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03:領地
11:白馬に乗った……②
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私たちは兵士が使っている訓練場に場所を移した。
英雄が決闘をするからと、兵は訓練の手を休めて観客に早変わりしていた。
馬に乗ると膝ほどの高さの柵があり、その柵の左右は馬がゆったり一頭走れる程度しかない。このような細長い造りで一体何をするのか?
「ベアトリクス様は槍の決闘を見るのは初めてですか?」
「ええ。これは一体どうやって使うのかしら」
「まず柵の先端に二人が立ちます。そこから柵を挟んで逆側に走り抜けます」
「つまり先に端に着いた方が勝ちなのかしら?」
「ははは、それでは槍の決闘ではなく乗馬の決闘ですよ」
「あら確かにそうね」
「馬と馬がすれ違う際に槍を振るい、より良い場所を突いた方にポイントが入ります。
それを三度行い、二度ポイントを取った方が勝ちになります」
「突くということは落馬する危険もあるのね」
「念のために槍の先端には布を丸めた物を使いますが、まあ決闘ですからね、多少の怪我はどうしてもありますよ」
槍の先の布には白い粉がふられて突いた場所が分かる。さらに鎧はフルフェイスのフルプレートを使用するそうなので、槍による怪我は無さそうだ。
でも逆に落馬したらその重量で大怪我を負いそうよね。
私は柵の端で準備を始めていたフィリベルト様の所へ駆け寄った。気になったのかペルレも後を着いてくる。
「どうかしたか?」
「フィリベルト様が負ける心配はしていませんから言葉は不要でしょう。
強いて言うなら相手は仮にも公爵家の次男です、怪我をさせないように気持ち手加減してくださいね」
「おかしな心配をする。だがまぁ分かった」
「あ、いえ手加減は不要です。
シュペングラー公爵閣下から許可は頂いております、むしろ後腐れが残らない様に、思いっきりやっちゃってください」
「ペルレ……、あなたねぇ」
「はははっ旦那様は良い薬だと仰っておりましたよ」
さてその言葉を受けたからか、それともハーラルトの腕が低すぎたのか、一合目の打ち合いでハーラルトは馬上で気絶してフィリベルト様の勝利で終わった。
「流石は英雄ですね、相手を落とさず気絶させるなど中々できませんよ」
「世辞はいらん、落馬しなかったのはあの馬のお陰だろう。
それよりも訳を話せ」
「ええ勿論ですとも」
場所がやっと応接室になった。
ここまで来るのにとても長かったように思うのは気のせいではないだろう。
ちなみにハーラルトは別室で、医者を付けて寝かせてある。
さて私とハーラルトはやはり面識はなかった。
今年の収穫祭の会場で、ハーラルトが一方的に私を見初めたのが発端だった。
社交界の場で初めて見た女性、その名を知ろうと周りに聞けば、シュリンゲンジーフ伯爵夫人だと知れた。
夫人だったかと気落ちしたのも束の間の事で、続いて聞かされたのは、私に纏わるよからぬ噂だった。
王都に流れていた私の噂と言えば、褒賞の為に急きょ養子にされた平民の子か、勅命で無理矢理熊の嫁にされた令嬢のどちらかだ。
前者の方はお爺様に火消しして頂いたので、今ではすっかり下火。ならば聞いたのは後者であろう。
勅命で無理矢理。
なるほど確かにハーラルトがそう言ってたなと思い出す。
ハーラルトは良くも悪くも思い込みが激しく、そして正義感が強かった。おまけにその正義を振りかざすための地位もある。
彼は護衛を連れてシュリンゲンジーフ領を目指した。
「ええっ護衛!?」
あれが? 完全武装なのに?
