フィロソフィア:転生したら俺を好きな娘が全員異常に理屈っぽいんだが。

桜庭ロコ

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第17話:大ジャンヌと「宗教戦争」―過去の教訓が示す道―

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夜の生徒会室に、大ジャンヌが現れた。普段のラフな服装とは違い、きちんとした紺色の上着を着ている。茶色の髪も整えられていて、瞳はどこか遠くを見つめていた。



「お待たせしたね」

いつもの軽い調子とは違う、重みのある声だった。

「ルーシーから話は聞いたよ。歴史に学ぶか...いい発想だ」

大ジャンヌはテーブルの中央に座った。ジーナが立ち上がって一礼すると、他のメンバーも続く。

「今回のマキャベリアの要求について、過去の戦争から何を学べるか話そう」

大ジャンヌの視線は、テーブルの地図に落ちた。緑のフィロソフィア、赤く囲まれたローレンティア地域。

「まずは宗教戦争の背景から」

みんなが身を乗り出す。テルも椅子から背中を離し、集中した。

「マキャベリアの先代王はマルク4世という人物だった。ヘリオス教徒でありながら、とても寛容な王だったんだ」

大ジャンヌの声は落ち着いていて、まるで物語を語るようだった。

「マルク4世は、セレネ教を信じる他国の商人たちが、自分の国で商売することを認めていた。当時としては画期的なことだった」

「セレネ教とヘリオス教って、何が違うんですか?」

テルが思わず質問した。

「ヘリオス教は太陽神を、セレネ教は月の女神を信じる宗教だ。でも教えの中身は『他者を尊重せよ』『真実を求めよ』など、似たようなものなんだよ」

大ジャンヌは苦い笑いを浮かべた。

「それが、マルク4世の死後、息子のパルテ2世が王になると状況が変わった」

窓の外で雲が月を覆い、部屋のランプが明るく感じられる。

「パルテ2世の時代になると、マキャベリア領内でセレネ教徒の商人が排斥され始めた。そして、権利を確認しに行ったセレネ教徒の代表が、不敬罪で処刑されてしまった」

「権利を確認しただけなのに?」

エマが眉をひそめた。青い瞳に怒りが宿る。

「ああ。明らかに不当な処刑だった。これで宗教対立が決定的になったんだ」

大ジャンヌは深いため息をついた。

「エンポリアとヘルメニカが、セレネ教徒保護を理由にマキャベリアに進軍。パルテ2世が応戦して、宗教戦争が始まった。約10年前のことだ」

「フィロソフィアはどう関わったんですか?」

ジーナが冷静に聞いた。

「最初は中立だった。先代のロゴス王が仲裁に努めていたんだ」

大ジャンヌの声に誇りがにじむ。

「でも、その努力も実らず、マキャベリアから侵攻を受けることになった。結局、我が国はiphoエンポリア・ヘルメニカ側で参戦したんだ」

重い沈黙が流れた。窓の外で風が強くなり、木々がざわめく。

「戦争は3年続いた。ロゴス王は軍略の天才で、ローレンティアの良質な鉄で軽量大砲を作り、各部隊に配備することで数の不利を跳ね返した」

大ジャンヌは窓の外を見つめた。遠い戦場を思い出すように。

「フィロソフィア軍はマキャベリアの首都を陥落させる寸前まで迫った。しかし...」

声が震えた。深呼吸して感情を抑える。

「ロゴス王は『兵士を死地に送るなら、まず自分が先頭に立て』という信念で前線で指揮していた。その勇猛さが仇となり、奇襲を受けて戦死してしまった」

エマが小さく息を呑んだ。ミルは目を伏せ、小さな体が震える。

「その時...王を守っていたエミールも、戦死した」

テルは思わず腰の剣に手を触れた。エミールの剣。大ジャンヌが一瞬テルを見つめ、悲しげに微笑む。

「剣だけが、生き延びた兵士によって戻ってきたんだ」

静寂が部屋を包んだ。ランプの灯りだけが静かに揺れている。

「ロゴス王の後を継いだテオリア女王が和平条約を結び、3年続いた戦争を終わらせた。7年前のことだ」

過去の悲劇を乗り越えた強さが、大ジャンヌの声に宿っていた。

「この戦争で、フィロソフィアの成人男性の3割が戦死。若年層では4分の3が死亡した」

ミルが震える。その頭脳は、この数字の重さを瞬時に理解したのだろう。

「人口の男女比が大きく崩れた。学院の男子生徒の少なさも、この戦争の傷跡なんだ」

大ジャンヌは悲しく微笑んだ。

「テオリア女王は4カ国平和の枠組みを提唱し、自ら軍備を半減させて各国に範を示した。エンポリアとヘルメニカは従い、マキャベリアも当初は従っていた。しかし...」

表情が厳しくなる。

「3年前からマキャベリアは軍備拡張を開始。『自衛の権利』を掲げてね。そして今回の要求に至った」

「目的は明白です」

ジーナが地図に近づき、ローレンティアを指した。

「良質な鉄を手に入れ、軽量大砲を製造して軍備強化する計画でしょう」

「そうだね」

大ジャンヌがうなずく。

「パルテ2世は邪悪な人間なんですか?」

テルが質問した。

「いい質問だ。パルテ2世自体は邪悪ではないと聞いている」

大ジャンヌは少し声を落とした。

「しかし、主体性に欠け、側近のヴァーグナー卿の影響下にある。今回も、おそらく彼の入れ知恵だろう」

「つまり、ヴァーグナー卿が実権を握っていると?」

ミルが鋭く聞いた。

「その可能性は高い。彼は宮廷での影響力を増している」

説明が終わると、重い空気が流れた。風がさらに強まり、木々が揺れる音が響く。

「私からの話は以上だ」

大ジャンヌは穏やかに言った。生徒たちを信頼する温かさが表情に浮かぶ。

「侵略を許すべきではありません」

エマが強い口調で言った。

「でも、戦争になれば多くの命が失われます」

ミルが心配そうに言う。

ルーシーが慎重に言葉を選んで話した。

「言葉による解決の可能性を探るべきです」

ジーナはしばらく黙って意見を聞き、窓辺に歩み寄った。

「対立する意見を超えて、より高次の解決策を見つけるべきだ。単純な平和主義でも主戦論でもない、相反する意見を融合させた答えを」

大ジャンヌと目を合わせる。

「大ジャンヌ、あなたはどう思われますか?」

彼女は微笑んで立ち上がった。若い生徒たちの成長を見守る喜びが表情に浮かぶ。

「私の意見は必要ない。君たちの結論を女王陛下に伝えるつもりだ」

「私たちの?」

ジーナが驚く。

「そうだ。女王陛下は若い世代の能力を重視されている。君たちの世代は戦争を直接経験していないからこそ、新しい視点で問題を見ることができる」

優しく微笑む。教育者としての誇りが溢れていた。

「明日の正午までに考えをまとめて報告してほしい」

大ジャンヌは部屋を出て行った。ドアが静かに閉まる。

残された5人は互いを見つめ合った。エマの決意に満ちた瞳、ミルの思慮深い眼差し、ルーシーの冷静な瞳、ジーナの洞察に溢れた目。危機を乗り越えようとする強い意志が宿っていた。

テルは腰のエミールの剣に手を触れた。戦争で命を落とした騎士の剣。その重みが、今夜は特に重く感じられる。この剣は、これからも鞘に収まったままであってほしい。そう願いながら、テルはジーナの声に耳を傾けた。

「さあ、議論を始めよう」

窓の外で月が雲間から現れ、学院の庭を銀色に照らしていた。
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