虹色の未来を

わだすう

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7,収穫

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「何だ?何があったんだ?!」
「わかりませんが、怪我人だそうです!」

 駅ホームを駅員たちがバタバタと走って行く。蓮は我関せずで王の手を引き、ちょうどやってきた電車に乗り込んだ。
 チカンたちは宣言通り死なない程度に痛めつけ、トイレに放置してきた。蓮が屈辱を受けてでも電車から下ろされるまで耐えたのは、このためだった。人気のない場所なら遠慮なくぶちのめせる。さすがに彼らの悲鳴で通行人が気づき、駅員を呼ばれてしまったが、まさかすれ違った蓮がやったとは思われないだろう。

「…」

 しかし、王はまだ顔色が悪く、口も開かなくなってしまった。チカンされたショックはもちろんだが、苦しむ蓮に何もしてあげられなかったことと、蓮のチカンへの報復があまりにも容赦なかったことで、感情がめちゃくちゃなのだ。
 王の前では別の方法をとるべきだったかと、蓮は護衛としてまだまだだと反省した。






 地下鉄を下り、地上に出ると空気は冷たいが照る太陽がまぶしい。天気の心配はなさそうだ。

「まだかかるのか?」
「うん、あのバスに乗って、山を越えた先だよ」

 蓮が聞くと、王は駅前の停留所に停まるバスを指す。落ち着いてきたらしく顔色は良くなり、会話も出来るようになっていた。蓮は一安心する。
 バスに乗ったふたりは、一番後ろの座席に並んで座った。レトロな雰囲気のバスは街中から、いくつかの森を抜け、やがて細い山道へと入って行く。座席いっぱいだった乗客はいつの間にか数人に減っていた。

「ティル」

 蓮は車窓を眺めている王の頭に、頭を傾けてこつんと当てる。

「…ワリ」

 そのままボソッと謝る。失態は失態なので、謝っておきたかった。

「謝らないで。レンは僕を助けてくれたんだもの。ありがとう」

 王はにっこり笑い、蓮のほほにほほをすり寄せる。そして、乗客の誰もこちらを見ていないことを確かめてから、チュッと軽く唇を合わせた。

「…ん」
「ふふ…っ」

 お互い、ほほを染めて照れ笑いし、肩を寄せた。








 ふたりは終点のバス停で下り、あぜ道を歩く。所々にまだ雪が残っていて、シューカ街よりも気温が低いようだ。途中にあった休憩所で持参した弁当を食べ、お菓子をつまんだ後、目的地の農場へ向かう。

「わあぁ…広ーい!」

 やがて何やら作物の植えられた畑があぜ道の両脇に現れ始め、見渡す限りの田畑が眼前に広がる。

「やっぱり写真と違うねっ!すごい!」
「広…」

 野球場何個分で表すにはまだるっこしいほど広大な土地に、冬季と思えないような青々とした田畑、その向こうには何十棟ものビニールハウスや家畜小屋などが見える。
 王はその様に興奮し、蓮は想像以上の規模に驚いていた。

「ここでね、ウェア王国で消費される肉や野菜の8割を作っているんだよ!」
「ふーん」

 鼻息荒く説明されても蓮に興味はなく、聞き流していると、畑の向こうからトラックが近づいてくる。

「おや、こんな時期に見学とは珍しい。学生さんかい?」

 ふたりの横で止まり、助手席の窓を開けて初老の男が声をかける。農場の労働者のようだ。農場の見学はいつでも出来るが、最盛期の夏や秋が中心で、真冬に来る者は少ない。

「い…っムグ」
「ああ」

 バカ正直に答えてしまいそうな王の口を手でふさぎ、蓮が答える。ここまでわざわざ身分を隠してきたのだから、バラしてしまっては意味がない。

「どこから来たんだい」
「シューカ街」
「そんな遠くから!学校の課題か何かか?」
「ああ」

 運転手の若い男が驚いて聞く。とりあえず街の学生ということにしておけば、面倒なことにはならないだろう。

「そうか、そうか。だったら収穫を手伝っていくかい?」
「あ…」
「はい!ぜひ!!」

 一瞬迷った蓮の手をはがし、王は喜々としてうなずいた。





 ふたりはトラックの荷台に乗せてもらい、広大な畑の中を移動しながら、野菜の収穫を手伝った。王はもちろん、都会育ちの蓮も畑仕事の経験はなかったが、一生懸命な王と蓮の人並み外れた体力に農場の労働者たちは感心していた。


「ご苦労さん。ほれ、食いな」

 農場の休憩所。労働者たちが、果物やお茶をふたりに振る舞う。

「ありがとう!」
「…どーも」

 王はニコニコと果物を手に取り、蓮も軽く会釈する。よく働くかわいらしい双子が来ていると他の労働者たちにも伝わったようで、何人もふたりを見に集まっていた。

「ふたりともいい子だねぇ。このまま働いてほしいくらいだよ」

 孫を見るかのように、女性の労働者が話す。

「人手不足なのですか?」
「そうでもないけどね、働き手はいくらいても困らないよ」

 真面目に聞き返す王に、彼女は少し面食らうが笑って言う。

「雪の被害はどうでしたか?」
「3分の1はダメになったよ。それに、輸送が滞っちゃって…」
「大変でしたよね…。本当にごめんなさい」

 年末の大雪でウェア王国は経済活動がほぼストップした。農作物にも被害があったと報告を受けていた。すぐに対策をするべきだったのに、当時、王は何もかも放棄して閉じこもってしまっていた。彼らに苦労させたことが申し訳なくて、うつむく。

「あははっ、何であんたが謝るんだい!」
「心配してくれたのか?本当にいい子だよ」

 そんな王の肩を叩き、彼らは元気に笑う。

「補助が十分あったから大丈夫だよ。国王陛下に感謝しないとねぇ」
「ありがたかったよ」

 口々に出る感謝の言葉に、王は喜びの感情があふれ出て涙がこみ上げそうになる。こうして直に、自分に対する国民の声を聞くのは初めてなのだ。

「…はい」

 隣に座る蓮の手をギュッと握って涙をこらえ、うなずいた。

「…」

 執務室で紙面上の報告を読むより、現場の生の声の方が何倍も心に響く。蓮はそれを王が味わえただけでもここまで来た価値があったと思い、彼の震える手を握り返す。それから、コイツがその国王陛下だと知ったら、ここにいる全員ひっくり返るだろうな…とも思った。







 バス停までトラックで送ってもらい、ふたりは駅に向かうバスに揺られていた。他に乗客はいない。王は疲れたらしく、蓮の肩に頭を預けて眠っている。蓮は握られたままの彼の手をいとおしく思い、車窓に目をやる。ポツポツと降り出していた雨が段々と強くなり始めていた。ウェア城のある辺りと違い、北部の山沿いは寒暖差があり、雨量も多い。だからこそ、大規模な農場があるのだろうが。
 バスから降りたら、雨具が必要かもしれない。蓮は確か王が折りたたみ傘を入れていたはずだと、片手でバッグを探る。お菓子の袋を避け、手に触れたのは傘ではなく何故か懐中電灯だった。



 すっかり暗くなった山道をバスは走って行く。車窓を叩く雨音はバチバチと激しさを増していた。そのさなか、突然耳につくブレーキ音を出してバスが止まる。

「?」

 焦った様子でバスを降りる運転手を、何事かと蓮はのぞき見る。

「申し訳ない、お客さん!土砂崩れだ!」

 雨でびしょ濡れになった運転手はバスに戻ってくると、後部座席のふたりに向かって言う。

「マジか…」

 バスのライトに照らされて見えるのは、前方の道路を完全にふさいだ土砂と木々。蓮はがく然とする。

「ん…レン?どうしたの…」

 蓮が動いたことで目を覚ました王は、寝ぼけ眼で蓮を見上げる。

「街の警備に連絡したが、すぐには来れないそうだ。とりあえず引き返すから…」

 運転手が話している最中、雨音に混ざり地震かのような地響きが聞こえてくる。さらなる土砂崩れが来ると、蓮は一瞬早く察した。

「逃げろ!!また崩れる!!」

 王の腰を抱いて立ち上がり、運転手に叫ぶ。しかし、それと同時に崩れてきた土砂がバスの扉を壊し、彼もあっという間に飲み込まれる。

「クソ…!」

 蓮は後方の扉に向かうが、すでにバスは傾き始め、メキメキと音をたてて車体がひしゃげていく。

「レン…っ」

 逃げ場がない。グッと唇を噛み、胸元にすがる王を抱きしめた。












「…うぅ…?」

 どのくらい時間が経ったのか。王は目を覚ました。寒くて冷たくて身動きとれないが、生きている。そう思う。

「ティル…ケガ、ねーか」
「!!」

 すぐ近くから蓮の声が聞こえ、ハッとするが何も見えない。目を開けているのに真っ暗なのだ。

「レン!ここ、どこ?どうなって…っ?」
「どっか痛ぇか…?」
「い、痛くないよ!」

 答えながらも、何でこんな状態なのか理解が追いつかない。近くに蓮がいるはずと身をよじらせ、なんとか動いた右手を前に出すとすぐに手応えを感じた。本当に目の前にいるようで、顔肌に触れる。濡れて、冷えきっていた。

「ワリ…埋もれちまった…」
「えっ?…あ!」

 弱々しい謝罪の声。王は何があったか思い出す。農場から帰る途中、土砂崩れがあってバスごと巻き込まれたのだ。

「ティル、手、動かせるか」
「う、うん…」

 蓮の声にうなずく。左腕と下半身は動かないが、右手は自由に動かせそうだ。

「カバンに、懐中電灯入れてたろ…。もう少し、下。出せるか」
「うん、出せるよ…っ」

 まさか、懐中電灯が役に立つとは。蓮が背負っていたバッグは身体から離れず、胸元にぶら下がっている。蓮の声で王は彼の顔から手を離し、手探りでバッグをつかむ。

「あったよ、レン!」

 片手でも何とか懐中電灯を取り出せた。

「つけろ」
「うん!」

 スイッチを探ってオンにする。真っ暗だった周囲がパッと明るくなり、手元が見える。これで蓮の姿も見れると、王は少し安堵して目線を上げる。

「レ、ン…っ?!」

 だが、目の前にあった蓮の顔を見て、がく然とする。彼の肌が濡れていたのは雨のせいだけではなかった。顔半分が真っ赤だった。頭から多量の出血をしているのだ。

「ケガ…っケガしているの?!血が…!」

 よく見れば、王の手や服も蓮から滴る血で染まっている。

「ああ…たいしたことねー」
「そんな…レン…っどうしよう、どうしたらいい…っ?!」

 蓮がそう言っても、王は予想外のことに焦り、うろたえた。
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