上げ、偽響はその場にうずくまる。
顔を押さえ、のたうちまわるその姿に、佑真はようやく呼吸を取り戻した。
――唐辛子成分入りの催涙スプレー。
痴漢撃退用スプレー。 スタンガンが買えずに代わりに買ったものだが、役に立った
その時、視界の隅で駿の苦戦が目に映る。
駿が、押されていた。お互い決定打が出せない。技をかけても、まるで読まれているかのように外される。
「駿っ!」
佑真は走り出す。しかし――
(……どっちが駿だ!?)
ふたりの駿が絡み合い、床を転げ回っている。見分けがつかない。
「包帯……!」
思わず叫び、左手を確認する。だが、両方が包帯を巻いていた。
「くそっ……!」
そのとき――。
「よし、ひよりも!」
響がやっと母親のロープを切り終え、ひよりの方へ駆け寄ったその瞬間だった。
ゴンッ――!!
頭に、激しい衝撃。視界がぐらりと揺れる。
膝が折れ、床に手をついた響の目に飛び込んできたのは――
「……新庄……?」
そこには、ニヤついた顔で鉄パイプを握る男の姿があった。
――新庄の複製体。
「……っ!」
脳が遅れて状況を理解する。頭から垂れる生ぬるい液体が目に入り、視界が赤黒く滲んだ。
血だ。
「しまった……忘れてた……あいつも……いたんだ……」
複製体は駿や響だけじゃない。
もっといる。もっと潜んでいる。
まるで足元を掬われたような焦りが、響の思考をかき乱す。
(……もう、だめか……)
だがその時、彼の指先は、冷たい感触を握っていた。
袋――。
迷いはなかった。
響は花柄のリュックから、その小分けされた袋のひとつを取り出し、燃えさかるドラム缶の炎の中へと放り投げた。
ゴォッ!!バチッ! ドドン!
激しく火柱が上がる。
一瞬、火の粉と共に、工場内に強烈な白煙が広がり――それが合図だった。
第一話
廃工場の広い空き地に、二台の原付バイクが静かに停まる。
エンジンが止まり、夜の静けさが周囲を包んだ。
「ここで……間違いなさそうだな」
駿がヘルメットを外し、周囲を見回しながら呟いた。
「うん。こういう場所、映画のクライマックスで必ず出てくるやつ」
佑真が肩を竦めて言う。冗談めいてはいるが、その目は鋭く周囲を警戒している。
「白鷺ユリって、なんかさ……痛い頭してるよな」
「人間じゃないから、センスの“ヤバさ”に気づかないんじゃね?」
囁きあう声に、響は無言のままバイクを降り、工場の建物を見つめていた。
錆びた壁の隙間から、わずかに灯る赤い明かりが漏れている。その揺らぎは炎――ドラム缶の火だろう。
「……気をつけろ。特に後ろな」
響の声が静かに響く。緊張に肌が粟立つ。
「不意打ちはごめんだからな」
駿が返すと、3人はそろって重たい鉄の扉に向かった。
錆にまみれた取っ手に力を込めると、ぎぃ……と耳障りな金属音が響き、やっと体が通れるほどの隙間が開いた。
その奥に広がっていたのは、天井の高い広大な空間だった。
床には埃と破片、古びた工具が散乱し、ところどころにドラム缶が置かれ、その中で赤く火が揺らめいている。
左右の壁際に配置されたそれが、まるで儀式の壇のように空間全体を不気味な雰囲気で染めていた。
「……いた」
響が目を凝らし、指さした先には、ぼんやりと人影が見えた。
柱に縛られた椅子の上で、ぐったりとうなだれているのは――ひよりだ。間違いない。その隣には、彼女の母親もいるようだった。
ふたりとも、まったく動かない――ように見えた。
「まさか……」
佑真が声を絞り出す。生きているのか、それとも……。一瞬、胸が凍りついた。
しかし今は確認するより先に、注意を払うべきことがあった。
誰もいないように見えるが、こんな状況で“本当に無人”などあるはずがない。
どこかにいる。必ず見られている。
誰かが、何かが、この一挙一動を監視している――。
佑真が視線を足元へ向ける。床の片隅に、短く折れた金属の棒が落ちていた。
「……ないよりマシ、か」
しゃがみ込んで拾い上げ、手の中で感触を確かめる。
駿も周囲を探したが、武器になりそうなものは見当たらなかった。
「ま、いっか。俺はガッツリ組み技派だからな」
軽口を叩いてはいるが、口調に浮ついた様子はない。
響はひよりの花柄リュックを前に回し、両腕でぎゅっと抱きかかえた。
彼の目には、警戒と覚悟がにじんでいた。
「……行こう」
その一言に、ふたりが頷く。
足音を忍ばせながら、彼らは囚われた仲間のもとへと、静かに歩を進めた。
薄暗い工場の奥――。
柱に縛られたひよりと、そのすこし離れた隣の柱にうつむく母親。炎に照らされたふたりの顔が近づくにつれてはっきりしてきた。
「……ここまで来たか」
誰かがそう思ったような空気が、辺りの闇から染み出していた。
3人は、ひよりたちの目前でぴたりと足を止めた。
音もなく周囲を見渡す。まだ“気配”がする。絶対に誰かが見ている。
駿がゆっくりとリュックを開き、中から光を反射するサバイバルナイフを取り出した。
