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01:奮闘
06:褒賞品は奮闘する
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翌朝、エーディトが部屋に入ってきた音が聞こえた。
「うわっ!」
ガチャ、うわっと間髪いれぬ驚きの声。
その声の理由は分かっている。ベッドの上にシーツを被って丸くなり、シクシクと泣く謎の物体が居るから。
「奥様いったいどうしたんですか?」
まさか上手く行かなかったの~とは流石のエーディトも聞いては来ない。
いいえ、私のこの態度を見れば聞くまでもないから聞いてこないのね……
「ふぇぇお姉ちゃん~」
私はシーツから飛び出てエーディトに泣きついた。
「はいはい、お姉ちゃんが聞いてあげますから。
まずは泣きやみましょうね」
※
涙を拭った後、昨日あった話をそのまま伝えたらまた泣けてきた。
夢だったら良いのにと思うが、残念ながら離縁届が手元にあるので、夢ではないことは明白。
「なるほど、一年ですか。
どうやら旦那様は、ご自分の容姿と、ご令嬢らに上がっている噂について、はっきりとご自覚をお持ちのようですね」
「うん、きっとそうなのよ」
ひときわ大きな体は筋肉質で、人形にありがちな〝とぼけた熊さん〟ではなく、〝灰色熊〟。おまけに口下手で愛想と愛嬌もないので〝人食い熊〟などと揶揄される。
戦場では槍を振るい最前線で数多の敵を屠ったというから、敵側がそのようなあだ名で呼び始めたそうだ。そのあだ名は自軍にも伝染して、功を妬む者や心無い者からそのように呼ばれたと聞く。
「だったら答えは簡単です。
奥様がいかに旦那様を愛していらっしゃるかをお伝えすれば良いだけです」
「えっ、その、それはちょっと恥ずかしい、かも?」
確かにフィリベルト様は私の初恋の相手ではあるけれど、それを面と向かって本人に言うのはきつくない?
そもそも女性から愛の告白なんて、平民じゃあるまいしできるわけないじゃない。
「バカですか? 伝えないと一年後には離縁されちゃうんですよ!」
「ほらまだ一年あるし、その焦らなくてもいいかなーとか?」
「ダメです。
こういうのは機会を逃すと言い難くなる一方です。それに昨夜の件、奥様がまだ未通だと言うことはきっとすぐに城中に知れましょう。
そうなれば奥様を軽んじて蔑ろにする輩がきっと現れます」
「うっそれは困るわ」
長年一緒に過ごしたエーディトなら兎も角、この城の者たちにこんな情けない姿を見せる気は毛頭ないし、侮られるのも真っ平御免だ。
「では奥様、チャッチャと立ち直って頑張ってくださいまし!」
「分かったわ」
まずは泣きはらして腫れた目と頬を暖かいタオルで蒸らして戻す。目元が多少見れるようになったらあとは化粧で誤魔化す。
この辺りは信頼する姉に任せれば問題なしね。
私は化粧を施されつつ、鏡の中でエーディトに視線を向けた。
「ああっそうだ。旦那様はお酒を嗜まれないそうよ」
「畏まりました。
じゃあ……、肉ですかね……?」
明らかな失言。
言った本人もそう思ったのか『あっしまった』とばかりに、刷毛を持つ手で口を塞いでいる。そんな姉を睨みつけながら、
「もしかしてディートもフィリベルト様が灰色熊だと言いたいのかしら?」
ひときわ低い声が漏れた。
「いえいえとんでもない。後ほどお城の方で聞いておきますので、その怖い目で睨むのは止めてください」
ここの使用人らと違い、エーディトは優秀だから、きっと今晩は大丈夫だろう。
まぁ部屋に来てくれれば……、だけどね。
タオルと化粧の二段技で何とか見れる顔になり、私は朝食の席へと向かった。
晩餐の時に伝えたので、朝食の席は昨日の移動後の席と同じくフィリベルト様の右前に設置されていた。
教えればできる子と考えを改めておく。
私が席に着いて数分、食堂にフィリベルト様が入ってきた。
相変わらず熊の様に逞しくて素敵だわ。
対するフィリベルト様は、昨日と同じ席に座る私を見て目を見開いて驚いた。あのようなことを言ったのだから、当然食事の席は別だと思っていたに違いない。
だけど。そんなわけあるか!
