どっぺるげんがあぁ ―彼女がくれた、もうひとりの自分とその狂気―

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第三十二章 終焉の音

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第三十二章 終焉の音

第一話

 モニターに映し出された心電図の波が、ゆっくりと、しかし確実に振幅を失っていく。
「モニター異常!」「先生を呼んで!」
ナースコールが連打され、複数の看護師が病室へと駆け込む。
医師の声が飛び、処置の準備が叫ばれる。
だがその騒がしさとは裏腹に、彼女の表情は、穏やかだった。

――意識の中。
世界は静かだった。
光が揺らめく白い空間のなかで、由梨はただ微笑んでいた。
「ああ……これでいいの」
心が、ゆっくりと解けていく。
苦しみも、怒りも、痛みも、すべてが溶けて流れていった。
その中心には、“ユリ”の姿があった。
「……もう十分。あなたは、私に希望をくれた」
「私は、あなたの夢のなかで学生になれた」
「制服を着て、教室にいて、誰かと笑い合って……」
「あなたが、いろんな人と出会って、言葉を交わして……」
「あなたが動いてくれたから、私は孤独のなかで耐えられたの」
「……でも、もういいの。もう、いいのよ」
涙が浮かんだ。
それは悲しみではなかった。
感謝と、愛と、救済に近い、あたたかな涙だった。
「ありがとう、ユリ……。私の、親友」

病室のモニターが、ピー、と乾いた電子音を鳴らす。
心電図のラインが完全にフラットになった。
「心拍停止!」「投薬準備!」「CPRを――」
看護師たちが慌ただしく動く。
医師が声を上げ、蘇生措置が始まる。
だがもう、彼女はどこにもいなかった。
白く静かな空間のなか、由梨はそっと目を閉じていた。
笑みを浮かべたまま――もう、何も背負うことのない少女として。


第二話

ユリは、突き刺されたままのナイフにすがるように胸を押さえ、何かを言いかけたが、声にはならなかった。
膝から崩れ落ちる。
その身体は――ゆっくりと、灰のように崩れていった。
「えっ……」と誰かがつぶやいた。
それは雪が風に舞うような、音すら立てない静かな消失だった。
跡には、何も残らなかった。
真っ赤に染まっていた床も、どこか濡れていたはずの空気も、
まるで“存在そのもの”が最初からなかったかのように。

 そして――
駿の目の前で、偽の新庄も灰となって消える。
佐々木も、花園も、
そして事務所にいた用務員や業者の“コピー”たちも、
ドミノが倒れるように次々と消えていく。
「……なんだよ、これ……」佑真が呆然とつぶやく。
「全部……いなくなった?」駿が辺りを見渡す。
「まるで……夢でも見てたみたいだな」響の声には、深い疲労と戸惑いが滲んでいた。

「……あっ!」
響が何かに気づいて走り出す。
「佐倉!」
柱のそばに縛られていたひよりに駆け寄る。
ほぼ同時に、駿も隣の母親のもとへ向かっていた。 

「佐倉、大丈夫か? もう終わったんだ。全部、終わった」

ひよりは涙を滲ませ、かすかに笑った。
「響くん……ここ……どこ……?」
「大丈夫、もう誰にも何もされないよ」
駿は母親の肩に手を添える。
「お母さん、大丈夫ですか?」
彼女はゆっくりと目を開け、驚いたように駿を見つめた。
「……まぁ、駿くん。もっと近くで顔見せてくれてもいいのに。ありがとうね」
その台詞に、思わずひよりが叫ぶ。
「ママ! 今はそういうときじゃないでしょ!」
だが、その声にもどこか笑いが混じっていた。
「ふたりとも元気そうだな……」
佑真が安堵のため息をつく。
「よし、帰ろうぜ」
「とはいえ……この状態じゃ原チャリで三人乗りは無理だな」駿が苦笑する。
「あとで事情を説明するのは面倒だけど……救急車、呼ぼうか」響が提案する。
「うん、わかった。俺が連絡する、119だな」佑真がスマホを取り出した。

 ひよりが小さくしゃくり上げる。
「……泣くなよ、佐倉。もう、終わったから」駿が肩に手を置いて、優しく言う。
「駿くん、おばさん、ちょっと立てないから……肩、貸してくれる?」
「……ママ!」
ひよりの怒気にも似た声に、皆が思わず笑った。
笑い声が、誰もいなくなった工場に響いた。
ドラム缶の火が、静かに、静かに揺れていた。

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