「ええ護衛です」
「おい完全武装の騎兵だぞ、どこの国が攻めてきたかと冷っとしたぞ」
「それは重ね重ね失礼しました。でも若はいつもあんな感じなのです」
「貴方も苦労しているのね」
「恐れ入ります」
決闘の方法までシュペングラー公爵閣下が指示していたことから、公爵閣下は最初からこの一件を知っていたっぽい。
それでも止めなかったのは、
「若は今年で二十歳になられます。旦那様は世間を知る良い機会だと仰っておりました」
「つまり都合よく家が使われたという事かしら?」
「ええ申し訳ございません。
そこでどうぞこちらをお納めください。今回のお詫びにシュペングラー公爵閣下より詫び金をお預かりしておりました」
決闘の内容といい、結果の前に詫び金が準備されている辺り、先ほどのペルレの説明には矛盾がなかった。
「お前は随分と苦労人だな」
「ははは」
ちなみにペルレはシュペングラー公爵家に縁のある子爵家の三男。彼とは同い年だそうで昔からこういう役目が多いのだそうだ。しかしそのお陰で喰いっぱぐれないと思えば、それほど悪くないと思っているらしい。
そうこうやり取りをしている間にハーラルトが意識を取り戻し、エーベルハルトに連れられて応接室にやってきた。
「先ほどは無様なところをお見せした。
英雄フィリベルト殿、あなたの従者から色々と聞いた。噂を鵜呑みして随分と失礼なことを言ってしまったようだ。申し訳ない」
ハーラルトは素直に謝罪を言った。
後ろに控えるエーベルハルトが得意げに口角を上げているから、彼が何か言ったのだろう。何を言ったのかは知らないが、意外な才能にちょっと驚いたわ。
「ベアトリクス嬢、いやシュリンゲンジーフ伯爵夫人。貴女にも謝罪を。
弟君より如何に伯爵閣下を愛しているか聞かされた、うむ、人とは違う趣味ではあるが人の趣味は千差万別。今後も自信を持って欲しい」
「ちょっとぉベルハルト!?」
「ひぃ! し、失礼します!!」
エーベルハルトは脱兎のごとく逃げて行った。
「若、反省しましたか?」
「ああペルレにも迷惑をかけた、済まなかった」
「では納得頂いたようですし、旦那様から策をお借りした対価をお支払頂きます」
「お、おい。あの策はむしろ失敗だろうが」
「それは若に実力が伴っていなかったからでしょう。つまり自業自得、旦那様には一切の責任はございません」
「うっ……。分かった、して対価とはなんだ」
「こちらに旦那様から書面を預かっております。
若にはこっち、シュリンゲンジーフ伯爵閣下にはこちらです」
随分と用意周到だなと呆れる。だが二つしかない公爵を名乗るのだから、このくらいは当たり前かと納得もする。
『英雄フィリベルトよ。
愚息のハーラルトが迷惑をかけたことを謝罪する。
親馬鹿ではあるが、ハーラルトは思い込みが激しい所があるが根は素直だ。言いつけられた仕事は卒なくこなすだろう。
しかし息子だけでは不安もあるのでペルレもつけておく。どうか二人に仕事を与えて、わたしの代わりに鍛えてやって欲しい』
「二人に仕事をさせてくれと書いてあるのだが?」
「こちらの手紙もどうやら同じようだな。
シュリンゲンジーフ伯爵よ、父上がそう仰るのだから従うのみ。これからペルレと共によろしく頼むぞ!」
やたらと偉そうだなとは思うまい。
なんせ彼は国に二つしかない公爵家の令息だ。それに低いながらも彼には王位継承権もあるはず。
「ペルレはそれでいいのか?」
「ええ旦那様のご命令ですし、わたしは若の従者ですから不満はございません」
「そうか……
ベリーはどう思う?」
「これはシュペングラー公爵閣下がお決めになったことですから、私にも異存はございませんわ。それに偶然ですがこの出会いはとても運が良いと思います。
確かシュペングラー公爵領には鉄鉱山があったはずですね?」
「ええ。古い鉱山で採掘量は年々減っておりますがまだまだ現役です」
「鉱山? ああなるほどな」
「突然どうされました」
「いやなに、軍人時代にシュペングラー公爵領に伺ったことがあったのを思い出したのだ。確か鉱山に賊が立てこもり、俺の部隊が討伐した」
なお一度は軍属で赴いた場所なので、フィリベルト様はいつも通り教会に寄付を申し出たそうだが、それは公爵家からやんわりと断られたらしい。
お爺様が王都に行かれてから一ヶ月。きっと急いで行かれたはずなので……
「はは~ん。これは完全に見透かされてますね。
どうやらシュペングラー公爵閣下はその時の恩を返そうと、今回の事を利用されたのではないでしょうか?」
「国に仕える軍人に恩などありはしないのに、律儀なお方だな」
「ですが助かりました。
有難くシュペングラー公爵閣下のお力をお借りいたしましょう」
「そうだな」
きっと最初からそのつもりだろうと考え、頂いた詫び金は二人にそのまま預けた。
炉のノウハウや精鉄の方法などなど、さらに鉱山が古くなって職にあぶれていた公爵領の工夫らが、ハーラルトの名を聞いてこちらに流れてくれた。その結果シュリンゲンジーフの鉱山は思いのほかに早く軌道に乗り始めた。
その陰にはもちろんペルレが居たことは忘れてはならない。
英雄が決闘をするからと、兵は訓練の手を休めて観客に早変わりしていた。
馬に乗ると膝ほどの高さの柵があり、その柵の左右は馬がゆったり一頭走れる程度しかない。このような細長い造りで一体何をするのか?
「ベアトリクス様は槍の決闘を見るのは初めてですか?」
「ええ。これは一体どうやって使うのかしら」
「まず柵の先端に二人が立ちます。そこから柵を挟んで逆側に走り抜けます」
「つまり先に端に着いた方が勝ちなのかしら?」
「ははは、それでは槍の決闘ではなく乗馬の決闘ですよ」
「あら確かにそうね」
「馬と馬がすれ違う際に槍を振るい、より良い場所を突いた方にポイントが入ります。
それを三度行い、二度ポイントを取った方が勝ちになります」
「突くということは落馬する危険もあるのね」
「念のために槍の先端には布を丸めた物を使いますが、まあ決闘ですからね、多少の怪我はどうしてもありますよ」
槍の先の布には白い粉がふられて突いた場所が分かる。さらに鎧はフルフェイスのフルプレートを使用するそうなので、槍による怪我は無さそうだ。
でも逆に落馬したらその重量で大怪我を負いそうよね。
私は柵の端で準備を始めていたフィリベルト様の所へ駆け寄った。気になったのかペルレも後を着いてくる。
「どうかしたか?」
「フィリベルト様が負ける心配はしていませんから言葉は不要でしょう。
強いて言うなら相手は仮にも公爵家の次男です、怪我をさせないように気持ち手加減してくださいね」
「おかしな心配をする。だがまぁ分かった」
「あ、いえ手加減は不要です。
シュペングラー公爵閣下から許可は頂いております、むしろ後腐れが残らない様に、思いっきりやっちゃってください」
「ペルレ……、あなたねぇ」
「はははっ旦那様は良い薬だと仰っておりましたよ」
さてその言葉を受けたからか、それともハーラルトの腕が低すぎたのか、一合目の打ち合いでハーラルトは馬上で気絶してフィリベルト様の勝利で終わった。
「流石は英雄ですね、相手を落とさず気絶させるなど中々できませんよ」
「世辞はいらん、落馬しなかったのはあの馬のお陰だろう。
それよりも訳を話せ」
「ええ勿論ですとも」
場所がやっと応接室になった。
ここまで来るのにとても長かったように思うのは気のせいではないだろう。
ちなみにハーラルトは別室で、医者を付けて寝かせてある。
さて私とハーラルトはやはり面識はなかった。
今年の収穫祭の会場で、ハーラルトが一方的に私を見初めたのが発端だった。
社交界の場で初めて見た女性、その名を知ろうと周りに聞けば、シュリンゲンジーフ伯爵夫人だと知れた。
夫人だったかと気落ちしたのも束の間の事で、続いて聞かされたのは、私に纏わるよからぬ噂だった。
王都に流れていた私の噂と言えば、褒賞の為に急きょ養子にされた平民の子か、勅命で無理矢理熊の嫁にされた令嬢のどちらかだ。
前者の方はお爺様に火消しして頂いたので、今ではすっかり下火。ならば聞いたのは後者であろう。
勅命で無理矢理。
なるほど確かにハーラルトがそう言ってたなと思い出す。
ハーラルトは良くも悪くも思い込みが激しく、そして正義感が強かった。おまけにその正義を振りかざすための地位もある。
彼は護衛を連れてシュリンゲンジーフ領を目指した。
「ええっ護衛!?」
あれが? 完全武装なのに?
「ええ護衛です」
「おい完全武装の騎兵だぞ、どこの国が攻めてきたかと冷っとしたぞ」
「それは重ね重ね失礼しました。でも若はいつもあんな感じなのです」
「貴方も苦労しているのね」
「恐れ入ります」
決闘の方法までシュペングラー公爵閣下が指示していたことから、公爵閣下は最初からこの一件を知っていたっぽい。
それでも止めなかったのは、
「若は今年で二十歳になられます。旦那様は世間を知る良い機会だと仰っておりました」
「つまり都合よく家が使われたという事かしら?」
「ええ申し訳ございません。
そこでどうぞこちらをお納めください。今回のお詫びにシュペングラー公爵閣下より詫び金をお預かりしておりました」
決闘の内容といい、結果の前に詫び金が準備されている辺り、先ほどのペルレの説明には矛盾がなかった。
「お前は随分と苦労人だな」
「ははは」
ちなみにペルレはシュペングラー公爵家に縁のある子爵家の三男。彼とは同い年だそうで昔からこういう役目が多いのだそうだ。しかしそのお陰で喰いっぱぐれないと思えば、それほど悪くないと思っているらしい。
そうこうやり取りをしている間にハーラルトが意識を取り戻し、エーベルハルトに連れられて応接室にやってきた。
「先ほどは無様なところをお見せした。
英雄フィリベルト殿、あなたの従者から色々と聞いた。噂を鵜呑みして随分と失礼なことを言ってしまったようだ。申し訳ない」
ハーラルトは素直に謝罪を言った。
後ろに控えるエーベルハルトが得意げに口角を上げているから、彼が何か言ったのだろう。何を言ったのかは知らないが、意外な才能にちょっと驚いたわ。
「ベアトリクス嬢、いやシュリンゲンジーフ伯爵夫人。貴女にも謝罪を。
弟君より如何に伯爵閣下を愛しているか聞かされた、うむ、人とは違う趣味ではあるが人の趣味は千差万別。今後も自信を持って欲しい」
「ちょっとぉベルハルト!?」
「ひぃ! し、失礼します!!」
エーベルハルトは脱兎のごとく逃げて行った。
「若、反省しましたか?」
「ああペルレにも迷惑をかけた、済まなかった」
「では納得頂いたようですし、旦那様から策をお借りした対価をお支払頂きます」
「お、おい。あの策はむしろ失敗だろうが」
「それは若に実力が伴っていなかったからでしょう。つまり自業自得、旦那様には一切の責任はございません」
「うっ……。分かった、して対価とはなんだ」
「こちらに旦那様から書面を預かっております。
若にはこっち、シュリンゲンジーフ伯爵閣下にはこちらです」
随分と用意周到だなと呆れる。だが二つしかない公爵を名乗るのだから、このくらいは当たり前かと納得もする。
『英雄フィリベルトよ。
愚息のハーラルトが迷惑をかけたことを謝罪する。
親馬鹿ではあるが、ハーラルトは思い込みが激しい所があるが根は素直だ。言いつけられた仕事は卒なくこなすだろう。
しかし息子だけでは不安もあるのでペルレもつけておく。どうか二人に仕事を与えて、わたしの代わりに鍛えてやって欲しい』
「二人に仕事をさせてくれと書いてあるのだが?」
「こちらの手紙もどうやら同じようだな。
シュリンゲンジーフ伯爵よ、父上がそう仰るのだから従うのみ。これからペルレと共によろしく頼むぞ!」
やたらと偉そうだなとは思うまい。
なんせ彼は国に二つしかない公爵家の令息だ。それに低いながらも彼には王位継承権もあるはず。
「ペルレはそれでいいのか?」
「ええ旦那様のご命令ですし、わたしは若の従者ですから不満はございません」
「そうか……
ベリーはどう思う?」
「これはシュペングラー公爵閣下がお決めになったことですから、私にも異存はございませんわ。それに偶然ですがこの出会いはとても運が良いと思います。
確かシュペングラー公爵領には鉄鉱山があったはずですね?」
「ええ。古い鉱山で採掘量は年々減っておりますがまだまだ現役です」
「鉱山? ああなるほどな」
「突然どうされました」
「いやなに、軍人時代にシュペングラー公爵領に伺ったことがあったのを思い出したのだ。確か鉱山に賊が立てこもり、俺の部隊が討伐した」
なお一度は軍属で赴いた場所なので、フィリベルト様はいつも通り教会に寄付を申し出たそうだが、それは公爵家からやんわりと断られたらしい。
お爺様が王都に行かれてから一ヶ月。きっと急いで行かれたはずなので……
「はは~ん。これは完全に見透かされてますね。
どうやらシュペングラー公爵閣下はその時の恩を返そうと、今回の事を利用されたのではないでしょうか?」
「国に仕える軍人に恩などありはしないのに、律儀なお方だな」
「ですが助かりました。
有難くシュペングラー公爵閣下のお力をお借りいたしましょう」
「そうだな」
きっと最初からそのつもりだろうと考え、頂いた詫び金は二人にそのまま預けた。
炉のノウハウや精鉄の方法などなど、さらに鉱山が古くなって職にあぶれていた公爵領の工夫らが、ハーラルトの名を聞いてこちらに流れてくれた。その結果シュリンゲンジーフの鉱山は思いのほかに早く軌道に乗り始めた。
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