魔族のギーディは裏切らない

アキ

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本編 魔族のギーディは裏切らない

二話

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 旅立ちから一ヶ月が過ぎた。

 討伐隊のメンバーは体力のある二十歳前後が多く、ギーディよりも年上なのは三十四歳の戦士だけだった。最年少は十五歳の弓使い。
 この年上の戦士と、治癒師の女性だけはまともな会話ができたのがギーディにとって数少ない幸運なことだった。回復を担う治癒師に口をきいてもらえなかったらと、幾分不安に思っていたのでまともな会話が成立したときは安堵した。
 とはいえ八人中六人にわかりやすく敵視されている。それも、ともに戦う前衛のほとんどがそうなのだからたまったものではない。
 連携を取ろうにも言うことをきかないうえ、時には邪魔までしてきた。ギーディが魔族だからよかったものの、人間だったら道中最低でも五回は死んだ。
 魔族でよかった。
 ギーディは己の生まれにまた今回も感謝した。



 魔王の情報を集めるべく立ち寄った町で、ギーディたちは宿をとった。

「おい」
 隊長を務める若い剣士──ナナルが、ギーディを睨みつけながら声をかけてきた。宿泊の手続きを終えたらしく、隊員たちはそれぞれ自分の荷物を手に割り振られた部屋に向かっている。
「ああ」
 ギーディも荷物を持ち、ナナルの横を通り過ぎようとしたが、腕をがっちりと掴まれ立ち止まった。背の高いギーディは、自然とナナルを見下ろして、なんだと問いかける。
 ナナルは剣の実力があり、若い女に評判のいい爽やかな容姿をしていた。彼の国ではその腕と外見から、勇者の再来とまで言われたらしい。(ギーディは自国の超級剣士を思い浮かべて、どちらのほうが強いのか非常に気になった。国王曰く「うちの子が負けるわけないし!」だったが、当の本人はやっぱり興味がなさそうな顔をして黙っていたので真実は結局不明のままである)

 そんな勇者ナナルが端正な顔を嫌悪に歪め、ギーディを睨めつけている。町中では爽やか笑顔で道の婦女子たちをなぎ倒していたのに。
「お前は俺と同室だ」
「…そうか」
「こっちだ。行くぞ」
 てっきり嫌われすぎて個室になるかもしれないと思っていたが、経費節約を優先したらしい。気楽な個室がよかったギーディは少しがっかりした。
「今夜は下の食堂と、別の酒場の二手に分かれて情報収集する」
「ああ」
「あんたは俺、ノグリー、ジャム、スーダと酒場だ」
 ノグリーは戦士、ジャムは治癒師、スーダはメンバー内最年少弓使いの名である。ノグリーとジャムはいいとして、ナナルとスーダがいるのは面倒そうだった。スーダは特にギーディを嫌うのだ。
 荷物を置き、腰に挿した剣だけを持つ。
 財布はナナルとノグリーで管理しているので、ギーディは護身用の武器だけ持てばいい。ギーディはこの旅に、貴重品など持ってきていないので余計な荷物も無い。あえて言うなら今持っている剣だが、これさえも国王から今回のために渡されたもので、替えがきく。あとは変質者にならないために服があればそれでよかった。
 準備を終えたギーディを見るナナルの視線は相変わらず冷たく厳しい。
「……いいか、おかしなことはするなよ」
「ああ」
「俺たちが、裏切るような素振りを見逃すと思うなよ」
「そうか」
「……ちっ」
 ギーディの投げやりな返答に苛立つナナルは、ふんと鼻を鳴らして部屋を出た。その後を追いながら、ギーディは肩をすくめる。すでにナナルとのまともな会話をやめていたのだが、気に食わないようだ。
 何をしても文句を言うので、人間というのはとても面倒だ。
 それにしても、ナナルの言うとは一体どんなことなのだろうか。ギーディには考えもつかない。人間は想像力が豊かすぎる。



 酒場では町中と周辺地域での様子を、口の軽くなった酔っぱらい相手に聞いていた。
 国やギルドが選んだ人員なのにこんな地道なことからさせるなんてどうかしている、とギーディは思ったが、ハイネも同じ気持ちらしく同意していた。それでもわざわざさせるのはなぜなのか、心底理解できない。自国の若い王も嫌そうな顔をしながらも「伝統」の一言で片付けてしまったが、魔王に傷一つ付けられない伝統を重んじるなんて人間は悠長すぎてゾッとした。
 密偵にさせればいいことを、わざわざ選りすぐった戦力たち自身にさせている。隊員たちは誇らしげにして疑問にしている様子もない。まるで時間を稼いで魔王に力をつけさせているみたいで、バカバカしいことこの上ないのに、だ。