「おはようございます旦那様」
「ああ、おはようベアトリクス。女性は朝が弱いと思っていたが貴女は早いな」
「それは旦那様の認識が間違っておられますわ。
すべてが旦那様が思われている通りではなく、私の様な珍しい者も中にはいるのですからね」
ちょっとだけ勇気を出して私は他の令嬢とは違うのよアピールをした。
手は震え心臓はバクバクで、私の顔はきっと真っ赤だろう。
「ははは貴女はとても面白いことを言う。早起き程度でそれは大袈裟だろう」
あれ?
もしかして伝わってない……
後ほど「もっとはっきりと言わないと伝わらないでしょう!」と、エーディトにダメだしされた。
むぅ難しい。
さて本日の予定だ。
朝食の後は城に住まう兵を率いて大がかりな訓練を行うらしい。
治安の悪いシュリンゲンジーフ伯爵領に配置されている兵は多いが、今回訓練するのはシュリンゲンジーフ伯爵が雇っている私兵なのだとか。
貴族であれば少なからず私兵は持っているから驚くことではないが、実際に集まった兵を見てその数の多さに驚く。ただし私が驚いたのは数=お給金の方だけどね。
「これほどの兵が必要なのでしょうか?」
「広大な領地を護るのだからこのくらいの数は仕方がない」
フィリベルト様はこの領地を得る際に、子爵位では足りぬ広さと言う理由で伯爵位を拝命している。では伯爵位なら身分相応かと言えば、きっと上から数えた方が早いほどだろう。
ただしそれは領地の広さだけの話。
治安の悪い辺境地と言う点を差っ引けば、とても伯爵が賜る土地とは思えない。むしろ三分割して子爵三人に分ける方が良さそうよね。
「実入りに対して維持費が釣り合っていないように思います。
私兵を減らして国軍をもう少しお借りするわけには参りませんか?」
私兵も国軍もどちらも滞在中の費用はこちら持ちなので変わらない。
しかし私兵であれば治安が回復しても維持しなければならないが、国軍であれば必要な時にだけ借りるから将来的にはお得なのだ。
「悪いが彼らの多くは、俺が軍人の時代に指揮してきた部下たちだ。俺が退役しても慕って俺の元に駆けつけてくれた気の良い奴らばかり。
数を減らせと言われて『分かった』なんて口が裂けても言えんよ」
「申し訳ございません!
知らぬこととは言え失言でした。そもそも女が軍事に口を出す必要もこざいません。ただの女の戯言だと笑って頂ければ幸いです」
「いやすまん。俺の方こそ言い過ぎた。
ただ俺も一端の軍人だったつもりだ、この辺りの事は任せてほしい」
「ええ、もちろん信じておりますよ。
あの日、私の住むクラハト領も同じように護って頂きましたもの」
「懐かしいな。十年ほど前だったか。
そう言えばクラハト領の領主邸には幼い少女が居たな……」
「九年ですわ。
そしてそれはきっと私のことでしょう。
そ、その、恥ずかしながらその時が私の初恋でございました!」
勢いに任せて一気に言ってしまった。
ひぃぃっ耳まで真っ赤の自覚ありだわ!
「はははっベアトリクスは冗談も得意なのだな。久しぶりに笑わせて貰った。
さあ少し下がりなさい。訓練がじきに始まる」
あれぇ? はっきりと伝えたと言うのに冗談だと思われちゃったぞ?
「と、言うことがあったのだけど。どう思う?」
「ここまで旦那様の自己評価が低いとは、これは厄介ですね」
「やっぱりそうなのね」
「ええ、頭っから自分なんて女性の好意の対象に上がる訳がないと思っていらっしゃるようです」
「どうしよう~」
「押しましょう! 押して押して押し倒すのです」
「えーっ私が押して倒れるなんてありえないわ……」
「それでもやるのです! 失敗すれば離縁ですよ!」
「うう、分かったわ頑張る!」
「うわっ!」
ガチャ、うわっと間髪いれぬ驚きの声。
その声の理由は分かっている。ベッドの上にシーツを被って丸くなり、シクシクと泣く謎の物体が居るから。
「奥様いったいどうしたんですか?」
まさか上手く行かなかったの~とは流石のエーディトも聞いては来ない。
いいえ、私のこの態度を見れば聞くまでもないから聞いてこないのね……
「ふぇぇお姉ちゃん~」
私はシーツから飛び出てエーディトに泣きついた。
「はいはい、お姉ちゃんが聞いてあげますから。
まずは泣きやみましょうね」
※
涙を拭った後、昨日あった話をそのまま伝えたらまた泣けてきた。
夢だったら良いのにと思うが、残念ながら離縁届が手元にあるので、夢ではないことは明白。
「なるほど、一年ですか。
どうやら旦那様は、ご自分の容姿と、ご令嬢らに上がっている噂について、はっきりとご自覚をお持ちのようですね」
「うん、きっとそうなのよ」
ひときわ大きな体は筋肉質で、人形にありがちな〝とぼけた熊さん〟ではなく、〝灰色熊〟。おまけに口下手で愛想と愛嬌もないので〝人食い熊〟などと揶揄される。
戦場では槍を振るい最前線で数多の敵を屠ったというから、敵側がそのようなあだ名で呼び始めたそうだ。そのあだ名は自軍にも伝染して、功を妬む者や心無い者からそのように呼ばれたと聞く。
「だったら答えは簡単です。
奥様がいかに旦那様を愛していらっしゃるかをお伝えすれば良いだけです」
「えっ、その、それはちょっと恥ずかしい、かも?」
確かにフィリベルト様は私の初恋の相手ではあるけれど、それを面と向かって本人に言うのはきつくない?
そもそも女性から愛の告白なんて、平民じゃあるまいしできるわけないじゃない。
「バカですか? 伝えないと一年後には離縁されちゃうんですよ!」
「ほらまだ一年あるし、その焦らなくてもいいかなーとか?」
「ダメです。
こういうのは機会を逃すと言い難くなる一方です。それに昨夜の件、奥様がまだ未通だと言うことはきっとすぐに城中に知れましょう。
そうなれば奥様を軽んじて蔑ろにする輩がきっと現れます」
「うっそれは困るわ」
長年一緒に過ごしたエーディトなら兎も角、この城の者たちにこんな情けない姿を見せる気は毛頭ないし、侮られるのも真っ平御免だ。
「では奥様、チャッチャと立ち直って頑張ってくださいまし!」
「分かったわ」
まずは泣きはらして腫れた目と頬を暖かいタオルで蒸らして戻す。目元が多少見れるようになったらあとは化粧で誤魔化す。
この辺りは信頼する姉に任せれば問題なしね。
私は化粧を施されつつ、鏡の中でエーディトに視線を向けた。
「ああっそうだ。旦那様はお酒を嗜まれないそうよ」
「畏まりました。
じゃあ……、肉ですかね……?」
明らかな失言。
言った本人もそう思ったのか『あっしまった』とばかりに、刷毛を持つ手で口を塞いでいる。そんな姉を睨みつけながら、
「もしかしてディートもフィリベルト様が灰色熊だと言いたいのかしら?」
ひときわ低い声が漏れた。
「いえいえとんでもない。後ほどお城の方で聞いておきますので、その怖い目で睨むのは止めてください」
ここの使用人らと違い、エーディトは優秀だから、きっと今晩は大丈夫だろう。
まぁ部屋に来てくれれば……、だけどね。
タオルと化粧の二段技で何とか見れる顔になり、私は朝食の席へと向かった。
晩餐の時に伝えたので、朝食の席は昨日の移動後の席と同じくフィリベルト様の右前に設置されていた。
教えればできる子と考えを改めておく。
私が席に着いて数分、食堂にフィリベルト様が入ってきた。
相変わらず熊の様に逞しくて素敵だわ。
対するフィリベルト様は、昨日と同じ席に座る私を見て目を見開いて驚いた。あのようなことを言ったのだから、当然食事の席は別だと思っていたに違いない。
だけど。そんなわけあるか!
