僕と天使の終幕のはじまり、はじまり

緋島礼桜

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第三幕~青年は日常を楽しむ3

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―――マーディル暦2033年、08、19。



 早朝。
 今日もいつものようにパン作りを行っているエスタ。
 傍らにはミラースが鉄板を重そうにしながらも並べている。
 変わらない日常となった朝。 
 だが、エスタは直感していた。
 この平穏は、実は脆いつり橋の上にあるのだということを。
 そして、そう遠くない日に足を踏み外してしまうだろうことを。

「…エスタ!」

 少女の声に正気に戻るエスタ。
 心配そうに見守るミラースは眉を顰めていた。

「どうしたの?」

 どうやら知らないうちに彼の手は止まっていたようだ。
 咄嗟に笑みを浮かべ、エスタは再びパンの成形に取り掛かる。
 
(僕はただ、今この時間が欲しい…どんな罰があってもいい。だからこの時間が出来る限り続いてください…お願いします……神様…!)

 祈りを込め、彼はパンを作り上げていく。





 それから暫くしてルイスが姿を見せた。
 開店から少し経った頃で、昨日よりもかなり遅い。
 レジカウンターにいるエスタは苦笑を浮かべながら彼を迎え入れる。
 今の時間は嵐の前の静けさともいえるくらいに客入りが少ない。
 店内には人影一つなかった。
 笑みを浮かべるルイスは片手を後頭部に回しながらエスタの元へと歩み寄る。

「いやっはっは…ちょっと駐屯所の方で足止め食っちゃって…」

 そう言って彼は早速店に並ぶ商品の一つを手に取ると「貰うぞ」と言ってそれを一口入れた。
 普通ならば常識外れの行動と言えるが、ルイスはエスタの店を無償で手伝っているので、口出しすることはなかった。
 むしろルイスにならばこの店のパンをもっとプレゼントしても良いとさえ、エスタは思っている。
 彼が尋ねてきてから、これまでの生活の中で、最も楽しい、至極楽しいのだから。

「軍も大変そうだね」

 するとルイスは「まあな」と、言って指先を舐める。
 エスタはレジ横に置いてあったグラスを取ると、ピッチャーの水を注いだ。
 と、店内のパンを品定めするかのように見つめているルイスへふと、尋ねた。
「……変な質問だとは思うけどさ…あのさ…ルイスは軍を辞めようとは思わないの?」

 軍は高収入でこそあるが、実際は大変な仕事に違いない。
 もしもルイスが良ければ、軍を辞めて共にパン屋を経営したい。
 昔に二人で描いた夢でもあったのだから。
 それがエスタの考えだった。
 すると、ルイスは思案顔を浮かべながら答えた。

「うーん…もっと早くお前と再会できてたら絶対辞めてた。でも…今は結構重要なポジションにいるから…辞めたくても辞められないってとこだな」
 
 エスタは俯き「そっか」とだけ答える。
 もっと早く出会えていれば。
 その言葉に何故か後悔と罪悪感が過ぎった。
 自然とその拳に力が篭もる。

「…どうして………軍に入っちゃったの…?」

 気がつけばそんなことを口走っていた。
 が、直後に自分の言ったことの過ちに気付き顔を上げるエスタ。
 ルイスの表情は酷く曇っていた。

「何言ってるんだ、お前…?」

 言い寄るルイスはエスタが動くよりも素早く、エスタの胸倉を掴んでいた。

「お前の方こそ…俺がどれだけ探したと思ってんだ!? 何で此処にいるんだよ! どうして…何してんだよ…お前……」
「く、苦しいよ、ルイス…それに…言ってる意味も判らない…」

 と、直後ルイスは動揺しているエスタを手放す。
 ルイスは顔を顰めたまま振り返り、舌打ちを漏らした。

「悪い」

 と、呟きのような言葉。
 何故か感情的になったルイスに未だ困惑しながらも、エスタは頭を左右に振った。







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