71 / 104
第六幕~青年は親友を信じた6
しおりを挟む全ての発端はマーディル暦2015年。
18年前―――エスタの故郷、シューア村での事件から始まった。
『天使の呪い』と呼ばれる禁忌の灰を兵器に流用したことで起きた惨劇はエスタの両親の命を奪い、故郷をも奪う。
そしてエスタ自身も『天使の呪い』を取り込んだことにより、まだ幼子でありながら『天使の呪い』に侵されてしまった。
その後エスタは別の村に住む親戚に引き取られ、そこでルイスと出会った。
パン屋になる夢、永遠の親友である誓いを交わした仲であったが、ルイスの引越しにより二人は離ればなれになった。
手紙のやり取りはそれからも行われていたものの、途絶えたのが今から5年前のことになる。
「―――5年前、エスタは落盤事故で命を落とした、と思う…僕がこの身体で目覚めたときには、彼の思念はほとんど無かったから…でもあれは偶然の事故で、僕が手を掛けたわけじゃない。それは本当だよ」
静かにそう語るエスタ。
しかし、ルイスは特に反応はせず沈黙したままでいる。
もうエスタとして見てくれていないのだろうと、エスタは眉を顰める。
だがそれも無理はないとも、エスタは思っている。
ここにいるのはエスタの身体を奪った、敵対する天使の人格なのだから。
ルイスの知っているエスタは、もうどこにもいなかったのだから。
「…本来の天使なら人間への憎悪が晴れるまで、欺いて破滅させたくて騙して絶望させたくてしょうがないんだろうね…その気持ちが全くなくなったと言えば嘘になるから……」
エスタはおもむろに、正面に立ち続けるルイスを一瞥する。
その表情は決して晴れやかなものではない。
僅かに俯かせ、心痛な顔を見せている。
エスタは再び視線を落とし、話を続けた。
「でも―――それでも僕は『エスタ』になりたかった。生きていた頃のエスタを知ってたから…僕の憎悪なんかちっぽけだと笑い飛ばしちゃうくらいに真っ直ぐで明るくて、とても強い子だったから…」
言葉を力ませ、それが真実だと強く主張するように語るエスタ。
「だから……僕もそうなりたかった。呪いの本能じゃなくて、『エスタ』との約束を守りたいって誓ったんだ」
だが、エスタの言葉はルイスには届いていないようだった。
いつの間にか、ルイスの双眸に感情はなくなってしまっていた。
それに気付いたが、めげずにエスタは語りかけ続け、訴え続ける。
ミラースは二人のそんな様子を静観し、身体を震わせた。
眉を顰め堪えたが、涙が一つ零れ落ちていった。
「本当はさ、記憶喪失の設定も考えてはいたんだ。だけどあの日―――君がやって来たあのとき、酷く動揺した反面…凄く嬉しくなったんだ」
毎日毎日飽きることなく日記を読み返すうちに、エスタはそこに登場する『ルイス』にも、いつしか憧れるようになった。
『エスタ』が最期に会いたいと強く願った親友。
それは、約束とは関係なく彼個人としても、会いたいと願う人物になっていたのだ。
「誤魔化せるわけないって不安もあったのに…話しているうちにそういうの、全部吹き飛んじゃって。会話することが、嬉しくて、楽しくてさ」
そう話しながら、エスタの瞳から涙が零れ落ちる。
堪えようとしても、溢れ出る涙は止まることなくボロボロと落ちていく。
「『エスタに成る』なんて烏滸がましいと思うけど……僕は、ルイスとミラースと一緒だったこの何日間が今までで一番幸せで、一番エスタに成れた気がしたなぁ……」
記録にはない、記憶にもない、三人で過ごした短い期間。
泣いて叫んで疑ったりもしたけど、こんなにも先が見えない明日が楽しみだと思ったことはなかった。
ルイスを、世界でたった一人の親友だと本当に思えた。
ミラースと共に生活して、まるで妹が出来たみたいだった。
本当に、嬉しくて楽しくて仕方なかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる