28 / 28
28:エピローグ
しおりを挟む
わたしとハロルドは街の大通りの一角にある、あの老舗の小洒落たレストランにきていた。ただし本日はケーキの試食ではなくて、本来のヒソヒソ話をする目的でここを利用している。
と言うのも。
あれから数日後、ルーカスたちは屋敷から姿を消してた。
屋敷には遠く及ばないけれど、ハロルドがある程度の金や宝石を工面して渡したと言うし、ルーカスもそれなりの財産を持っていたはずなので路頭に迷う事はないだろう。
「あの屋敷はどうするの?」
「兄さんが残した手紙によると受け取りを放棄したという扱いでいいそうだよ」
「そう……」
「ねぇエーデラはあそこに住みたい?」
「いいえ。わたしはあなたと歩むと決めたんだもの。あの場所に未練なんてないわ」
「そっか。じゃあ売って新居の足しにするかな~」
「あの、前から言おうと思っていたんだけど、わたしは同居でも構わないわよ?」
わたしとルーカスが新居にこだわったのは愛人を密かに囲ったからで、その必要が無いのならば、おじ様もおば様も昔から付き合いのあるお二人だから別に同居で問題ない。
いや、まぁいまはちょっとアレだけど……
でもいつまでも逃げていても改善しないから、ここはさっさと腹を括るべきよね。
「いやぁそれは僕が嫌だなぁ」
「あらどうして」
「だって同居するとこうしてエーデラに触れる機会が減るじゃないか」
そう言うとハロルドは手を下ろしてわたしの太ももに触れた。テーブルの下のことなので、イルマには見えていないが、まあ前後の会話の流れとハロルドの手がテーブルの上から消えた事から、きっと事情は知れているだろう。
えーと、〝陛下の仕事を無駄にしない〟と言う取り決めだから、わたしたちは婚約じゃなくて婚姻済みでいいんだっけと頭を悩ませた。
つまりこの手を叩くか、それとも許すかの話だ。
わたしはあれきりシュナレンベルガー公爵家暮らしだし、結婚式をやるかやらないかの話も同じで、どれもこれも今の状況は宙ぶらりん過ぎる。
「わたしとあなたはいまどういう関係なのかしらね?」
「形式上は婚姻を結んだ夫婦だけど……
そう言うことが聞きたいわけじゃないよね。
そうだなぁ兄さんの事がやっと片付いたし、帰ったら父上とちゃんと話してみるよ。もちろん新居のこともね」
「新居はどっちでもいいわ」
「そんなぁ」
「だって触れ合うのに場所なんて関係ないでしょう」
その証拠とばかりに足に乗せられた彼の手を引いて、強引に体を傾けさせると、その頬にそっと唇を触れさせた。
ハロルドは目を見開いて驚き、そしてすぐにわたしを抱きしめてきた。
年上だからと余裕ぶって見せてみたが実は内心一杯一杯、思わぬ不意打ちに口から「ヒャッ」とみっともない悲鳴が漏れてカァと顔が赤くなる。
ハロルドはくつくつと笑いながら「無理をしなくていいよ」と耳元で囁いた。
※
それからの事は大抵ハロルドの希望通りに決まった。
例えば新居。
場所こそ今のヴェーデナー公爵家の敷地内だが、わたしたち二人が暮らすには十分なほどの小さな屋敷が建てられた。
ただし応接室や執務室は本邸だけだし、食事も晩餐は本邸で共に食べる約束になっている。
遠すぎず、かと言って決して近くはない距離。
一緒に暮らしても良いとは言ってみたが、いまはまだこのくらいの距離感があるのが有難くて、これを提案してくれたハロルドにはとても感謝している。
例えば結婚式。
本音を言えばやりたくなかった結婚式。
だってねぇ。
誰も口に出しては言わないけれど、参列した貴族らは白け顔。しかし公爵家同士の結婚だからと再びお祝いを言うためにしぶしぶ来たって感じだもの。
おまけに『どの面下げて弟と~』と言う侮蔑と好奇が入り混じった視線が向けられていてツラい。
そんな中、やって来たのはグレーテル。その隣に旦那のブレージを連れていた。
「こんばんはエーデラ。仕方がないから来て上げたわよ」
「ごめんねグレーテル」
「謝罪は結構よ。その代わりここで誓いなさい。
今度こそちゃんとするってね!」
グレーテルはことさら大きな声でそう言ったものだから、周りの貴族はギョッと目を見開いて驚いていた。
「もちろんよ。今度は間違わないわ」
「ハロルド君、ルーカスの件は残念だったが、君は間違ったりしないだろうね」