 酒場の酔っぱらいたちは、ギーディたちをただの冒険者だと思っているのにご丁寧にあれやこれやと話してくれた。
 町外れの森で見たことのない魔獣が現れ、それだけでなく有害な霧も発生して森全体に広がり仕事にならない。
 最近、なぜか無性に腹が立ったり怪我をすることが多い。そのせいで町民同士の諍いが多く、誰も彼も異常なほどピリピリしている。
 酔っぱらいたちは口を揃えて「誰かの良くない意思によって操られているに違いない!」と憤っていた。話しを聞くナナルとスーダは同調して憤り、ジャムは怪我人の心配をして、ノグリーは難しい顔で腕を組んでいた。
 横で聞いていたギーディはひとり胸の中だけで「なるほど、おかしなことってそういうことか!」と納得して頷いていた。


 酔っぱらいたちは魔獣討伐をするというナナルたちに、どこか不審そうな目を向けた。ギーディはそれもそうだろうも酒をあおる。
 ノグリーはたくましい体と顔つきなので、ひと目で戦士とわかる。だが、ナナルとジャムとスーダはまだ若く一見弱そうだ。実際のスーダなどは優秀な弓使いで、遠い的はもちろん、姿を目視できないような対象を仕留めてしまう。彼の目と勘は、魔族のギーディにも真似はできない。
 とは言え酒場の酔っぱらいはスーダの武勇なども知らないし、聞いたところで一笑にふすだろう。
 ナナルが火山竜の討伐を成した剣士なのだと言っても、信じてはくれない。ジャムが城ひとつまるごと包んで、中にいる人間全員を治癒できるなんて話しだって、なにひとつ彼らには関係ない。
 きっともう、そういう生き物なのだ。

 ナナルたちは酔っぱらい相手にどうにかして情報を聞き出そうとあれやこれや話しかけているが、彼らが自らの優秀さを語れば語るほど、酔っぱらいたちの目が据わっていくのがわかった。いらついている。自分たちの大きな問題が、突然来た頼んでもいないよそ者に解決されようとしているからだ。
「そこの兄さんはいいがよぉ、そっちの若い坊主たち四人は無理なんじゃないか?」
「そぉだよ、あんたらまだ成人もしてないだろ。むりむり、うちのギルドの力自慢もだめだったんだからよぉ」
 あれ、俺も坊主に入ってない?
 御年二十八歳のギーディは内心驚きで焦った。年相応の顔をしているし、背とわりと高いほうだ。今飲んでいるのもまあまあ強い酒だし、筋肉もあるし……まあ、ローブを着ているのでそこまでわからないのだろうけど。
 酔っぱらいたちは一度言い始めると箍が外れたように、ナナルとスーダとジャム(とギーディ)が信用できないと口々に騒いだ。
 町の人間たちは、先の話しどおりなのか、やたらと気が立っているように見えた。さすがに素知らぬ顔はまずいとギーディが姿勢を正したときだった。
「大体、こんな弱い酒ばっかりちびちび飲んでんだ。そんな奴らになにができんだよ!」
 あまりに理不尽で、おかしな主張が突如叫ばれた。
 それのなにがギーディの内面を引っ掻いたのか。
 本人にもよくわからないが、ギーディは持っていたグラスを拳とともにテーブルへ勢いよく叩きつけた。
 ガン! と店内に重く響いた音に、仲間も、酒場の連中も驚いて静まり返った。
「──飲めればいいのか?」
「な、なに…」
「強い酒を浴びるほど飲めれば、あんたらは俺たちを信用できるんだな?」

 思えば、ギーディは自国を発ってから今まで絶えずストレスに晒され続けていた。復活した魔王が、魔獣に力を与えたせいで戦闘はただでさえ大変なのに、仲間として共に行動する八人に味方はいない。連携を取ろうと、理解を深めようとしたが、近寄るなと何もしないまま拒絶され、うとまれ、殺されかけた。
 そこまでされてもギーディには彼らについていく他なく、ただ、されることに黙って耐えてきた。

