フィロソフィア:転生したら俺を好きな娘が全員異常に理屈っぽいんだが。

桜庭ロコ

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第37話:テルと『勇気』―二度目の閃光―

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「もう一戦、お願いしたい」

太い声が響いた。会場が静まり返る。マキャベリア側から一人の男が歩み出る。

騎士団長だった。大柄で筋肉質、鋭い眼光を持つ男。無精ひげの顔には傷跡があり、腰の剣も深く傷ついていた。その姿だけで場の空気が変わる。



テルと騎士団長は円の中央へ進んだ。騎士団長は重い甲冑ではなく軽装だった。体はテルより一回り大きく、スピードとパワーを併せ持つアスリートのような体型。その眼光に、テルは経験値の違いを感じた。

「礼!」

二人は互いに一礼する。騎士団長の動作には無駄がなく、長年の訓練で磨かれた動きが見て取れた。

「はじめ!」

審判の声が響く。テルは姿勢を低くし、剣を構えた。

相手は「雷の剣」を一度見ている。ならば剣を交えることなく、すぐに胸を突いてくるはず。テルは全神経を集中させ、剣を少し右に傾けて左胸に隙を作った。カリアのアドバイス通りに。

心臓の鼓動が速くなる。エマからもらった剣帯の感触が腰にあり、それが安心感をくれた。

その時だった。騎士団長の右手が素早く伸び、剣がテルの胸に向かって突き出される。予想していた動きだったが、その速さは想像以上。時間がゆっくり流れるように感じた。

夢で見た光景と重なる。あの時は胸を貫かれて死んだ。でも今度は違う。

テルの体が自然に動いた。左足をすばやく引いて半身になり、間一髪で剣先をかわす。右に傾けていた剣を滑らせるように左側に下ろし、騎士団長の剣に当てた。

何度も繰り返した動きが、体に染み込んでいた。剣と剣が交わる瞬間、青白い光が走る。閃光と共に大きな音が響き、騎士団長の剣が激しく弾かれた。

騎士団長は横に一回転して倒れたが、すぐに体勢を立て直そうとする。テルは体を左に向け、騎士団長の首に剣先を突きつけた。

「やめ!」

審判の声が響く。二人の動きが止まった。

風が強くなり、両国の旗がパタパタと音を立てる。観衆から驚きの声が上がった。

テルは剣を納め、騎士団長は立ち上がって距離を取る。二人は互いに深く礼をした。

フィロソフィアの騎士たちは喜びの声を、マキャベリア側からは動揺の声が聞こえる。

今度こそ、終わった。

フィロソフィアの騎士たちがテルの周りに集まってくる。祝福の言葉がテルを包み込んだ。しかし喜びに浸る間もなく、強い疲労感に襲われた。満ち足りた感情はない。ただ、やり切ったという安堵だけがあった。

———

晩餐会が開かれた。大広間には豪華な食事が並び、両国の騎士たちが歓談していた。しかしテルは食欲もなく、部屋の隅に座っていた。

今日の出来事が頭の中で回る。「雷の剣」の動きは練習通りだった。何度も繰り返した動きが体に染み付いていたからこそ、とっさの判断ができたのだ。

「疲れているようだが?」

隣から声がかかった。振り返ると、マキャベリアの騎士団長が立っていた。彼の顔には先ほどの敵意はなく、むしろ敬意すら感じられた。

「はい、少し」

「アレッサンドロ・フォン・クラウスナーです」

「ナオテル・イフォンシス・デカペンテです」

握手を交わす。想像通りの握力だった。

「あなたの剣は素晴らしかった」

騎士団長の声には純粋な称賛があった。

「雷の剣は、とても強力ですから」

「いや、あなたの剣の技量です。特に剣をかわす体の使い方が素晴らしかった」

クラウスナーの意外な言葉に、テルは嬉しくなった。敵方の相手が言うのだから、嘘ではないだろう。

「ありがとうございます。でも、雷の剣ありきの動きです」

騎士団長は頷きながらワインを一口飲んだ。

「しかし、あれはどのような仕組みなのですか?」

雷の剣を探ろうとするマキャベリアの思惑が透けて見える。

「実は、私にも分からないのです。あの剣を渡されて、使っているだけですから」

嘘ではない。なぜあの現象が起きるのか、テル自身も正確には理解していない。

「いずれにせよ、凄まじい威力があるのは理解しました」

クラウスナーは笑いながら言った。その笑顔には苦さも混じっていたが、素直な敗北の認識もあった。

「次の機会があれば、ぜひ再戦したいものです」

騎士団長は立ち上がり、再び礼をして去っていった。その背中に、戦士としての誇りが感じられた。

当初の計画は成功したようだ。マキャベリアでは雷の剣の認識が広がるだろう。そうすれば今後の交渉がフィロソフィアに有利になるはずだ。

テルは深く息をついた。緊張からようやく解放され、体の力が抜けていく。広間の向こうにテオリア女王の姿が見えた。そばにはカリアが寄り添っている。

女王は多くの人に囲まれていたが、テルと目が合うと頷きながら微笑んだ。その紫水晶色の瞳には、感謝と誇りが宿っていた。

任務は終わった。これからは通常の生活に戻るのだろう。窓の外を見ると、夜空に星々が瞬き始め、遙か遠くに王立学院の塔がぼんやりと見えた。

エマも今頃、帰りを待っているだろうか。彼女からもらった剣帯に触れ、胸に温かいものが広がるのを感じた。

———

王宮を出るとき、テオリア女王がテルを呼び止めた。

「テル、本当によくやりました」

彼女の声には敬意があり、瞳には満足感と安堵の色が浮かんでいた。

「ありがとうございます。でも、上手くいったのは運が良かっただけです」

「いや、運だけではないですよ」

テオリアは真剣な表情で言った。

「あの動きは、とっさに出来るものではありません。きっと、ずっと練習してきたものでしょう」

「まあ…そうですね」

「エミールも誇りに思うでしょう」

テオリアもこの件を知っているのか。確かに、自分の父を守った親友の弟なのだから。テルは思わず腰の剣に手を触れた。

「さあ、帰りなさい。待っている人がいるのでしょう」

テオリアの言葉に、テルは顔が熱くなった。彼女は微笑みながら手を振り、王宮の中へ戻っていく。

用意された馬車に乗り込み、帰路につく。揺れる馬車の中で、今日の出来事を思い返した。「雷の剣」の威力、騎士団長との戦い、そして何より自分自身の成長。

馬車は街まで到着した。少し頭を冷やしたくて、橋の手前で下りる。

石畳の道を歩き、家に向かう。月明かりが道を照らし、夜風が頬を撫でた。体は疲れていたが、心は不思議と軽い。

ふと視線を上げると、向こうに人が立っている。近づくとエマだと分かった。銀色の髪が月明かりを受けて輝き、青い瞳がテルを見つめていた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

その一言に、今日の疲れが全て溶けていくのを感じた。
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