「ええもちろん。なんせ僕は昔からエーデラ一筋、彼女以外に目を向けるなんてありえませんよ」
「それを聞けて良かった」
ブレージとグレーテルはそれを聞いて互いに頷き合うと、わたしたちに背を向けて声を張り上げた。。
どうだ皆? いま聞いた通りだ。そろそろその辛気臭い顔は仕舞って、素直な気持ちでお祝いを言ってはどうだろう」
ソルヴェーグ侯爵家の若夫婦がそうとりなしてくれたお陰で、近くから少しずつ賛同する拍手が広がって行く。
ついに大きな拍手が聞こえてきてわたしは胸が一杯になった。
突然ハロルドの手がわたしの頬に触れた。
「な、なによ?」
驚いて出した声はすっかり涙声。いつの間にかわたしはポロポロと涙を流していたようだ。
ハロルドからハンカチを借りて目頭を押さえていると、
「エーデラは良い友達を持ってて羨ましいよ」
「そうね。一番の親友かも」
「僕らも彼らに負けないくらいの夫婦になりたいなぁ」
「あらここは〝なりたい〟じゃなくて〝なろう〟って言うところだと思うわよ」
「それもそうだね。
一緒になってくれる?」
「はい、あなた」
─ 完 ─
と言うのも。
あれから数日後、ルーカスたちは屋敷から姿を消してた。
屋敷には遠く及ばないけれど、ハロルドがある程度の金や宝石を工面して渡したと言うし、ルーカスもそれなりの財産を持っていたはずなので路頭に迷う事はないだろう。
「あの屋敷はどうするの?」
「兄さんが残した手紙によると受け取りを放棄したという扱いでいいそうだよ」
「そう……」
「ねぇエーデラはあそこに住みたい?」
「いいえ。わたしはあなたと歩むと決めたんだもの。あの場所に未練なんてないわ」
「そっか。じゃあ売って新居の足しにするかな~」
「あの、前から言おうと思っていたんだけど、わたしは同居でも構わないわよ?」
わたしとルーカスが新居にこだわったのは愛人を密かに囲ったからで、その必要が無いのならば、おじ様もおば様も昔から付き合いのあるお二人だから別に同居で問題ない。
いや、まぁいまはちょっとアレだけど……
でもいつまでも逃げていても改善しないから、ここはさっさと腹を括るべきよね。
「いやぁそれは僕が嫌だなぁ」
「あらどうして」
「だって同居するとこうしてエーデラに触れる機会が減るじゃないか」
そう言うとハロルドは手を下ろしてわたしの太ももに触れた。テーブルの下のことなので、イルマには見えていないが、まあ前後の会話の流れとハロルドの手がテーブルの上から消えた事から、きっと事情は知れているだろう。
えーと、〝陛下の仕事を無駄にしない〟と言う取り決めだから、わたしたちは婚約じゃなくて婚姻済みでいいんだっけと頭を悩ませた。
つまりこの手を叩くか、それとも許すかの話だ。
わたしはあれきりシュナレンベルガー公爵家暮らしだし、結婚式をやるかやらないかの話も同じで、どれもこれも今の状況は宙ぶらりん過ぎる。
「わたしとあなたはいまどういう関係なのかしらね?」
「形式上は婚姻を結んだ夫婦だけど……
そう言うことが聞きたいわけじゃないよね。
そうだなぁ兄さんの事がやっと片付いたし、帰ったら父上とちゃんと話してみるよ。もちろん新居のこともね」
「新居はどっちでもいいわ」
「そんなぁ」
「だって触れ合うのに場所なんて関係ないでしょう」
その証拠とばかりに足に乗せられた彼の手を引いて、強引に体を傾けさせると、その頬にそっと唇を触れさせた。
ハロルドは目を見開いて驚き、そしてすぐにわたしを抱きしめてきた。
年上だからと余裕ぶって見せてみたが実は内心一杯一杯、思わぬ不意打ちに口から「ヒャッ」とみっともない悲鳴が漏れてカァと顔が赤くなる。
ハロルドはくつくつと笑いながら「無理をしなくていいよ」と耳元で囁いた。
※
それからの事は大抵ハロルドの希望通りに決まった。
例えば新居。
場所こそ今のヴェーデナー公爵家の敷地内だが、わたしたち二人が暮らすには十分なほどの小さな屋敷が建てられた。
ただし応接室や執務室は本邸だけだし、食事も晩餐は本邸で共に食べる約束になっている。
遠すぎず、かと言って決して近くはない距離。
一緒に暮らしても良いとは言ってみたが、いまはまだこのくらいの距離感があるのが有難くて、これを提案してくれたハロルドにはとても感謝している。
例えば結婚式。
本音を言えばやりたくなかった結婚式。
だってねぇ。
誰も口に出しては言わないけれど、参列した貴族らは白け顔。しかし公爵家同士の結婚だからと再びお祝いを言うためにしぶしぶ来たって感じだもの。
おまけに『どの面下げて弟と~』と言う侮蔑と好奇が入り混じった視線が向けられていてツラい。
そんな中、やって来たのはグレーテル。その隣に旦那のブレージを連れていた。
「こんばんはエーデラ。仕方がないから来て上げたわよ」
「ごめんねグレーテル」
「謝罪は結構よ。その代わりここで誓いなさい。
今度こそちゃんとするってね!」
グレーテルはことさら大きな声でそう言ったものだから、周りの貴族はギョッと目を見開いて驚いていた。
「もちろんよ。今度は間違わないわ」
「ハロルド君、ルーカスの件は残念だったが、君は間違ったりしないだろうね」
「ええもちろん。なんせ僕は昔からエーデラ一筋、彼女以外に目を向けるなんてありえませんよ」
「それを聞けて良かった」
ブレージとグレーテルはそれを聞いて互いに頷き合うと、わたしたちに背を向けて声を張り上げた。。
どうだ皆? いま聞いた通りだ。そろそろその辛気臭い顔は仕舞って、素直な気持ちでお祝いを言ってはどうだろう」
ソルヴェーグ侯爵家の若夫婦がそうとりなしてくれたお陰で、近くから少しずつ賛同する拍手が広がって行く。
ついに大きな拍手が聞こえてきてわたしは胸が一杯になった。
突然ハロルドの手がわたしの頬に触れた。
「な、なによ?」
驚いて出した声はすっかり涙声。いつの間にかわたしはポロポロと涙を流していたようだ。
ハロルドからハンカチを借りて目頭を押さえていると、
「エーデラは良い友達を持ってて羨ましいよ」
「そうね。一番の親友かも」
「僕らも彼らに負けないくらいの夫婦になりたいなぁ」
「あらここは〝なりたい〟じゃなくて〝なろう〟って言うところだと思うわよ」
「それもそうだね。
一緒になってくれる?」
「はい、あなた」
─ 完 ─
164
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
あなたにおすすめの小説
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
殿下、毒殺はお断りいたします
石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。
彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。
容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。
彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。
「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとうございます!
幸せになって欲しいな!
ハロルド的には初恋が実って良かったよね(*¯︶¯♥
そして二人の物語は続く。
最後まで読んで頂きましてありがとうございましたー
ルーカスのエーデラに対しての態度が減点!!
ノッたエーデラも悪いけど、最初はあなたが唆したんだろうがコラー(*`Д´)ノてなった。
ルーカスはとことんマルグリット至上なんですね。
このまま国外追放ざまぁされてもスッキリ…しないかなぁ…。
ひたすらエーデラ邪魔者扱いですものね。
エーデラは全然気にしてないけども(笑)
読んで頂きありがとうございます。
ルーカスはマルグリット至上主義でブレない事をテーマに書いてます。
そのため作者的にはルーカスは書きやすくて好きでした(人間性が~とは言っていない)
はじめまして、面白くて一気に読んでしまいました。
独りよがりで勝手に暴露してしまうとは思っても見ませんでした...!
是非心優しいハロルドと結ばれて貰いたいものです...
これからも応援しております!
はい初めましてー。
読んで頂きありがとうございます。
この二人はアホの子たち(いい意味)なので! 斜め上を心掛けてます。