迷いのない手つきだった。続いて、佑真も同じようにナイフを取り出す。リュックの奥を探る指先が、わずかに震えているのが見えたが、彼の目は決意に満ちていた。
響も、花柄のバッグの中に手を入れつつ、ちらりとドラム缶の炎の方へ視線を向ける。
不規則に揺れる赤い火――何かが潜んでいそうな気配に、背筋がこわばった。
「……行くぞ」
響の一言で、3人は一気に動いた。
佑真が迷わずひよりのもとに駆け寄り、ナイフでロープに切りかかる。
「佐倉、大丈夫か!?」
佑真の声が少し震えていた。
「……っ」
ひよりはかすかに顔を上げ、目を潤ませながらうなずいた。
駿は隣の母親に声をかける。
「大丈夫ですか!? 今、助けます!」
母親も、息がある。言葉にはならなかったが、何かを伝えようとするように、目で感謝を訴えていた。
「もう少しで……助けますから!」
駿が言うと、彼女は弱々しくも、微笑みに似た表情を浮かべた。
その瞬間だった。
「……!」
背後に、音もなく何かが立った気配。
振り向くと、2人の男が影のように現れた――それぞれの“コピー”、複製体。
駿の顔が一瞬歪む。
「来やがったな、バケモノ……!」
3人が即座に向き直る。
駿は背負っていたリュックを地面に投げ捨て、構えながら叫ぶ。
「真嶋、頼む!」
響はすぐさまひよりの母のロープに再び取りかかった。駿はすでに駆け出しており、目の前の“自分自身”――複製の駿に、全力で突進していった。
佑真はひよりのロープに一瞬手をかけたが、鋭い本能が告げた。
――ここで迷ってる暇はない。
「……しらねぇからな!」
そう捨て台詞のように呟き、ナイフを強く握りしめて、もうひとりの“響”――その複製へ向かって飛び込んだ。
音も光も、不規則に渦巻く。
戦いは、ついに幕を開けた。
第二話
廃工場の空間に、火花のような緊張が弾けた。
駿と“もう一人の駿”が対峙していた。
姿も体格も、癖さえもまったく同じ。柔道経験を持つ者同士の組み手は、単なる殴り合いなどとは別次元の戦いだった。
「チッ……さすがに、こいつ……」
駿が低く吐き捨てる。相手の複製も完全に組み技に対応してきた。
互いの袖をつかみ、足を掛けては外し、崩しては戻す。
本物と偽物――だが、動きは完全に一致していた。まるで鏡と戦っているかのようだった。
一方その頃、佑真はナイフを構え、複製の“響”に不器用ながらも果敢に切りかかっていた。
だが――あっさりかわされた。
「くそっ……!」
体勢を崩し、膝をついたその時、敵の手にもナイフが握られているのが目に入った。
「……!」
心臓がひゅっと縮む。足がすくむ。逃げるには遅すぎた。
目の前にはすでに“それ”が迫っていた。
「――そうだ!」
佑真は叫ぶようにしてリュックに手を突っ込み、小さな金属缶を引きずり出した。
缶の頭に親指をかけ、反射的に噴射した。
ブシャッ!
白く霧のように飛んだスプレーは、至近距離の複製・響の顔面に直撃した。
「ギャアアアアアッ!!」
叫び声を上げ、偽響はその場にうずくまる。
顔を押さえ、のたうちまわるその姿に、佑真はようやく呼吸を取り戻した。
――唐辛子成分入りの催涙スプレー。
痴漢撃退用スプレー。 スタンガンが買えずに代わりに買ったものだが、役に立った
その時、視界の隅で駿の苦戦が目に映る。
駿が、押されていた。お互い決定打が出せない。技をかけても、まるで読まれているかのように外される。
「駿っ!」
佑真は走り出す。しかし――
(……どっちが駿だ!?)
ふたりの駿が絡み合い、床を転げ回っている。見分けがつかない。
「包帯……!」
思わず叫び、左手を確認する。だが、両方が包帯を巻いていた。
「くそっ……!」
そのとき――。
「よし、ひよりも!」
響がやっと母親のロープを切り終え、ひよりの方へ駆け寄ったその瞬間だった。
ゴンッ――!!
頭に、激しい衝撃。視界がぐらりと揺れる。
膝が折れ、床に手をついた響の目に飛び込んできたのは――
「……新庄……?」
そこには、ニヤついた顔で鉄パイプを握る男の姿があった。
――新庄の複製体。
「……っ!」
脳が遅れて状況を理解する。頭から垂れる生ぬるい液体が目に入り、視界が赤黒く滲んだ。
血だ。
「しまった……忘れてた……あいつも……いたんだ……」
複製体は駿や響だけじゃない。
もっといる。もっと潜んでいる。
まるで足元を掬われたような焦りが、響の思考をかき乱す。
(……もう、だめか……)
だがその時、彼の指先は、冷たい感触を握っていた。
袋――。
迷いはなかった。
響は花柄のリュックから、その小分けされた袋のひとつを取り出し、燃えさかるドラム缶の炎の中へと放り投げた。
ゴォッ!!バチッ! ドドン!
激しく火柱が上がる。
一瞬、火の粉と共に、工場内に強烈な白煙が広がり――それが合図だった。
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