 同じテーブルにいる四人の人間は、よく通る声で酔っぱらいと対峙し始めたギーディにあっけにとられている。ぽかんとした顔で、憎き魔族を見ていた。
 ギーディはおもむろに立ち上がり、騒いでいた酔っぱらいの向かいの椅子にわざと乱暴な仕草で腰掛けた。ことさらゆっくり足を組み、かぶっていたフードをばさりと払う。
 そうして、驚いている店内の酔っぱらい全員をぐるりと見回して、挑戦的な笑みを作り、不遜な態度で言い放った。
「俺対あんたら全員で飲み比べだ。俺が負けたら今いる全員の金は俺が出すし、仲間と今すぐ町を出る。ただし、俺が勝ったら情報を教えてもらう。……俺みたいな坊主なんかに負けないんだから、もちろん逃げないよな?」

 酔っぱらいたちはすぐさま怒りで顔を赤らめ、ご丁寧に一人ずつギーディの前に座って飲んだ。酒場の店主も敵なので、酔っぱらいには薄めた酒を渡し、ギーディには原液の酒が渡され、一気飲みすら強要された。
 結論から言うと、ギーディは勝った。
 原液の酒を飲み干したあとも、顔色一つ変えなかった。
 はじめこそ敵意と悪意満々で向かってきた酔っぱらいたちだったが、ひとり、またひとりと床に倒れ、ついには酒場の店主も潰れた。見届人として、下戸の町民ふたりとギーディ以外の四人がこの飲み比べを見ていたが、彼らの顔は勝負が進むにつれどんどん引きつっていった。
 最後に出された、西の大陸で一番度数が高いらしい酒を飲み干してから、ギーディは勝負相手がいないことを確認した。向かいの席にはもはや誰も座らず、周囲には飲みすぎて気分を悪くした馬鹿な酔っぱらいが死屍累々。
「俺の勝ちでいいな?」
「いいいいいいいいですっ!」
「明日の朝、町長のとこに行って話しを聞きたいが、構わないな?」
「もももももちろんです…!」
「じゃあ今、紙に署名してくれ」
「え?!」
「おかしな契約書じゃない。疑うなら、そっちのやつらで確認してくれ」
 萎縮して挙動のおかしい見届人に、町民が情報開示を許可したことの証明──紹介状のようなものを書かせ、ナナルたちに確認させる。全員に不審なものではないと認めさせたあと、ギーディはそれをナナルに持たせた。
 うろたえるナナルを無視して、もう一枚、自分でさらさらと文字を書く。差出人はギーディ、宛先はギルド。今回の飲み代を、ギルドに支払わせる旨、金額で店主自ら記入するように書き添えて、床を這う彼の懐に突っ込んだ。
 呆然とする味方ではない仲間たちに「帰らないのか?」と言うと、四人はようやくハッとして宿へと向かった。



 宿に向かう途中、ノグリーが寄ってきて軽く肩を叩いてきた。部屋へ向かおうとする廊下で「いい飲みっぷりでした」とジャムが不敵に笑いかけてきた。ドアの前で、走ってきたスーダが無言でギーディを睨みながら薬草を手渡してきた。
 ギーディはその全てに無言に対応した。
 あてがわれたベッドに腰掛け、渡された薬草を紙に包む。
 あとから入ってきたナナルがじっと探るようにギーディを見ていたが、ギーディは何も言わなかった。
 馬鹿みたいな飲み比べのせいで時間も遅く、酒の臭いを落としたくとも、今から風呂の用意はしてもらえない。気休め程度にうがいや歯磨きでごまかし、ギーディは寝る支度をした。上着を脱ぎ、足元に置いた鞄に放り投げる。深いため息をつきたい気分だが、そうすると鼻から酒の臭いが抜けるのでぐっと我慢する。
 ──まったく、ほんとうに馬鹿なことをした。
 酒の飲み比べなど、なんの意味もない。
 それこそ、正規の手続きを踏んで町長のもとへ行けばいい。ハイネや国王とさんざん文句を言っていたくせに、まっとうな行動が取れなかったと、ギーディは最低な自己嫌悪に陥っていた。
「……おい」
 ふと、ナナルに声をかけられ、ギーディは顔を上げた。端正な顔を少ししかめたナナルは、まっすぐにギーディを見つめている。美しい湖面のような青い目が、この旅で初めてギーディへまともに向けられていた。
「なんだ」
「…………、……」
「…用は無いのか?」
「……湯と布をもらってくるから、待ってろ」
 ナナルは鋭くギーディを睨みつけ、止める間もなく足早に部屋を出ていった。
 ひとり残されたギーディは、きょとんとした顔で閉まったドアを眺めた。
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