「おはようございます旦那様」
「ああ、おはようベアトリクス。女性は朝が弱いと思っていたが貴女は早いな」
「それは旦那様の認識が間違っておられますわ。
すべてが旦那様が思われている通りではなく、私の様な珍しい者も中にはいるのですからね」
ちょっとだけ勇気を出して私は他の令嬢とは違うのよアピールをした。
手は震え心臓はバクバクで、私の顔はきっと真っ赤だろう。
「ははは貴女はとても面白いことを言う。早起き程度でそれは大袈裟だろう」
あれ?
もしかして伝わってない……
後ほど「もっとはっきりと言わないと伝わらないでしょう!」と、エーディトにダメだしされた。
むぅ難しい。
さて本日の予定だ。
朝食の後は城に住まう兵を率いて大がかりな訓練を行うらしい。
治安の悪いシュリンゲンジーフ伯爵領に配置されている兵は多いが、今回訓練するのはシュリンゲンジーフ伯爵が雇っている私兵なのだとか。
貴族であれば少なからず私兵は持っているから驚くことではないが、実際に集まった兵を見てその数の多さに驚く。ただし私が驚いたのは数=お給金の方だけどね。
「これほどの兵が必要なのでしょうか?」
「広大な領地を護るのだからこのくらいの数は仕方がない」
フィリベルト様はこの領地を得る際に、子爵位では足りぬ広さと言う理由で伯爵位を拝命している。では伯爵位なら身分相応かと言えば、きっと上から数えた方が早いほどだろう。
ただしそれは領地の広さだけの話。
治安の悪い辺境地と言う点を差っ引けば、とても伯爵が賜る土地とは思えない。むしろ三分割して子爵三人に分ける方が良さそうよね。
「実入りに対して維持費が釣り合っていないように思います。
私兵を減らして国軍をもう少しお借りするわけには参りませんか?」
私兵も国軍もどちらも滞在中の費用はこちら持ちなので変わらない。
しかし私兵であれば治安が回復しても維持しなければならないが、国軍であれば必要な時にだけ借りるから将来的にはお得なのだ。
「悪いが彼らの多くは、俺が軍人の時代に指揮してきた部下たちだ。俺が退役しても慕って俺の元に駆けつけてくれた気の良い奴らばかり。
数を減らせと言われて『分かった』なんて口が裂けても言えんよ」
「申し訳ございません!
知らぬこととは言え失言でした。そもそも女が軍事に口を出す必要もこざいません。ただの女の戯言だと笑って頂ければ幸いです」
「いやすまん。俺の方こそ言い過ぎた。
ただ俺も一端の軍人だったつもりだ、この辺りの事は任せてほしい」
「ええ、もちろん信じておりますよ。
あの日、私の住むクラハト領も同じように護って頂きましたもの」
「懐かしいな。十年ほど前だったか。
そう言えばクラハト領の領主邸には幼い少女が居たな……」
「九年ですわ。
そしてそれはきっと私のことでしょう。
そ、その、恥ずかしながらその時が私の初恋でございました!」
勢いに任せて一気に言ってしまった。
ひぃぃっ耳まで真っ赤の自覚ありだわ!
「はははっベアトリクスは冗談も得意なのだな。久しぶりに笑わせて貰った。
さあ少し下がりなさい。訓練がじきに始まる」
あれぇ? はっきりと伝えたと言うのに冗談だと思われちゃったぞ?
「と、言うことがあったのだけど。どう思う?」
「ここまで旦那様の自己評価が低いとは、これは厄介ですね」
「やっぱりそうなのね」
「ええ、頭っから自分なんて女性の好意の対象に上がる訳がないと思っていらっしゃるようです」
「どうしよう~」
「押しましょう! 押して押して押し倒すのです」
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